袖振り合うも多生の縁①
「今度はあたしが相手だ!」
「あん? なんだテメェ」
威勢良く出てきた真琴に、オーク鬼は呆れた様な口調で問うと、真琴は豊かとは言えない胸を張って言い放った。
「あたしはこの人のっ、お、奥さんだよ!」
恥ずかしいのなら、わざわざ「奥さん」などと言わなきゃ良いのに、と光は呆れながらも頬を熱くさせる。
だが絶妙のタイミングでの登場に安堵したのも事実だ。
「よくもウチの旦那様を不意打ちしてくれたわねっ!? 男同士の戦いに割り込むような卑怯な奴はっ、天に代わってお仕置きだい!!」
真琴はゆうに二昔は前の魔法少女アニメの決め台詞そのままに、ビシッと啖呵を切って片刃剣の切っ先をオーク鬼に向ける。
オーク鬼はキョトンとしていたが、次第に可笑しくて堪らないという風に大笑いした。
「おーおー、威勢の良いエルフだこと。でもよぉ、俺生理的にお前ら嫌いなんだよなぁ……乳も尻もねぇし。犯すまでもねぇ、鉄鎖でミンチにしてやんよぉ」
「悪かったわねっ、貧乳でっ! それでも良いって言ってくれる人、いるんだから!」
だれも貧乳とまでは言ってないが。
ただまぁ、身長が高い割に胸は控え目な真琴なのである。これでも気にしているのだ。
光の場合、むしろそれくらいが良いと思っているのだが。
そこまで呑気に考えて、光はふと気が付いた。
肋骨を砕かれた割に、痛みが無い。いや、痛みがあるにはあるのだが、気にならないのだ。
それよりもふつふつと身体の奥から活力が沸いてくる感触すらあった。
どういうことだろうと、ふと脇腹を押さえている左手を見て気が付く。薬指にはまった結婚指輪から淡い輝きが放たれていたのだ。それが光の身体に活力を与えてくれる。
真琴のほうもそうだった。薬指の指輪から力が溢れ出ているのが見える。
これが結婚機能の力かと気が付いた時には、すでに真琴にオーク鬼の鉄鎖が襲いかかって来ていた。
「真琴!!」
だがすでに盾を正面に構えていた真琴は、後ろの光を庇うように攻撃を待ち構える。
「死ねやおりゃぁああ!!」
オーク鬼渾身の一発が真琴の盾に炸裂する。
だが真琴は「ふんっ!」と鼻息も荒く踏ん張って、かなりの質量を持ったその一撃に耐え、あまつさえ、それを弾いた。
「何!?」
非力なエルフに、まさか渾身の一撃を弾かれるとは思ってもいなかったのだろう。
オーク鬼は慌てて鉄鎖を引き戻そうとする。
だが
「遅いよっ!」
真琴はそれよりも早く、オーク鬼に接敵した。
光の『縮地』には程遠いとはいえ、金属製の鎧や大盾を装備しているとは思えないほど、軽々と大地を駆け抜けてオーク鬼に向かっていく。
「とったぁっ!!」
そして躊躇無く片刃剣の切っ先をオーク鬼の左脇腹に突き刺した。
ガキィン……っ! と、金属が穿たれる甲高い音が鳴り響く。
「あたしは先輩ほど優しくなれないからっ! 覚悟しなさい!!」
「がはっ!?」
真琴の一撃は狙い過たず、オーク鬼の脇腹に突き刺さり、オーク鬼は苦悶の声を上げる。
だが、それで終わる相手では無かった。
「調子に……っ、乗るんじゃねぇ!!」
オーク鬼は左手に掴んでいた鉄鎖を離すと、空いたその手で真琴の右腕を掴み、万力のような力で締め上げ始める。
「くっ……このぉっ!」
真琴はそれに抗うように力を振り絞るが、びくともしない。それどこか締め上げられた右腕からみるみるうちに血の気が引き、真っ白くなっていく。
「真琴!」
苦痛から解放された光が、真琴の元に駆け寄ろうとすると、今度は背後から太い腕が伸び、傷付いた光の胴を締め上げた。
「うかつだなっ! 剣を失っても、それで勝負が決したわけではないぞ!!」
「くっ!? て、テメェ!!」
光の背後を取っていたのは、ハーフ・オークの巨漢であった。
光の注意が逸れるとみるやいなや、すぐさま背後に回って、機会をうかがっていたのだ。
光の太腿よりも太い腕が、光の胴体をこれでもかと締め上げる。
その力に、再び光の肋骨が軋みを上げ、嫌な音を立てていった。
(こいつ……っ!!)
