人形は眠る③
「なんね? こい」
エルレインがクンクンと子犬のように、その形のよい鼻を鳴らす。
そしてはっとなって光に向かって叫んだ。
「ミツルっ、気ばつけんしゃい! こん液体、香油の原液ばい!!」
「香油だって?」
「そいも、発火性の高か紫炎華っちゅうもんの香油ばい! 迂闊に松明ば落としたら、火の海になっよ!」
「なんてこった、畜生!」
すでに香油は光達のいるエリア一面に広がっていた。ここで松明を手放すのは無しだ。それほど発火性が強い油なら、たちまち火の手が上がり、光達は敵諸共に焼死することだろう。
だが、ダルゴはそんなことは些事とばかりに敵を睨み付ける。
「それにしてもなんだ、この人形はよぉ。まるで人間じゃねぇか」
確かに、両腕の剣と金属色の髪と瞳以外は、まるっきり人間の様に見える。
細部までそれは再現されており、少女型なだけに正直目のやり場に困った。
「なんて言ってる場合じゃねぇな」
光は腰を落とし、安定した姿勢を取る。そして足の裏で滑りを確認する。
思ったより潤滑性は無く、さらりとした感じだ。気をつければ少々激しく動いても大丈夫な様に思えた。
さて、ハンデを背負ったままどこまで戦えるか。
そんな事を考えている内に、敵は両腕の剣を振るいながら接敵を開始する。
狙いは──
「ダルゴ!?」
エルレインの悲鳴にも似た呼び声が木霊する。
敵は間近にいたダルゴを先ず真っ先に仕留めることにしたようだ。二体が同時にしかけて来た。
両腕の凶刃が迫る。だが、その一撃はダルゴに届くことは無かった。
「聖盾!」
魔法の障壁を纏った真琴が、盾をかざしてその間に割って入ったのだ。
甲高い音を立てて、真琴の盾と障壁が敵の斬撃を防ぐ。
そこに、ここぞとなかりダルゴが飛び出し、敵の一体の脇腹目がけてその戦斧を叩き付けた。
「ほいっとな! くたばれやぁあ!!」
華奢な身体がくの字に歪む。だが、その敵は堪えた様子もなく、平気な顔で次の攻撃へ移行しようとしていた。
また残った一体も文字通り滑るような足取りで、エルレインへと接敵を図ってくる。
エルレインは呪文を詠唱し始めたが、間に合わない。
「ちょ!? ちょっとタンマ……っ!!」
無論そんな願いを聞き届ける相手では無い。
敵は両腕の剣をクロスさせ、エルレインに斬撃を繰り出そうと構える。
だがそこに立ちはだかる影が有った。
「やらせねぇよ!」
光は剣と剣が交差し斬撃に移る瞬間を狙い、居合いの要領でその一撃を受け止める。
そして激しい鍔迫り合いが繰り広げられた間隙を縫って、左手の松明を腹部に押し付けた。
「こいつはどうだ!」
じゅう、というゴムが焼けるような音と匂いが充満する。
だが敵はそれに反応を示すこと無くむしろ力を込めて光の刀を押しやってきた。
『世の理を司る魔素よ。我が意に従い 槍となりて 我が敵を討ち滅ぼせ!』
そこにエルレインの詠唱が終わり、魔力が光の槍状となって光の前に立つ敵を貫く。
「どげんね! 人造生物なら、魔法には弱かろうもん!!」
確かに術者の魔力で作り上げられた、ゴーレムやガルグイユなどの人造生物系のモンスターは魔力に対しては鋭敏になっており、魔力そのものや魔力を帯びた攻撃には脆い。
そのはず、だった。だが──
『巡れ 巡れ 時よ巡れ 巡り周りて有るべき姿に』
なんと敵は魔法を使ってきた。
二体のダメージが時間を遡るように逆転し、再生していく。
「そんな……うそでしょ!?」
これにはエルレインや真琴のみならず、光も度肝を抜かれた。目の前の敵は明らかにセオリーから逸脱している。
ただ一人、ダルゴを除いては。
「面白ぇ。ようは回復がおいつかなねぇほどダメージ与えてやれば良いだけの話だろ? 簡単じゃねぇかよ」
などと呑気な事を言っているが。
一方で光は攻略の手段を講じていた。
相手は人造生物にしか見えない。予想外だったのは魔法を使うという点だった。
ゲームの蘊蓄では、魔法にしろマジックアイテムにしろ、その発動のトリガーとなるものは『魂を持った者』だけだ。
『魂』を持つ者だけが魔法を駆使できる。
もしこの理屈をこの敵に当てはめるとしたら?
