茨の壁④
「エルっ! エルレインっ! なぁ、返事してくれよっ、なぁっ!!」
ダルゴが必死に揺するの慌てて手で制し、光は手早く脈を取り、エルレインの顔に耳を近付けて呼吸を確かめる。
「……よし、まだ生きてる」
脈は弱く呼吸も浅いが、生命の活動は確認出来た。だが、この出血量。それに暗闇でよく見えないが、傷口も酷いことになっているのが容易に想像出来る。
光は腰のポーチに手を伸ばし、ハイポーションを取り出した。
「これなら……っ」
蓋を開け、エルレインの唇に流し込む。だが、ポーションは唇から溢れ出し、嚥下する様子は無かった。
「エルっ! 頑張りやがれ! 飲めっ、飲むんだ!!」
必死に声をかけるダルゴの声にも反応を示さず、微かに開いたエルレインの瞳から徐々に光が失われていく。
光は再びポーチを探ってみたら、ハイポーションは残り一本だった。
だが、今のままのエルレインの状態からはそのまま飲ませるのは難しい。
光は決心した。
「ダルゴっ、エルレイン! 勘弁しろよ!」
言うや否や、光はハイポーションを自らあおった。そして半開きのエルレインの唇に、自分の唇を押し当ててポーションを口移しに流し込む。
コクン……っ、と喉が鳴る音が聞こえた。光は確実に飲ませようと、焦らず少しずつ流し込んでいく。
どれだけ時間がかかっただろう。長いような短いような時間をかけて、光はポーションをようやく流し込み終えた。最後の一口をエルレインが飲み下すのを確認して、ようやく唇を離す。
「あ……っ、き、傷口が塞がっていく!」
ダルゴの台詞に、ようやく効果が出たことに安堵し、光はエルレインの身体をダルゴに預けた。そして自分はその場で尻餅をつき、深いため息をつく。
ダルゴとエルレインには悪かったが、口移ししか咄嗟に方法が思いつかなかったのだ。もし自分が同じ立場になったとしたら、正直心穏やかでいられる自信は無い。
ともかく助けられて良かった。そう思ったとき。
「先輩、お疲れ様」
ん? 声のする方を見てみると、真琴が仁王立ちになって光を見下ろしていた。
腰に手を当て、言葉に幾分かの怒りというか嫉妬みたいなもの含ませて。
「いやお前、何怒ってんの?」
「怒ってませんよーだっ」
そう言うと今度は光の側にしゃがみ込み、コツンと肩を当ててくる。
「非常事態だったもんね。仕方ないもんね」
「何、もしかしてお前妬いてんの?」
いたずら半分にそんな事を言ってたら、今度は強めのヘッドバットをかまされた。
「妬いてません。先輩が人命救助で人の彼女の唇奪っても、心が広いあたしはノーカン扱いしてあげます」
「そりゃどうも」
どう見たって妬いてるじゃないか。と、心に思うだけで言葉にまではしない。
だが、安心したのも束の間。ダルゴの悲痛な叫びに二人だけの世界から引き戻された。
「エルっ、エルよい! なんだよこれ……一体どうなってやがる!?」
「どうしたっ、ダルゴ!?」
「き、傷口が……っ!!」
まさか治ってない? ハイポーションなら生命力さえあれば、HPをほぼ満タンに出来るだけの治癒力を持つ。ゲームではそのはずだ。
「ダルゴ君、ちょっと見せて!」
言うなり真琴がエルレインの服を破いて、傷口を診る。そして驚いたような声を上げた。
「何よ……この紋様みたいなの」
「真琴、一体どうなってるんだっ」
夜目が全く効かない光には状況が全く見えない。
「傷口は塞がっている。それは間違いないけれど、その跡に紫っぽい色した紋様みたいな線が浮かび上がってるの」
「ついでにいえば、そこから生命エネルギーが流失しています」
「うわっ!?」
いつの間にか後ろに立っていたマリオンに驚いてしまったが、それを上回る事実に心臓が跳ね上がる程驚いた。
「て、マリオン。お前エルレインの状態解るのか?」
「半分イエスです、マスター。どうしてこういう状態になってしまったかまでは不明です。ただ、言えることは一つ」
マリオンはどうでもいいことの様にあっさりと言う。
「このまま放置しておけば、三日で生命力が枯渇して、個体名エルレインは死亡します」
それは事実上の死刑宣告だった。
※※※※※※
「……それで私の意見が聞きたいというわけですか」
ザクールは心底迷惑そうにため息をつく。
「それしても、行く先々で問題を起こしてくれますね。あなた方は」
言われても仕方がないが、今回ばかりは不可抗力である。まぁ、真夜中にも関わらず領事館で書類仕事中だった、というのだから呼ばれて迷惑極まりないという気持ちはわからないではないが。
とは言えこの手の事情に通じてそうな人間は他に思いつかない。
ちなみにダルゴの家はちょっとした所の騒ぎではない事になっていた。
なにしろヌゥーザの一族の族長で戦士長の自宅が襲われたのである。兵士達が事情聴取現場検証とばかり押しかけきて、惨状を見てはあーだこーだと尋問めいた質問をしてくる。
残された遺体も、かつて人間だったという痕跡を留めているだけという代物が多く、証拠を取るのに難儀していると文句を言われてしまった。
ザクールが呼び出されたのも元暗殺者の一族の出という国王の紹介を思い出し、光が呼びつけたのである。
ザクールとしても愚痴やため息の一つや二つ勘弁して欲しいというのが正直な所だろう。
