茨の壁③
黒衣の人影達はその両手に持った短剣を振るい、光達に襲いかかって来た。
突き出された短剣を勘でかわすと、抜刀した勢いで相手の腕を切り飛ばす。
だが驚いた事に敵は、痛みに悲鳴を上げる事無く、次なる一撃を繰り出してきた。
「ちぃっ!?」
脇腹を短剣がかすめるが、鎧が上手く逸らしてくれる。光もまた返す刀を振り下ろし、攻撃を試みるが、暗闇に溶け込んだ姿を捉えるのは容易では無く、空振りに終わってしまった。
健闘しているのが女の子二人で、暗闇のハンデも何のその、盾や籠手で敵の攻撃をいなし、反撃している。
敵の力量は恐るべきものであったが、なんとか対応は出来ているようだ。
ここは任せてエルレインの支援に向かうべきか。光がそう迷った時だった。
「先輩っ、エルを追って!」
真琴が盾で敵の攻撃をしのぎながら、光に向かって叫ぶ。
「あの子が心配! こっちはなんとか対応するからっ、行ってあげて!」
その言葉を聞いて光はようやく決心がついた。
「マリオン! 真琴の援護を頼むっ!」
「不本意ですが了解ですマスター」
なんとも不安が残る返事ではあったが、光はエルレインの後を追うのだった。
※※※※※※
「……って、格好つけたはいいけど、どうしようかしらね。これ」
真琴は片刃剣を構えつつ、敵の動きを見据えた。
正直言えば命のやり取りは怖い。剣道の試合とは違うのだ。
ダルゴ達と出会った時にオーク鬼の賞金首と戦ったが、実を言うと脇腹を刺し貫いたとき、肉を断つ嫌な感触が伝わって来てちょっとしたトラウマになっている。
だが、これは自分の命がかかった戦い。生き延びるための戦いなのだと自分に言い聞かせて、無理矢理奮い立たせた。
そんな真琴の覚悟を試すように、敵はぬらりとした蛇のような動きで左右の短剣を繰り出してくる。
刺されたら痛くて泣いちゃうかも。などと考えながらも盾で攻撃をいなす。そして反撃にと剣を突き出すが黒装束の下になにか着込んでいるのか、じゃりんという金属が擦れ合わさる音がしただけで終わった。
「らちあかないな……マリオン、何か手は無い?」
「無いことはありませんが問題が一つ」
そう言いながらも、マリオンは円舞でも舞うかのような流麗な動きで敵の攻撃を捌いている。
「わたくしの『罪業の一撃』を放った場合、この侵入者ごと家屋を破壊してしまいます」
「あ、駄目だ。それ無しね。マリオン」
「では」
マリオンは光の攻撃によって片腕を失った暗殺者の腕を掴まえると、一本背負いの要領で投げ飛ばし、頭から床に叩き付けた。
グシャッっと頭部がスイカのように割れる嫌な音が聞こえる。
「一人一人確実に仕留めることにいたしましょう」
なんの感情も見せず、マリオンは鏖殺を宣言した。
※※※※※※
なんだか騒がしいな。
ダルゴがまどろみから目を覚ました時、見たのはエルレインの姿だった。
いつものニコニコと朗らかなお日様にも似た笑みを浮かべ、ベッドの傍らに立っている。
「どうしたんだよ。親父達に見つかるとうるせぇぞ?」
だがエルレインは笑顔を絶やさずこう言った。
「ワタシ眠れなくて……もしかしたら、もう会うことも出来ないんじゃないかって思ったらさ、居ても立ってもいられなくて。来ちゃった」
あれ? エルの奴いつの間にこんな流暢に話せるようになったんだ?
