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銀の腕の行方③

「……あれからもう、三百年余りが過ぎたであろうか……この地方に住まう人間達の覇権争いが……終わりを迎えようとしていた頃じゃ……」

「そんな事が……?」


 三百年余りという年月にも驚いたが、意外だったのは龍族が闊歩するこの過酷な地で、覇権争い等という事があったことだ。

 だが、連邦王国制を取っているこの国では主導権を求めて結果的に争った、というのは歴史上十分考えられる。


「世は安定に向かい……剣や斧より紙とペンが世を動かすようになった頃……彼奴きゃつらは現れた。それは……奇妙なエルフの夫婦じゃった」

「奇妙、ってどういう風に?」


 何となくだがそのエルフの夫婦とやらが事の発端らしいことは察したが、どんな事をしたのかまでは話を聞くまで分からない。

 みつる真琴まことは、神妙な顔つきでトーリンの言葉を待った。


「そのエルフは錬金術師とその妻という触れ込みじゃった……彼奴らはこう申し出たのじゃ。『ミスリルを他種族でも精錬出来るよう、ヌゥーザの助力を得たい』……とな」

「ミスリルの精錬を?」


 光と真琴は思わず顔を見合わせた。


「お客人……ミスリルについていかほどご存じか」

「……俺達の世界では架空の金属とされていますが、軽くしなやかでありながら丈夫。また魔法の触媒としても優秀だと」


 トーリンは深く頷いた。


「……左様。そしてミスリルとは公用エルフ語(シルヴァン)で『(ミス)()輝き(リル)』という意味でもあるらしい……エルフ銀ともな……故にミスリルの精錬はエルフ族の秘技と長らく信じられておった……その技を独占しているともな」

「その言い方だと、違っていた?」


 光は鋭くトーリンの言葉尻を捉えていた。


「……賢いのぅ、お客人……左様エルフ族は精錬方法を独占していたわけでは無い。共有したくても出来なかったんじゃよ……」

「じゃぁミスリルが精錬出来なかった理由って?」


 真琴の問いには「そんな事もわからないのか」とばかりに鼻を鳴らす。

 

「……エルフのお前さんが言うのかね?……ミスリルを錬成するにはある種の魔法の才能が必要……その魔法の波長はエルフ族しか汲み出せぬもの……つまりは種族的なもの……体質的なものが大きな要因だったのじゃ……」


 真琴がむっと顔をしかめるが、反論するのも馬鹿らしいとでも思ったのか、黙っていた。


「……じゃが、そのエルフの錬金術師は……エルフ族だけでなく、全ての種族が精錬出来ることを夢に見ていたという……なにがそこまで駆り立てていたのかは、今だもってわからん……が熱意だけは本物じゃった……」


 そういってトーリンは遠くを見つめるように、在りし日の情景を思い返している様子だった。


「大人達は、鍛治師も錬金術師もこぞってその風変わりなエルフと共に……ミスリルの精錬にいそしんだ……そして十数年の研究の後、その試作品が出来上がった……その金属をエルフと大人達は、エルフ語で『感謝ハノン』と名付けた……エルフとドワーフの友情を意味する言葉としてな……」


 いい話ではないか。ここまで聞く限り、そのエルフにもドワーフの側にもなんら問題があるわけでは無い。

 それが何故憎悪に近い感情を持つに至ったのか、わけがわからなかった。


 そんな光達の戸惑いを余所に、トーリンは息子のダインに「例の物を」をなになら指図している。ややあって、ダインはベッド際のタンスから、二の腕大の箱を取り出した。


「……見てみなさい」


 言われるがままに箱を受け取り、その蓋を開ける。中には一見なんの変哲もない短剣が一振り置いてあるだけだ。


「手に取っても?」


 光の問いに対して「構わんよ」との許しを得たので、実際に手に取り鞘から抜いてみた。

 肌が粟立つというのは、まさしくこのためにあるような言葉だった。まるで光が中学になって初めて日本刀を見たときの畏怖にもにた感動が蘇る。

 美しい剣だった。

 鈍い灰色の地肌に、淡く星のように光る白銀の輝きが、まるで夜空に輝く星のように見える。


「……これが唯一精錬に成功したドワーフの手によるミスリル……『感謝ハノン』じゃよ」


 そういうトーリンの言葉には誇らしさのようなものが感じられる。まさに努力と友情の結晶だったのだろう。


「こんな見事な物を作り上げておいて……なんで」

「そうさな……それで終われば美談で済んだのじゃろうな……っ」


 光の言葉を聞いて、トーリンの声に怒りの火が灯った気がした。


「わっしらの友情を引き破ったのは他でもない、あの女狐……錬金術師の女房よ」

「一体何が?」


 トーリンはまだ若さの残る左手を握り締め、きしむような声を上げる。


「その錬金術師の女房は、ミスリルの秘密を守らんが為、おのが亭主を殺したのじゃ! それだけでは無い……っ、『感謝ハノン』精錬に関連したドワーフの一族ことごとく鏖殺おうさつしおった!」