これは魂を持った何かと言えないだろうか。
そして、この遺跡の主はなんだった?
最初自分達は何を相手にするつもりだっただろうか。
そして、光に一つの仮説が生まれていた。
「エルレイン。あんた『解呪』の魔法は使えるか?」
「一応は出来るばってん、自信はなかよ?」
「それでも構わん。それと真琴!『悪霊祓い』をエルレインが『解呪』した後にかけてみてくれ!!」
「へ!? なんでさ!」
「いいから頼むっ。ターゲットは……ダルゴの前の奴だ!」
そこまで言われて覚悟を決めたようだ。
エルフ娘二人は目配せしあい、互いに頷く。
『命の理たる魔素よ 世の理に従いて 世の理に還れ!』
エルレインが杖を振るうと、ダルゴと交戦していた人形が突然苦しむように悶えはじめた。
するとどうだろう、人形からうっすらと人の影のような者が現れ、怨嗟の声を上げはじめたではないか。
これには戦っていたダルゴも面食らったらしい。
「なんでぇ!? こりゃあ!」
だが、光にしてみれば、ほぼ予想通りだった。
「真琴っ! 今だ!!」
「破邪っ! ターンアンデット!!」
真琴の叫びと共に聖十字の輝きが光り、人形から浮かび上がった人影を切り裂く。
すると人影は浄化の輝きへと変化し、昇華されていった。
後には、ガクガクと震えながら尚も戦闘を継続しようとする人形が居るだけだった。
「やっぱりな、そういうカラクリか」
光は鍔迫り合いを繰り広げていた敵の腹に蹴りを入れて距離をとった。
床の香油で足が滑りそうになるが、なんとか上手く踏ん張る。
「一体これどうゆことっ? 先輩っ!」
「詳しい話は後だが、多分こいつは人造生命でもからくり人形でもねぇ。死霊の一種だ!」
光の出した答えに、皆一瞬唖然となった。
「ばってんっ、人形に憑依するアンデットなんて、聞いたことなかよ!?」
「実際例があるじゃねぇか。ゾンビやスケルトンなんて、罰当たりな言い方すりゃ、死体っていう物に死霊が取り憑いているわけだしな。それが人形って物に取り憑いているって考えたら、説明は一応つく」
「そげん無茶苦茶なっ!」
魔術師としての常識の埒外だったのだろう。エルレインは軽く混乱していたが、光の推論に納得もしたようだった。
「死霊さえ祓ってしまえば、後に残るのはちとおっかない人形だけ。なら対処のしようもあるってもんだ」
そして敵がアンデットなら相手をする手が光にはあった。
あらかじめ装備しておいた神刀『小烏丸』である。
この武器は侍が持ちうる武装の中では唯一とも言って良い、対アンデット用の武器なのだ。
光は小烏丸を片手で持つと、弓を引き絞るように構えた。
そこに人形が突っ込んでくる。
光はその揺れる乳房の中央に視線を集中させた。無論胸に見とれているわけでは無い。
集中した今の光には見えていた。人形の核とも言える霊の位置が。
光の額に紅の光が灯る。
人形が放つ斬撃をかわしつつ、光は神速の突きを放った。
「秘剣っ! 燕落とし!!」
諸刃の切っ先が、人形の豊かな胸の間に吸い込まれていく。
すると、人形は怨嗟の声を上げて全身を震えさせた。
貫かれた切っ先は背中まで貫き通している。文字通り串刺しだった。
そしてその切っ先には、貫かれ怨嗟の声を上げ続ける死霊の歪んだ顔が見えた。その歪んだ顔が光となって浄化されていく。
後には、今だ抗おうとするただの人形がいるだけであった。




