人形回廊②
『──絶壁に価値なし』
それは、傲然とした態度でそう告げた。
内容はしょうも無いことではあったが、その言葉には途方もない圧がある。
現にダルゴにしろエルレインにしろ、恐怖からガタガタと震え、明らかに歯の根が合っていなかった。
『豊乳こそ至高。巨乳こそ至宝。魔乳こそは究極。──しかるにっ』
骸骨はビシッと真琴とエルレインを指さして言ってのける。
『断崖絶壁! 微乳・貧乳なぞ取るに足らん!! 胸の肉を増やして出直してこげべら!?』
だが最後まで言うことは叶わなかった。
真琴が放った回し蹴りが頭部に炸裂し、骸骨を吹き飛ばしたのだ。
『ごはっ!? な、何をするか貴様っ!!』
「何かじゃないやいっ! 黙って聞いてりゃ人の胸のこと断崖絶壁だの貧乳だの好き勝手いってくれちゃって!」
下着が見えるのも構わず、再び真琴の蹴りが炸裂する。
「あたしだってねっ、高校に入ってから、少しは大きくなってBカップまで成長したんだから!!」
『む? な、なんだかよく分からんが、成長してそのサイズとは、なかなか哀しいものげぼら!!』
今度はかかと落としが決まった。
無論パンツ丸見えで。
恋人の立場にあるものとしては、そうほいほい自分以外の男に見せて欲しくは無いのだが。
まぁ、これは真琴の逆鱗に触れたこの死霊が悪い、と思うことにする。
『ええい! いい加減やめんか!! この私を誰だと心得るっ!!』
「知らないわよ、そんなもの」
『畏れおおくもカナン帝國随一の死霊術士にして人形使いっ! ライオネル・ブックマン・ザ・リッチなるぞ!!」
なんだか、アメリカに似た名前の歌手が居たような気がするが、偶然であろう。うん。
っていうか、死の王?
「もしかして、お前がこのいかれた迷宮のボス?」
ライオネルと名乗った死の王は、ふんすと瘴気を吐きながら胸を反らして傲然と肯定する。
『いかにも私がこの芸術的な迷宮の支配者だが、いかれたとは失敬な』
「一通り見たが、どの人形も巨乳ばかりじゃねーか。中にはロリ巨乳までいたし、美学ってもんがねぇ」
『む? 私を前に美学を語るか。よいぞ、受けて立とう』
「と、その前に」
光はちらりとダルゴとエルレインを見やって、ライオネルと向き合った。
「まず『恐怖』の呪文解いてもらおうか。仲間が脅えているとこっちが落ち着かねぇ」
『ほう……わかるか。だがこの程度の「恐怖」の呪法に脅える程度の雑魚なぞ、放っておいても構うまい』
「だだだだだだれが、ザザザ雑魚だっ、て!?」
「いや、ダルゴ。お前思い切り呪文の影響下にあるじゃねぇか」
普通魔法への耐性はドワーフもエルフも高いとされている。
それを凌駕する『恐怖』を居るだけで放っているのだ。このリッチは。
通常の人間なら完全にパニックに陥っている。
『そう言う貴様は、我が恐怖に囚われておらぬようだが? そして私をしたたか蹴りつけてくれた、そこの桃色下着のエルフも』
「あ、あたしがどんな下着つけてようが、関係ないでしょっ!?」
『何を言うか。女子の下着は白か縞。コレに限る。それ以外はビッチばはっ!?』
また蹴りつけられた。
こいつもしかして、学習能力が無いのかと疑ってしまう光である。
まぁ、それはさて置き。
「俺達の事はともかく。美って奴を語るには、まず大切な事を確認しておかないとな」
『大切な事? 良かろう言ってみよ』
あくまでも謎の余裕を見せるリッチに、光は切り込むように言い放つ。
「お前、本物を見たことないだろ?」
『んな!? な、何を根拠にっ!」
慌てるリッチを尻目に、光は不敵な笑みを浮かべて、髪をかき上げてみせた。
「リアリティがねぇんだよ。乳房の造形も、オンナノコの形も」
『むぅっ! いや、造形するに当たって医学書は学んだとも。女性器がどういう形をしているかもな!!』
「語るに落ちたな。それ実物は見たこと無いって白状してるようなもんだぜ?」
『しっ、しまっ!?』
「それに、だ」
光はここぞとばかり畳みかける。
「大きさだけにこだわっている時点で、お前の美学とやらは欠けているもんが有るんだよ」
『馬鹿な。大きさに、包み込み弾むような弾力。それ以上の乳房の美しさがあると!?』
「おうよ」
光は勝ち誇った様に胸を張った。
「それはな……」
『そ、それは……っ?』
リッチから息を呑む気配がする。
「ずばりっ!『形』だ!」
『形……だと!?』
「そうさ。お椀形、釣り鐘形、流線形。女子の胸の価値は大きさじゃねぇ! 『形』よ!!」
『なんと! い、言われてみれば確かにっ……! 見目良い乳はすべからく形が良かったっ! それが、乳房の美の真髄とは……!』
ライオネルというリッチが、光の力説に納得しかけたその時。
「二人とも、いい加減、やめんかぁああ!!」
真琴の鉄拳が二人の顔面を捕らえた。
「黙って聞いてれば、女の子の大事な部分をあーだこーだと好き勝手! 良い!? オッパイに個性は有っても、善し悪しなんてないんだからね! わかった!?」
『「は、はい。わかりました」』
思わず光とライオネルは真琴の前に平服する。
「ったく、これだから男って奴はっ!」
そこでライオネルが『ん?』と怪訝そうな声を上げた。
そして隣に座っている、光へと視線を向ける。
『ちょっと待て』
「なんだよ」
『貴様、男だったのか!?』
「いつ! 誰がっ! 女と言ったかなぁああ!?」
『いや、余りにも絶壁、というか壁だったので、おかしいなとは思っていたのだが』
「当たり前だ! 男に胸があるかっ! なんなら証拠も見せてやる! おらっ!!」
言うや否や、光はスカートを大胆に引き上げ、股間をさらけ出して見せた。
『これは……っ! 古き時代、我が股間にもあったモノっ! はっ……そうか、もしや貴様!』
今度はライオネルがズビシっと指をさして声の限りと叫ぶ。
『貴様っ! 実は男の娘だったのか!!』
「んなわけ、あるかっ!!」
そして光はライオネルの顔面に、ローリングソバットを喰らわせるのだった。




