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銀の腕の行方②

「この腕はな……旧き時代、異界の神によって……もたらされたと、そう……聞いておる」


 ダルゴの祖父トーリンは、そう切り出した。

 

「異界の神……?」

「左様……初代の”銀の腕(ノルデンス)”は……いさおに名高き戦士にして、たくみなる鍛治師でもあった……その斧を振るえば百のウルク(オーク鬼)を薙ぎ払い、つちを奮わば自在に力ある名剣、名甲を打ち上げたと……言われておる」


 そこまで言って、意外に体力を使ったのか、トーリンは大きく呼吸をすると、まぶたを閉じる。そして幾ばくかの時間を経た後に、再び目をあけ乾いた唇を開いた。


「異界の邪神がこの地に災いをもたらした時もそうじゃった……種族の垣根を越え六人の英雄が集い……これを撃退した……その中の一人がヌゥーザであった」


 そう語るトーリンは、憧れの英雄を子や孫に語るおきなそのものであった。


「じゃが……その際ヌゥーザは戦いの代償に左腕を失ってしもうた……その時じゃった、邪神を追って現れた異界の神がヌゥーザに”銀の腕”を与えたのは」


 その異界の神を宿すみつるにとってもそれは驚きだった。

 異界の邪神と異界の神。そんな者がドワーフさえ「旧き時代」と呼ばれる頃まで現れていたとは。


「自らも銀の腕を持つ異界の神は……その一部をヌゥーザに植え付けた……そしていかなる御業みわざか……異界の神の”銀の腕”が三日三晩の後に生え、その腕はいかなる武具をも造り上げ……戦いとなれば”銀の腕”から放たれる『力』にて、いかなる邪悪も滅する事が出来るようになった……それだけではない」


 トーリンは声に張りを持たせて、歌い上げるように熱を帯びた口調で語り続ける。


「偉大なる異界の神は……その腕を継承すべく一族の魂に『サイン』を刻み、後継者を残したのじゃ。そして資格を持つものには左肩にその『印』が現れる……ダルゴとオスカルのようにな」


 え? と光達は驚いてダルゴを見た。そしてダルゴはその視線に耐えかねたように視線を逸らし、右手で左肩を覆う。


「ダルゴや……『印』を、お客人に見せなさい」


 だが、祖父の言葉にもダルゴは応じようとはしなかった。


「見せなさい」


 トーリンが静かに、しかし有無を言わせぬ口調で命じる。

 そうしてダルゴは覚悟を決めたように、左腕をまくって見せた。

 光達が覗き込むとまるで入れ墨のように、黒い線で乱暴に書き殴ったかのような『印』が記されている。

 それは歪な形をした五芒星だった。しかもその中央には人の目を模したような模様まである。正直いって神の祝福の『印』としては異質なものを感じざるを得ない。

 しかも、その『印』は光の記憶に該当する物があった。


「これは……『旧き印(エルダーサイン)』?」 


 するとトーリン始め、ダルゴの家族達が驚きに大きく目を開き光を見つめてくる。


「お客人……っ、な、何故その名を?」


 光はその視線の圧に挫けそうになりながら、辛うじて答える。


「あ、いや……。俺の故郷の物語に出てくる紋章と瓜二つだったもんで……」


 それにしても、まさか異世界でこの『印』にお目にかかれるとは思ってもみなかった。

 子供のころから神話好きだった光は、社会科を専攻する教師の父の影響もあって、様々な神話に精通している。

 その中には架空神話とも言えるべき物も有った。

 だがそれは、宇宙的恐怖を描いたアメリカの文豪の弟子が、ケルト神話の神を参考に造り上げた架空の神。その象徴だったはずだ。

 そんな物がなぜここに? と首を傾げざるを得ない。

 

