銀の腕の行方①
「んん~っ。ダァルゴォ……っ、そぉんな親の敵ぃいでも見ぃるのはぁあ、やぁめてほしぃいなぁあ? 仮にぃも、従兄弟じゃあないかぁ」
オスカルと呼ばれた若いドワーフは、大仰にも両手を開いてわざとらしく天を仰ぐ。
「「従兄弟ぉ?」」
光と真琴は驚いた様にこの奇妙なドワーフを見つめた。
確かにどこか似ている雰囲気はあるのだが、どこがと問われれば答えるのが難しい。
地毛なのか染めているのか、髪の色は華やかな金髪だし、嫌味なくらい整えられた口髭と顎から細く長く編まれた顎髭は、いかにも洒落者でございという雰囲気を醸し出している。
手足もドワーフらしく逞しく太いものであったが、突き出た腹の肉がそれを台無しにしていた。いかにも質実剛健といったダルゴとは全く逆に見えるのだ。
「そぉおれにしてぇも、よぉおかったねぇえ。賊に襲われぇたんだって? 心ぃん配したんだよぉお」
だが、ダルゴの反応は冷ややかなものだった。
「何がでぇ。んなこと欠片も思っちゃいねぇくせによ。どうせ目的はじいちゃんなんだろ?」
それを聞いてオスカルは「ああっ!」とわざとらしく手で目元を覆い、天を再び仰ぐ。いちいち芝居っ気の強い青年だった。
「むろぉん、おじいぃさまぁあの事も、心配だったさぁ。けどぉ、僕らは親類一族だろおお?」
「なにがだ、一族の恥さらしモンがよ」
唾でも吐きそうな口調でダルゴがバッサリ切り捨てるが、オスカルは肩をすくめただけだった。
「僕ぁ僕なりにぃ、一族の為にぃよぉかれと思ってぇえやっていることさぁあ」
そしてその目が三角形に吊り上がり、ダルゴをにらみつける。
「そぉれよぉりぃい、あぁれだけのぉ腕を持ちながらぁ、傭兵まがいのぉ放蕩を尽くしているぅ、君には言ぃわれたく無いねぇ」
それだけ言い捨てると、オスカルは踵を返してその場から立ち去ろうとする。
だが帰りざま、振り向いてとんでもない置き土産を落としていった。
「そおれにしても、たぁすかって良ぉかったねぇえ? あのエェルフゥー。まぁあ盾ぇ代わりにはぁ、ちょぉうどよぉかったぁけぇどぉ」
それを聞いたダルゴの顔が怒りに引きつった。
「手前ぇがっ、エルの事を語るなぁああ!!」
止める暇もればこそと、ダルゴは猛牛の如くオスカルに掴みかかる。
だが、オスカルは上半身を軽く捻っただけでその手をかわし、同時に隙だらけのダルゴの足元をいとも簡単に払ってのけた。
当然ダルゴは顔面から床にダイブする事になる。鈍い音を立てて倒れ伏した従兄弟を、オスカルは事もあろうかその頭を踏みつけた。
「ふんっ、頭ぁに血ぃいが昇ってるんじゃあね。とぉおんだ興ざめだよぉお」
オスカルはひとしきりダルゴの頭をグリグリと踏みつけていたが、やがてそれも飽きたのか、横腹に蹴りを一つ入れて引き下がる。
「陣中ぅう見ぃ舞いぃのつもぉりだったけど、もぉいいやぁ。さよなら、ダァルゴォ」
そう言って今度こそオスカルはその場を立ち去った。
後には、一部始終を見ているしかなかった光達と、屈辱に震えるダルゴだけが残された。
※※※※※※
「全く、なんなの? あいつっ。オスカルって顔かってぇの」
ねぇ? といいながら真琴はダルゴの手当をしていた。
「なんか訳ありみたいな感じだったけど……一族の恥ってのは穏やかじゃないな。お前ら一体何したんだよ?」
光は立ち入った事をと思いながらもそう尋ねるが、ダルゴの口は重かった。
「……まぁ、無理に聞こうとは思わんけど、あんまり一人で抱え込むなよ?」
「……余計なお世話でぃ」
ダルゴの返事は予想通りにべもない。
そんな時だった。ダルゴの母、イルデが顔を出して来たのは。
「ダルゴ……またオスカル君と喧嘩して。昔はあんなに仲が良かったのに」
