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他人の馴れ初めほど甘い物は無い②

「オイラの一族にはある掟があんのさ。成人になったら、修行のため世界を遍歴して鍛冶の腕を上げるって」

「……えらくまた、スパルタな掟だな。旅自体危険だろうに、野垂れ死にしたらどうするうもりなんだ」


 光の懸念はもっともだ。ダルゴ達との出会いが、そもそも野盗から旅人を守った事から始まっている。それほど旅というのは危険がつきものなものなのである。


「そりゃお前ぇ、ドワーフはそれなりに戦う腕っ節を持ってるし、身体も頑丈だ。そうそう旅の途中でくたばるような、やわな奴ぁいねぇよ」


 そうしてダルゴは懐かしむような視線でエルレインを見つめる。


「そん時だっけ。こいつと出会ったのは……」



※※※※※※



 ダルゴがエルレインと出会ったのは、とある森で道に迷った時だった。

 もっとも、生来肝も太いダルゴは、さして慌てることなく「歩いてりゃいつかは外に出れるだろ」くらいの軽い気持ちであったという。

 ただ、水が乏しくなってきたので、川か湖でもでもないかと闇雲に歩いている内に、脚は鉛のように重くなり、背負った荷物の重さに押しつぶされそうになった。

 その時、森の妖精ニンフの導きか、水の音を聞き、引きずるような足取りでそこに向かった時、ダルゴは見た。


 月光の下、白い裸身を惜しげもなく曝して水浴びをしているエルレインの姿を。


 ダルゴは思わず見惚ていた。ふくよかでグラマスな同族の女の子には無い、しなやかで透明感溢れるエルフ族の美に。

 今考えると、一目惚れだったのかもしれない。だがそれは優れた芸術品に心奪われるようなもので、恋愛感情でも男としての欲情でも無かった気がする。

 一方エルレインは水浴びを終えて、衣類に手を出そうとした時に、ダルゴの存在に気がついたらしい。顔どころか身体まで真っ赤にして、何事かを叫んだかと思うと、いきなり杖をかかげて風の魔法「カマイタチ」を放ってきたのだ。

 これにはダルゴも慌てて咄嗟に木の影に隠れやり過ごしたのだが、それでもエルレインの気は収まらず、素っ裸のままダルゴを追いかけ、その杖でポコポコとゴキブリでも退治するように殴りつけた。

 後で知ったのだが、エルレインはこの時「スケベ! ヘンタイ!! こののぞき魔っ!」とエルフ語で散々罵っていたらしい。


 こうして二人は出会ったわけだが、なんとも間が抜けているかというか、お互いの印象は最悪に近いものだったようだ。


 そしてようやくお互い落ち着いた所で情報を交換したところ、エルレインもまた有る事情でこの森を出ることが出来なかったという。

 たとたどしい公用語で説明してくれた所によると、この森は「なにか善くないモノ」が取り憑き、妖精や森の精(ドライアド)を苦しめているそうだと。

 そのためにこの森は結界に覆われたような状態となり、その「善くないモノ」を倒すかどうかにしないとこの森から出ることが出来ないとも。

 そこで二人は種族の垣根を取り払って、その「善くないモノ」を退治することにした。

 今にして考えれば無謀とも言える決断であったが、いわゆる背に腹はかえられないという奴で、手を取らない訳にはいかなかったのである。

 そうしてエルレインの案内でその「善くないモノ」を見に行ったダルゴが見た者は、まさしく信じられないものだった。


 それは一頭のトナカイに見えた。


 だがその大きな角は、まるで人間の手のようであり、自在に動くことが出来た。

 口元は狼のような牙が生え、ガツガツと兎や猪の肉を喰らっている。

 ひずめは三つに割れ、鋭い刃物のようになっており、容易に肉を引き裂くことが出来るのが想像についた。

 そしてその尾はトカゲのように太くなっており、ひとたび鞭打てばひとたまりもないだろう。

 何より異様だったのが「影」であった。その影はまるで「無数の腕を持つ人」のようであったのだ。


 二人ともこの怪異に果敢に挑もうとしたが、最初は力及ばず何度も逃げ帰った。その度にお互いを罵り合って、「お前の魔法が弱い」だの「アナタの腕が悪イ」などと言い争っていたのだが、あるときの攻略でダルゴがエルレインを庇って重傷を負ったとき、エルレインは献身的にこれを看病し、死の淵よりダルゴを救ったことから二人の関係は変わった。