「お客人の故郷……? まさか、お客人は」

「そうだよ、じいちゃん。こいつミツルとマコトの二人は異世界から来た神様の化身だ」


 真面目くさったダルゴの紹介にはむず痒いものがあったが、あえて黙っておいた。

 否定するべきかと思ったが、それならそれで話はややこしくなりそうな印象でもあったし。

 ただ、大騒ぎになるのは御免だったため、「ここだけの話にしといて下さいよ」と釘を刺してはおいたが。

 だがトーリンは落ち窪んだ眼窩のどこにそんな涙が残っていたのかと滂沱と泣き濡らし、光に懇願した。


「これも”銀の腕”の導きか……っ。異界の神の化身がわが孫と友誼を結んでくれていたとは。お頼み申す。ダルゴを説得しては下さらぬか。”銀の腕”の後継者になる事を」

「何故俺が?」


 素っ気ない言い方になってしまったなと思ったが、純粋に疑問だった。


「なんでオイラがそんなもの受け継がなきゃならねぇんだよ」

「……聞いての通りなのですじゃ。この愚かな孫は鍛冶の腕も確かで腕っ節も強い。ヌゥーザの生まれ変わりと呼ばれているにも関わらず、”銀の腕”を受け継ごうとはせぬ」


 それだけ言うとトーリンは肺の中の悪い空気を吐き出すかのような、深いため息をつく。


「オイラはもっと自由に生きたいんだ。異界の神様かなんだか知らねぇけどよ、そんなもんに縛られるのは御免だいっ」

「ダルゴっ、おじいさまに何てことを」


 ダルゴの母イルデが慌てたように窘めるが、ダルゴは我関せずとばかりにそっぽを向いている。この態度には父ダインも立腹した。


「いい加減にしないかっ! 一人息子で”銀の腕”の後継者と思い、甘やかしたのが間違いだったか。ドワーフの秩序に唾する傾奇かぶき者に成り果ておってっ!!」


 だが、ダルゴも黙ってはいなかった。


「親父達が気にしているのは本家の面子メンツだろ!? なんでそんなモンにオイラが振り回されなきゃならねぇんだっ! 自由に嫁も選べねぇっ、そんな立場御免こうむる!!」


 それを聞いて、トーリンも悟るものがあったのだろう。この老いた身体のどこにという位の怒声でダルゴを叱咤した。


「貴様っ! まだあのエルフに懸想けそうしておるのかっ! わっしは認めんぞっ、エルフ風情がヌゥーザの嫁なぞ!!」


 だが怒りによる気力は長くは続かなかった。突然激しい咳をしてむせたかと思うと多量に吐血し始めたのだ。


「け……けっ! オイラがいるとじいちゃんの寿命が尽きそうだから、オイラはもう失礼するぜっ。じゃぁな!」

「ま、待て……ダルゴっ、話は……っ!」


 懇願にも似たトーリンの呼び声はダルゴには届かなかった。

 ダルゴは振り切るように追い縋ろうとした母親すら突き飛ばして部屋を出て行ったのだった。


「マリオン、ダルゴの後を追ってくれ。無理に引き止める必要はねぇぞ。どこに行くか確認するだけでいい。頼む」

「イエス、マスター」


 このいたたまれない雰囲気をどうにか出来ないものかと、お節介焼き根性丸出しで光はマリオンに命じる。

 幸いマリオンもごねる様子もなく素直に応じてくれ、額のクリスタルを点滅させてダルゴの後を追った。

 まぁ、予想はつくがなと思いつつ、トーリンのためにポーションを一本提供する。


「よかったら、どうぞ」


 効き目があるか疑問だったが、無いよりはましだろうと信じたい。

 

「あ……あり、がたく……っ」


 最早息も絶え絶えといった様子のトーリンを見て、自分達もこの場を辞するかと真琴と顔を見合わせるが、それは他ならぬトーリンによって引き止められた。


「お客人がたは……ヌゥーザの腕を見込んで……王都からわざわざ足を運ばれたと聞いて居るが……事実ですかな?」


 一応ポーションの効き目はあったのか、今は呼吸を整えながらトーリンが尋ねてくる。


「ええ。実はある目的の為にこの剣……カタナを鍛え直していただけないかと」


 そう言うと、光はスマフォを操作し小烏丸を召喚してそれをトーリンの前に差し出した。


「ダインよ……身体を起こすのを……」

「ご無理はなさらず、父上」


 そう言いながらもダインは逞しい腕をトーリンの背に回し、父親の身体をゆっくり起こす。

 そしてトーリンはその手に小烏丸を手に取った。すると目に活力が宿り、滑らかな動きで抜刀した。

 正直これには光も驚いた。意外に刀をスムーズに抜くのは難しいのだ。それを初見でやってみせるとは、正直只者ではない事が知れる。

 一方トーリンは刀身をじっと見つめている。その様は死に瀕した者とは思えない、名工の風格を見せていた。

 しばしの時が流れトーリンは深いため息をついて小烏丸を鞘に戻す。


「いや……堪能した。見事な剣……カタナと言ったか。刀身を見て恐怖に見惚れるとは、思いもかけぬ体験をしたものよ……」


 そして、再びゆっくりとベッドに横たわった。まるで先程の活力を全て使い切ったかのように。


「それで、強化は……鍛え直すのは出来そうですか」


 光が尋ねてくると、トーリンは遠くを見つめるように天井を見ていた。


「ちなみに……あの剣の作りは……どうなっているのかね?」


 その質問に光は膨大な記憶の泉から刀にまつわる話を検索した。


「通常二種類の鋼を使うと聞いてます。芯と刃には柔らかい鋼を、外側と背には固い鋼を、と。それで折れず、曲がらず、良く切れる刀が出来上がると……専門家ではないんで詳しくは説明出来ませんが」