「うるせぇよ、お袋。変わったのはアイツだ。オイラじゃねぇ」
「あなたも十分変わったわよ、ダルゴ。一人前になっても髭も延ばさずまるで人間みたいに……」
そこまで言って、光と視線が合い、慌てたように取り繕う。
「いえ、人間にも素敵なお髭の方も多いですものね。悪気はないのよ」
なんかズレてるな、と思うがそれだけにしておいた。まぁ美的感覚というか、文化の違いだろう。光がとやかく言う話でもない。
「それにねエルレインの事も、お母さんは嫌ってるんじゃないのよ? エルフじゃなくてドワーフだったら本当に祝福してあげたいくらい」
だが、それは地雷だった。
「……なんでエルがエルフだったら、駄目なんだよ。どうしてドワーフとエルフが結ばれちゃいけないんだ!」
「そ、それは……」
戸惑うイルデを救うかのように、今度は別の人物が現れた。
「答えは簡単だ。儂らとエルフとでは寿命が違う。子供だって出来にくい」
「親父……っ」
いつの間に来たのか、ダルゴの父ダインがのそりと扉をくぐる。
「でも、子供が出来る確率だってゼロじゃねぇ! オイラ知ってるぞっ、『ドゥエルフ』って子供が生まれることくらいな!」
「ドゥエルフ?」
光は聞き慣れない単語に思わず反応してしまった。
「確かに生まれるかもしれんな。だがドゥエルフはミュールと一緒で一代限りの種族だ。ドワーフにしては長い、エルフにしては短い生を、孤独に苛まれながら生きていかなければならん。お前は我が子にそんな重荷を背負わせる気か?」
淡々と言い聞かせるような口調に、ダルゴは肩を震わせていた。理屈ではわかっているのだろう。だが、感情が納得してはいないのは明白だった。
「それよりも、ダルゴ。父上……おじいさまがお呼びだ」
「じいちゃんが?」
ダルゴが怪訝そうな顔をすると、ダインが悲痛な顔をして言葉を続ける。
「それと……お客人達も」
言われて光と真琴達もまた、何事だろうと首を捻るのだった。
※※※※※※
「入れ……」
ダインが扉をノックすると、弱々しくもどこか威厳のある声が返事となって聞こえて来る。
「失礼します、父上」
ダインに次いでダルゴ、そして光達が部屋に入った。結構狭い上に天井も低いので、小柄な光でも若干背を屈めねばならない程だ。
「おう、よく帰ったな。ダルゴ」
それを聞いて真琴が息を呑む気配がした。
「どうした? 真琴」
「あ、いえ……なんでもない」
「?」
光が頭の上に疑問符を浮かべていると、ダルゴの祖父の声が聞こえてくる。
「おう……そうか。これはしたり……人間は暗闇を、見通す目を持っておらなんだな。ダイン灯りを。お客人には……不様なものをお見せするが、勘弁して欲しい」
そしてダインが火打ち石らしいものを取り出し、カチカチとそれを弾くとやがて部屋に小さな明かりが灯る。
そうしてベッドの上を見たとき、光も思わず声を上げそうになった。
「……はじめましてになるかな。わっしがダルゴの祖父。名をトーリン……現在の”銀の腕”だ」
そこには禿頭の、そして雪よりも白い髭を生やした老ドワーフが居た。
「マスター。この老ドワーフ、生命エネルギーが」
マリオンに言われなくても光だってわかる。
顔色に生気が無い。眼窩は落ち窪み、唇は乾き、かつては逞しかったであろう右腕も、肉を失い骨と皮ばかりになってる。
明らかに死相が出ていた。
それだけならここまで驚きはしなかったであろう。
光達が一番驚いたのは左腕だ。そこだけが銀色に輝き、往年の力強さを示すように若々しく隆起した筋肉を維持している。
「なんだ……これ」
光は思わず口元に手を当てた。
「気味が……悪いかな? じゃが、これは……これこそが、わっしらヌゥーザの一族の象徴よ」
そう言ってトーリンは、自らの左腕を誇らしげに撫でるのであった。