 ドワーフは受けた恩は死ぬまで忘れず、エルフは友と呼べる者には最大限の友愛を交わすという。

 二人の心はいつしか一つになり、本格的に協力して怪異退治に乗り出した。

 何度失敗しても、攻略の糸口を語り合い、何度も挑むという生活を送る内、いつの間にか六十日という月日が流れる。

 そうして二人は、この怪異が日の光を嫌い、影に何者も寄せ付けぬことに気がついた。

 それを知った二人は決着をつけんと策を練った。それはエルレインの風の魔法の加護を受けたダルゴが囮になって日の当たる場所まで誘い込み、そこにエルレインの魔法で実体の方を攻撃。実体が怯んだ隙にダルゴが影を攻撃するという、一見博打めいたものであった。

 だが二人はこれをやり遂げた。文字通り風のように駆けるドワーフに怪異は我を忘れて襲いかかり、ダルゴは肝を冷やしながら日の当たる場所まで誘導した。

 そして光の元までおびき寄せると、今度はエルレインの「魔力の矢(マナ・ボルト)」が顔面に炸裂。怪異が怯んだ隙に、ダルゴが無数の腕を生やした人の影。その頭の部分をしたたかに戦斧で打ち据えると、いかなる事か影からどす黒い血が触れ出し、怪異は絶滅。

 後には年老いたトナカイが横たわっているだけだった。


 こうして二人の長い戦いは幕を閉じ、若きドワーフとエルフの男女は抱き合って喜びを分かち合った。森の妖精や森の精も感謝と祝福を二人に与え、二人は意気揚々と手を繋ぎ、森を後にしたのだった。



※※※※※※



「……とまぁ、それがオイラとエルとの馴れ初めだったっけ」


 そして二人は五年ほど行動を共にし、魔法や鍛冶の修行をしたり、用心棒まがいの仕事をするようになっていき、その中で自然と愛し合うようになっていた。

 そして、ダルゴが思い切ってエルレインに告白した。自分の嫁になってくれ、と。

 その返事は最初「冗談やろ?」と本気にされていなかったが、無骨な言葉で熱心に口説くと、エルレインの顔は見る間に涙でグシャグシャとなり、最後には何度も頷いてくれた。

 答えはイエスだった。


「それで、修行を終えたオイラは故郷に帰ってきた。エルを連れてな。……けど」

「エルフだから、って反対された訳か」

「……ああ。エルフでなんで悪いんだよ。過去に何があったか知らねぇけどよ、エルには関係ないじゃねぇかよ」

「まぁ、じいさんの話はともかく親父さんの話には俺も考えさせられるもんがあったな」

「? 一体何を」

「寿命と子供の話。今の真琴はエルフだし俺は人間のまま。まぁ俺自身普通の人間とは言い難いが、それでも寿命の事を考えるとな。自分は老いぼれて行くのに、真琴は若いままってのは正直きついもんがあるな」

「……覚悟が足りねぇんじゃねぇの?」

「かもしれん。でも子供の事も考えるとな……ほら、俺達の場合はハーフエルフが産まれるわけだろ? 人間にもエルフにもなれないってのは、子供にとって辛いと思うぜ。子供に恨まれても仕方ないね」

「お前は親父の味方なのかよ」

「俺は親父さんの言には一理あるって思ってるだけだよ。それこそお前の言う覚悟の問題だな」


 そこまで言って、光はダルゴの反応を待った。

 ダルゴは何かを噛みしめるように黙りこくっている。

 

「親父さん言ってたぜ。エルレインは向日葵ひまわりのような娘だから、穴蔵生活は似合わねぇけど、たまに日の下で愛でる分には文句は言わねぇってさ」

「! それって……っ」


 驚くダルゴを尻目に光は席を立った。


「ま、お前が今想像した通りだと思うぜ。さて……じゃ俺は戻るわ」


 じゃぁな。と言って光はその場から立ち去った。

 後には、黙りこくってただエルレインの手を握り締めるダルゴだけが残された。

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