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茨の壁①

「ふむ、お義父とう様……か。わしらはそう呼び合える仲だったかな?」


 ダインは洒落た編み方をした自分の顎髭を撫でて、悠然とした態度でエルレインに答える。

 確かにエルレインはそう言った。当然血の繋がりはないだろう。

 エルフがドワーフを義父と呼ぶ理由は二つに一つ。

 このドワーフがエルフであるエルレインの養い親で有る場合。

 そしてもう一つは──


「マだ、認メて、くれナイですか?」

「認められる訳がなかろう。儂らヌゥーザの”銀の腕”にかけて、エルフの嫁を迎えるなぞ」


 みつるはそこまで聞いて、ようやく合点がいった。


「ダインさん……だっけ。あんたもしかして、ダルゴの」

「ふむ、君がせがれの言っていた、異邦の剣士か。随分と世話になったと聞いておる」


 そして右拳を胸に、左手を後ろに手を組んで会釈した。


「いかにも。儂がダルゴの父親にして、ヌゥーザの族長。ダイン・ウンガルト・ヌゥーザだよ。見知りおいていただこうか」


 こうして一行は、この乱痴気騒ぎから逃れることが出来たのであった。

 一方的な被害を出して。



※※※※※※



 

 そこは文字通り都市であった。

 

 高さはおよそ50m近くある大空洞で、そこに岩場を活かした石造りの家が無数に棟を連ねており、そこからは赤々と火が灯され、そこかしこから鎚打つ音がリズミカルな旋律となって響き渡っている。

 また、地下空洞の天蓋には何やら小さな星のような輝きが灯っており、この地下都市を美しい夜景のように彩っていた。


「これが儂らの都市まち、ダンキルだよ」


 ダインが誇らしげに語るのも無理は無い。圧倒的なスケールと天地に輝く幻想的な灯火に、光と真琴は圧倒されていた。


「堪能していただけたかね? では参るとしよう」


 先導するダインの後について一行はダンキルの町へと歩みをすすめる。

 あちこちに起伏に富んだ坂道がありと、そこを丁寧に階段状に彫り上げた道はドワーフの短い足に合わせてあるのか、ともすれば脚がもつれそうだったが、急勾配な坂が無いのは正直助かった。

 それに所々掲げられた明かりが有るのも助かる。おそらく暗視能力インフラビジョンを持たない種族への配慮だろう。

 

「さぁ着いたぞ。憩いの我が家だ」


 しばらく歩いた後につれて来られたのは、他の家よりも大きく、石壁に精緻な細工が施された立派な家だった。


 ほぇーと間抜けな声を上げながら光と真琴がその家をまじまじと見つめる。


「ダルゴ君って、意外と良いところのお坊ちゃん?」


 真琴の疑問は素直なもので、決してダルゴを揶揄するつもりは無かったが、ダルゴは不機嫌そうに「ほっとけよ」とボソリと呟く。

 思えば道中こんな感じで有った。元々お喋り好きという印象は無いが、それでもザクールなどよりはよほど話せる相手だ。

 まぁ、無理難題を吹っかけられて恋人との仲を引き裂かれようとされている真っ最中なので、心穏やかにというわけにもいくまいが。


「イルデ。イルデはいるか?」


 門をくぐるなりダインが声高に叫ぶと、奥の方から「はいはい」という朗らかな女性の声が聞こえ、パタパタと軽い足音を立ててやってきた。


「お帰りなさい。あなた」


 そこに背が低く丸っこい、やや小太りした女性が笑顔で現れる。


「うむ。今日は客と土産を連れてきたぞ」

「まぁまぁ、一体どんなお土産かしら? それにお客様なんて、突然困るわね。しょうの無い人」


 困ると言いながら、顔は相変わらずニコニコと柔らかい微笑みを浮かべている。客をもてなすのが楽しいタイプの女性なのだろう。


「それでお土産というのは?」


 何となくは察していたのだろう。イルデと呼ばれたドワーフの女性はチラチラと夫の背後にしきりに視線を送っていた。

 ダインが未だバツが悪そうに家の外に居るダルゴの腰を叩いて、入るように促す。


「……ただいま。お袋」


 イルデは目を潤ませて微かに震える手で息子を抱きしめた。


「……おかえりなさい。ダルゴ」


 多くは語らなかったがそれだけで十分だったようだ。イルデは声も上げず静かに泣く。

 ダルゴもまた思うところが有るのか、おずおずと手を母の背に回し、抱きしめた。

 しばし再会の感動が続く。

 それを台無しにしたのは、光の腹の虫だった。ぐぅうっと周囲に響き渡るような大きな音を立ててしまう。


「いけないいけない、お客様がいたのよね。良かったらウチでどうぞ? 良い鹿の肉が手に入ったのよ。お嬢さん」

「いや、あの……俺、男です」


 最早定番となりつつ有るやり取りに、いい加減疲れてきた光は怒る気力も無く、場をわきまえない己の腹をさすってそう抗弁するに留めた。


 だが和やかな時間もそこまでだった。


「ところで……何故あなたまで居るの? エルレイン」


 穏やかな口調の中に、相手を拒絶する成分を含ませて、イルデは青い顔をして立ちすくむエルレインを静かに見つめる。


「お義母かあ様……ワタシは」


 なにか言いかけようとしたが、エルレインはイルデの笑みに隠された意味を悟って、言葉が上手く出てこないようだった。

 だが、それに堪らずダルゴがイルデの肩を掴んで代弁する。


「聞いてくれよっ、お袋!! オイラとエルレインは親父とじいちゃんに言われた通り、人形を取り立ててきたんだ! ほら、マリオンこっち来いっ」

「何故あなたの言うことに従わなければならないのですか。個体名ダルゴ」

「そこは空気読もうよ!?」

「わたくしの対流センサーは完全完璧に機能しています」

「じゃなくてっ!!」

「マスター。マスターからもこの脳筋ドワーフにいい加減言い聞かせてください」

「いやマリオン、話がややこしくなるから、お前はもう口を開くな」

「ぶーっ」


 マリオンは不服そうに口を尖らせるが、光の言うことには素直に従う。それっきり、貝のように口を閉ざしてしまった。

 

「まぁ、これで証明された訳だな。ダルゴ、お前達は自力でこの人形を手に入れた訳では無い。そして、そのその所有権すらない。つまりは失敗したわけだ」


 ダインが言い聞かせるようにダルゴに語りかける。だがダルゴは激昂したように叫んで反論した。


「そもそも親父達は成功するなんて考えてなかったんだろ!? オイラ達が失敗するってっ! リッチに手も脚もでねぇてっ、わかっててやらせようとしたんだ!! 大方オイラ達が脅えて逃げ帰ってくるのを心待ちにしていたんだろうさ!」

「ダルゴ、お父さんに何てことを」


 イルデが青くなってダルゴの肩を抱くが、ダルゴはそれすら振り払い、母親を罵る。


「お袋も黙っててくれよ!! 何から何まで親父の言う通りにしか出来ねぇくせにっ!」


 その時だった。


 パンと乾いた音が響く。


 ダルゴは信じられないという顔で、自分の頬を張った相手を見た。

 

 ──その視線の先には、翠の瞳に大粒の涙を浮かべたエルレインがいた。

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