「それで……十分じゃ……なるほどのう……」


 流石はドワーフの中でも名工と名高いヌゥーザの鍛冶師というべきか、実物と説明を見聞きしただけで概ねの造りを把握したらしい。


「答えだけでいうなら、確かに鍛え直しの余地は十分ある」

「じゃぁ」


 だが、続きはまだ若さの残る左手で制された。


「じゃが、可能じゃが出来んよ……」

「どういうことです?」

「簡単な話よ……この”銀の腕”さえ使えば、あの刀の魔力……それも聖なる力と見たが……それを十全に引き出す事は可能……それを鍛える技もある」

「じゃぁ……どうして」


 再びトーリンは深いため息をつく。


「じゃが、今のわっしにそれが出来るとお思いか?」


 単純な話だった。

 今にも冥府へと旅立ちそうなこの老ドワーフに、刀を鍛え直す力があるか? ありはしない。


「鍛え直したくば……”銀の腕”を継承したダルゴかオスカルにでも頼むしか無い……じゃが、ダルゴはあの通り……それにオスカルに”銀の腕”は渡せぬ」

「なんでですか? 確かに感じのいい人とは言えなかったですけど、おじいさんのお孫さんで、資格者にはちがいないんでしょ?」


 そう抗論したのは真琴だった。

 今の自分がエルフとあって、エルレインに同情的な彼女は、トーリンの言い草にいささか腹を立てていたようだった。言葉尻に険がある。


「……あれは壊れておる……心がな」

「そう言えばダルゴが一族の恥とか言ってましたけど、それと関係が?」

「一族の恥……か。そう言わても仕方がないかもしれんのぅ……」


 どうにも煮え切らない。まぁ言いたくないことを無理に聞き出すことにも抵抗があるし、これ以上は無理か。と、思い直していたら思わぬ事に返事が返ってきた。


「あれは魅入られておるんじゃよ……力ある武具の錬成にのぅ……」

「その、力ある武具の錬成ってそれほど忌まわしいものなんですか?」


 正直そこまで答えを気にしているわけでは無いが、一応聞いてみる。


「力ある武具を錬成する……それ自体は善にも悪にもなる。人次第じゃ……じゃがオスカルが固執してしまったのは、魔法使いとしてあるもの(・・・・)てしまったからじゃよ……それもとびきり忌まわしいものを」

「忌まわしいもの……なんです? それは」


 その時、ときが止まった気がした。


「『旧き偉大なる者グレート・オールド・ワン』……異世界の狂神。その精髄をじゃ」


 まただ

 またあの宇宙的恐怖神話の神の名が出てきた。あれは架空の話では無かったのか?

 

「そこから知識を得たあやつは……力を得るために己が実の妹をてごめにし……その血をすすりおった。そして……妹が孕んだと知るや、その赤子を贄として名状しがたき剣をつくりおったのよ……おぞましい悪鬼羅刹の所業じゃ」

「そんなっ!? 罪に問われなかったんですかっ、そんな酷いこと……っ! あたしなら許せない!!」

「彼奴の家が内々に処理したのじゃよ……”銀の腕”欲しさにな……わっしらが知ったのは、何もかも終わった後じゃった……」


 真琴は絶句していた。無理も無い。しっかりしているようでも、まだ15歳の女子高生なのだ。受け止めるには余りにも話が生々しすぎる。


「……狂ってるわ。あんた達」


 真琴の口から出てきたのは、潔癖すぎる侮蔑のセリフだった。


「……エルフごときに言われとうない」


 そこだ。光は最後に聞きたいことがあった。


「あなた達を紹介してくれた人から聞きました。ヌゥーザの一族はエルフを嫌うどころか憎んですらいると。一体何故なんです? 過去に何が」


 トーリンは疲れ切った声で「よかろう」と言った。もうこれが最期かのように。


「……あれはわっしが、今のダルゴよりも若かった頃の話じゃ……」


 そしてトーリンは長い長い昔話をしたのであった。

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