だが頭がどこかボンヤリして、エルレインの声だけがダルゴの心に徐々に染み入ってくる。
「ねぇダルゴ。二人で遠くに行こう? 誰にも邪魔されない、遠い所へ」
「お前? 何言って……」
だがエルレインがその細い指先を額に当てると、夢見心地になって、それも良いかなと何故かそう思うダルゴであった。
「じゃぁ行こうか? 二人一緒に遠い所へ」
そう言うとエルレインは後ろ手から、黒い長剣を取り出し振り上げた。
「わたしもすぐ行くからね?」
そしてその剣が振り下ろされようとした、その時。
『風よ 疾く 疾く 駆けよ 駆け抜けて 己が身体を刃と成し 汝の敵を討て!』
聞き慣れた呪文が響き、風の刃がエルレインを切り裂く。
「ダルゴ! なんばボケッとしちょるとねっ! 早よ武器ば取りんしゃい!!」
その声に我に返ったダルゴは見た。
剣を振り上げたエルレインが黒装束の人間の姿に変わるのを。
恋人がドアを開いて杖をかざしているのを。
ダルゴはとっさにベッドから身を投げ出して、壁に立てかけてあった自分の戦斧の所まで文字通り転んで行った。
一方で黒装束の人間が体勢を立て直して、再び剣を振り上げる。
だが、なんとか愛用の戦斧を手に取ったダルゴは、これに応戦しようと敵の胴体を薙ぎ払いをかけた。
だがその一撃は空を切る。
なんとダルゴの戦斧は敵の胴体をすり抜けたのだ。
「幻術!?」
黒装束の人間の長剣が襲いかかる。
ダルゴはこれを受け止めようと、必死になって振り抜いた戦斧を引き戻した。
だがその攻撃もまやかしだった。振り下ろされた筈の剣はダルゴの戦斧をすり抜けていく。
それどころか、相手の剣は振り下ろされてすらいなかった。
そこに本命の袈裟懸けが襲いかかる。
受けきれない。
ダルゴがそう覚悟した時、その前に立ち塞がる細く華奢な影が現れた。
※※※※※※
一方で光は足止めを喰らっていた。
「ちっ、なにが目的か知らねぇが、大げさな!」
先程まで家族団欒を楽しんでいたリビングに展開していた二名の暗殺者は、光の左右から攻撃を加えて来る。
光は再び勘だけでかわそうとするが、今度ばかりは分が悪かった。右腕の装甲の隙間を貫いて、敵の短剣が突き刺さったのだ。
「にゃろっ!!」
痛みをバネに、傷付いた腕を無我夢中で振り抜くと敵の首筋を捉えた。愛刀村正の切れ味凄まじく、呆気なく首がゴロリと床に落ち、残された身体から血飛沫が吹き出す。
人を殺した。
そんな感傷に浸ることも許されず、残る一人を警戒する。
敵はゆらりと身体の力を抜くように揺らめかせると、しなやかな鞭のように光に短剣を突き出した。一撃はかわしたが、もう一撃が今度は左の肩の付け根に突き刺さる。筋を傷めたのか左腕の力が入らない。
「ぐっ! くそぉっ!!」
だが、光は攻撃の方向を辿って右腕で突きを放つ。その突きは敵の心臓を貫き、暗殺者は声も立てずどうと倒れ伏した。
正直幸運に恵まれた、刹那の戦いとしか言いようが無い。この暗闇の中良くもまぁ勘と攻撃の軌道だけで対処できたものだ。
光は自分が倒した遺体を見て嘔吐しそうになったが、今はそれどころでは無い。腰のポーチからハイポーションを取り出し、口で栓を開いて一気に飲み干す。するとどうだろう。傷口が時間を巻き戻すように塞いでいくではないか。
「これでよしっ……と?」
だが傷の治療は不十分だったらしい。目が回り平衡感覚が無くなっていく。
毒だ。
そう気が付いた時には遅かった。毒消しポーションを取りだそうとしたが、手が上手く動かない。身体が痺れ、膝を付いてしまう。
だが、幸運というものは意外に多く存在するらしい。
「一体何事か!!」
ダルゴの父、ダインが戦斧を構えて寝所から現れたのだ。
「ぞ……賊です。暗殺者が突然この家に……っ」
「暗殺者だと?」
「ダルゴも狙われている可能性が……あります。すみませんが、俺の腰のポーチから毒消しポーションを取り出して……もらえませんか」
ダインが毒消しポーションを取り出し、光に飲ませてくれる。すると毒による不愉快な倦怠感が嘘のように軽くなり、光は再び戦う力を取り戻した。
「ありがとうございます。ところでダルゴの部屋は?」
「ダルゴの部屋なら、そこの階段を上がって二階に……っ」
ダインがそこまで言った時だった。
絹を切り裂くような、エルレインの悲鳴とと、ダルゴの叫び声が聞こえて来たのは。
「エルレイン!? ダルゴ!!」
光は叫ぶ時間も惜しいとばかり、狭い階段を昇っていく。そして遠慮も無く扉を開いたかと思うと、衝撃的な光景が広がっていた。
エルレインが両手を広げて、ダルゴの前に立て居るのが見えた。エルレインの前には長剣を携えた男が、その剣を袈裟懸けに振り抜いている。ダルゴは下着同然の格好で戦斧構えて、その光景を呆然と見ているだけだった。
ゆっくりとエルレインの身体から血が飛沫傾いでいく。ダルゴは戦斧を投げ出してその細い身体を支えた。二人の身体が重なり合ったとき、暗殺者の長剣が二人をまとめて貫かんとする。だが、光は雄叫びを上げてそこに突っ込んでいった。
ガキィンという金属と金属が激しくぶつかり合う音が響く。敵の切っ先が二人を貫く寸前、光の振りかぶった一撃が、敵の攻撃を叩き付けて逸らしていたのだ。
「はぁあっ!!」
今度は光が下段から斬り上げる。だが長剣の暗殺者は驚くべき事にとっさに仰け反って、光の一撃をかわした。そしてその反動を利用して後方に回転し、距離を散る。
長剣の暗殺者はそうして時間を稼ぐと口に指先を当て、口笛を鳴らす。そして窓から身を投げ出すと、生き残った仲間と共に町の暗がりに姿を消していった。
後には必死で恋人の名前を呼ぶ若きドワーフが残されたのだった。