「……まずはエルレインの傷を見せてもらいましょうか」
今はダルゴの父親であるダインのかかりつけ医の所に入院しているエルレインの元に赴き、傷を診てもらうことにした。
ダルゴも一緒に来たがったが、襲われた御曹司を兵が放っておく筈も無く、未だに質問攻めにあっている。
あとマリオンがかなりえぐい殺し方したとかで、同じく職質にあっており、真琴は不本意ながらそのフォローとして残っている。
結果的にザクールのお供をしているのが光だけという結果になっていた。
「……なるほど。これは呪いの武器でやられたものですね」
病衣をはだけ、美しいエルレインの裸身を見ても眉一つ動かすこと無く診ていたザクールは、やがてそう結論した。
「聞いた事があります。暗殺者の一派に魔法の武器を好んで使う一団があると」
ザクールは珍しく肩をすくめて嘲るように今回の暗殺者の事を評価する。
「……私に言わせれば三流以下ですね。毒ならまだしも、一体どういう理由でああも手の込んだ殺しを行うのか、理解に苦しみます」
「なら、あんたならどうする?」
少し気になったので聞いてみた。
「……気配を殺して眠っている所をグサリ。これで確実に仕留められます」
もっとも、それが出来るのは極一部の人間だけですが、と自慢なのか珍しくそう付け加えていたが。
だが、納得いく話ではある。ザクールの隠形術は神がかっており、確かに無駄な行動を取ること無く相手を始末できるだろう。
「……なんでしたら、心当たりを探ってみましょうか?」
「当てがあるのか?」
「蛇の道は蛇という格言もあるでしょう」
正直言っては悪いがここのドワーフは身贔屓がひどいように思える。
人間やエルフ、ましてや人形のいう言葉に耳を傾けてくれるか。
ここは素直にその道のプロに任せるのが得策だろう。
「わかった、よろしく頼む。ちなみに何日くらいかかりそうだ?」
「……解呪の手段も含めて三日かと」
意外に早いが、マリオンは保って三日といっていた。その間の延命処理も含めてギリギリかという感じだ。
「出来るだけ早く」
「……善処はします」
それだけ言うと、ザクールは病室を後にした。
今はザクールだけが頼みの綱だ。
光はエルレインの病衣を整えると、その後を追うように病室を後にするのだった。
※※※※※※
「じゃあエルはっ、エルレインは呪われているってのか!?」
ダルゴの家に戻って事の次第を報告した光を待っていたのは、ダルゴの焦燥に駆られたその一言だった。
「ザクールさんがいうにはそうだと」
「じゃあ先輩。エリクサーが役に立つんじゃない? 結局呪いってバッステの一種だよね?」
それは光も考えた。だが。
「そう思って手持ちの一本、医者に渡して飲ませて貰ったんだがな、顔色が良くはなりはしたが、解呪まではいかなかった」
「そっか……」
真琴がしゅんとした顔でため息をつく。
「じゃ『呪い返し』の呪文は? ほら、呪われて装備した武器を破壊して解除するって奴。あれ、応用できないかな?」
ゲームだった頃の場合、武器を鑑定するには専門の店で金を払って鑑定するか、「鑑定」スキルを持ったキャラクターが鑑定するかの二種類がある。
確実なのは店で金を払って鑑定するのが一番なのだが、それが往々にして多額の金額を必要とする。逆にキャラクターが鑑定する分には費用はかからないが、意外に高確率で、呪われた武器と化して無理矢理鉄屑同然の武装に置き換えられてしまうというリスクがあるのだ。
これを解呪するには神殿に行って多額の喜捨をしなければならない。もしくは高レベル帯で取得する、『呪い返し』の呪文が必要となってくるのだ。
しかもそれとて完全とは言えず、「触媒」と呼ばれるアイテムを消費して、成功するか否かと言う難易度である。
どちらにせよ金はかかるのだ。
だから最近の風潮では『呪い返し』の呪文を取得するものは稀だった。どのみち金がかかるのなら、割り切って金を使って鑑定して貰うのが早いし安全だからだ。
だがその稀な人物がここにいた。
「あたし『呪い返し』の呪文取得してるよ? 役にたたないかな」
「触媒は、何回分ある?」
「ちょっと待ててね」
真琴はタブレットPCを取り出して、自分の装備をチェックしはじめた。
「んーと、二回分かな」
正直ちょっと心許ない。
だが、ダルゴは光明が見えたとばかり、表情が明るくなる。
「マコトっ! 頼むっ、エルを、エルレインを呪いから解放してくれよ!」
「で、でも。役に立つかどうかなーって魔法で、それも成功は絶対保証出来ないよ?」
真琴は予防線を張っておくが、生憎ダルゴの耳には入っていなかった。
「ようし、そうなりゃ早速……っ!」
「さぁっそく、なんだぁってぇえ?」
その時、妙に間延びした甲高い不愉快な声が聞こえてきた。
一同がその声の主の方を向くと、そこにはダルゴよりやや年上の若いドワーフが立っている。
「必ぃい死だねぇえ? ダァルゴォ。そぉおんなにエェルフゥーの女が大ぁ切かいぃ?」
「手前ぇ……オスカル」
「「「オスカルぅ?」」」
オスカルと呼ばれた若いドワーフは、嫌味なほど整えられた口髭を撫でつけながら、ニヤニヤと下衆っぽい笑みを浮かべるのだった。