往生際の悪さと真琴の危機に、光の中から怒りがこみ上げてくる。
──破壊せよ
(うるせぇ)
──破壊せよ
(黙れっ)
──破壊せよ!!
「黙り……やがれえええっ!!」
「な、な……んだ!?」
光の異変に気が付いたのは、間近にいた巨漢だけであった。
露出している光の肌に奇怪な赤い紋様が走り、その幹のような腕を引き剥がそうとする左手が、太さを増し爪が伸びて巨漢の腕を逆に締め上げる。
「あぁあああっ!!」
そしてついに、光の爪が巨漢の腕の表面を引き裂いた。
あまりの激痛に、巨漢は思わず力を緩める。
そして、見た。
振り返った光の口元から牙が伸び、その双眸は深紅に染まっているのを。
更に、眉間が割れてそこからギロリと三番目の目が現れているのを。
「貴様……何者!?」
だが光はそれに答えず、無理矢理身体を引き剥がすと、クルリと身を翻し、真琴を締め上げているオーク鬼の元に、野獣の如く駆け寄っていく。
その速度に驚いたのは、オーク鬼だった。まるでまばたきする間に接敵を許してしまう。
「んなっ!?」
そして光は刀を振り上げると、真琴の手を締め上げているその太い左腕を、易々と切断してのけた。
「へぎゃぁああああ!?」
どす黒い血がしぶき、光の顔を濡らす。
真琴は解放された右腕を振って、腕に食い込んだオーク鬼の腕を引き剥がそうとしたが、よほど強い力で掴まれていたのか、容易に取れそうも無い。
それを光は左手で掴み真琴の腕から引き離す。
そして、それを強く握り締めると、切り取られたオーク鬼の腕が血煙を上げてボロボロと崩壊していった。
「ひっ……な、何なんだっ、何なんだテメェは!!」
オーク鬼は激痛と恐怖に駆られ、真琴の剣を脇腹に刺したまま逃亡を図ろうとした。
「じ、冗談じゃねぇっ! こんな化け物相手に、やってられるかっ!!」
自分の事を棚に置き、弟分さえ見捨てて逃げ出したオーク鬼にトドメを刺さんと、光が襲いかかろうとしたその時。
『風よ 疾く 疾く 駆け抜け給え 汝が身を刃に変えて──』
美しい声が周囲を満たしたかと思うと、風が集まって一陣の刃となって巻き起こり、オーク鬼を切り刻まんと襲いかかる。
「ぐはぁ!?」
それを喰らったオーク鬼は、全身から血しぶきを上げるが、尚も逃げだそうとよろよろと歩みを止めない。
そこに若々しくも骨太な声が響いて来た。
「逃がすかよっ。エルっ!」
『風よ 走れ 走れ 我が友を運ぶ翼となって』
再び美しい声が聞こえて来たかと思うと、光と真琴の横を、まるで弾丸のように小柄な影が駆け抜けていく。
その影はたちまちオーク鬼に近付いたかと思うと、物騒な台詞を吐きなが高々と飛び上がり、手に持った大ぶりの斧をその頭蓋に叩き付けた。
「ほい、お命頂戴! 喰らえっ、この豚っ鼻!!」
「ま、待てっ! 待てげぴゃぁあ!?」
オーク鬼は頭に被った兜ごと、戦斧で頭蓋をたたき割られ、その巨躯をゆっくりと大地に預け、今度こそ無残にも絶命した。
「ほい、まずは一仕事終わり。んで?」
その小柄な影は、今度は光の方にノシノシと近付いて来た。
そして、血塗れの戦斧を光に突き付ける。
「今度はお前か? 三つ目の化け物」
──これが、光達が生涯の友とも呼べる少年との出会いであった。