 そこまで言って、トーリンは目元を手で覆った。


「……今でも目に焼き付いて離れぬ…っ! 無慈悲に、無感動にっ、その姿を血に染めて殺戮を繰り返すその姿を……っ、わっしは、今なお忘れることが出来なんだ……っ!」


 トーリンは震えていた。おそらくは怒りと……認めたくは無いだろうが恐怖に。


「秘伝を守るためには同族すら手にかける……っ、なんでそんな種族を友と呼べようか。憎んでも憎みきれぬ……っ。ましてやその血がわが一族に入るなど、考えるのもおぞましい!」


 興奮の余り、トーリンの身体が痙攣を起こしたように震える。これ以上は素人目にも危険だった。


「父上っ! お心を安らかに……っ。さ、水を」


 その時光達は見た。ダインが水差しになにか粉薬を入れるのを。

 トーリンは貪るようにその水を飲むと、大きく深呼吸をする。


「ああ……疲れた……っ」

「ゆっくりお休みなさいませ、父上。ダルゴの事はきっと」

「ああ……ああ……頼む……頼むぞ」


 ようやくそれだけ声を振り絞ると、トーリンは死に魅入られたように深い眠りについた。

 落ち着いたのか、呼吸も安定し規則正しく胸は上下している。


「ダインさん、今の薬は?」


 気になったので聞いてみた。そしてその返事は光達驚かせるのに十分なものだった。


「麻薬だよ。痛み止めと精神安定を図るための、な」

「ま、麻薬って……っ」


 真琴が絶句したように口元を押さえる。


「……医者せんせいが言うには、父上の胃の腑には腫瘍が出来ているらしい……そこから毒が全身に回り、もはやつくす術がないそうだ」

「……末期癌」


 光は聞いた事がある。末期癌にかかった患者の疼痛緩和に、時として麻薬が使用されることを。

 無論その麻薬は医師の指示の元厳重に管理され処方される。間違っても家庭の頓服として処方されるものでは無い。

 この辺りの考え方は文化文明の違いだろうが、正直眉を潜めざるを得なかった。勿論癌に苦しむ親族の姿を見たくないという、家族の気持ちもわかるのだが。


「それで? 君たちはこれからどうするつもりかね」

「どうするかって?」


 一体突然何だろうと光がキョトンとした顔をすると、ダインはため息をついて整えられた顎髭を撫でつけた。


「君たちはカタナとやらの武器を強化をしに、我らの一族を頼って来たのだろう? 父上はあの通り。頼みの綱はダルゴだが、あやつは”銀の腕”を継承する事を拒否している。よって君たちが取れるべき道は二つに一つ。諦めるかそれとも……」

「俺達にダルゴを説得しろと?」

「少なくとも、異種族婚姻という茨の道を選んだ君たちなら、ダルゴの心にも響くものがあると思ったのだがね?」


 どうやら大きな勘違いをしているようだぞ、と思ったが言うべきかどうか迷った。

 真琴がエルフなのは後天的なもので、元々は普通の人間の女の子だ。そもそも肉体を神の化身に改造された自分達が、人並みに歳をとれるかわかったものではない。

 一概にダルゴとエルレインのケースに当てはめられても困るというのが正直な話なのである。

 そんな事を考えていたら、突然真琴が妙な事を言い出した。


「じゃぁ、おじさんはエルレインの事どう思っているんです? 息子の嫁候補としてじゃ無く、一人の女の子として」

「儂が彼女の事を?」


 ふむ、と言いながらダインは再び顎髭を撫でつけた。


向日葵ひまわりのような娘だな。真夏の太陽の下、風に吹かれ大輪の花を咲かせる……まかり間違っても、こんな穴蔵で育てるような子では無いよ」


 暗にドワーフの嫁には向かないと言われたようで、真琴は見るからにしょげかえっていた。


「ただまぁ……たまに太陽の下で花を愛でる分には責める者はおらんだろうさ」


 答えになったかね? という口振りでダインは話を打ち切る。


 それって、愛人なら良いってことなのか?

 光はそれを口に出す愚を犯さなかった。

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