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040 異界複製ファーストドリーム

 



 部屋から出て行くセイカ。

 ルプスもベッドから出て、彼女の背中を追う。


「あなた、まだ怪我人なんだから、大人しくしてなさいヨ」


 ヒメはそんな彼を止めた。

 ルプスは、ただ歩くだけでも額に汗を浮かべ、痛みに耐えなければならない状態だ。

 しかし彼は首を横に振る。


「ここで動かなきゃ、いつ動くんだよ。やっと先輩の敵が見つかったんだぞ?」

「あんた、死ぬわよ?」

「何もしなくても、どうせいずれサクラに殺される。あいつはいつ、どこに現れるかわかんねえんだからな」

「確かにそうだけど……はぁ、わかったわ。ならこれを持って行きなさい」


 ヒメはポケットからキーを取り出すと、ルプスに投げ渡した。


「シャトルの鍵……か?」

「外に停まってるファビュラスヒメ号の鍵よ、自由に使ってかまわないわ」

「ネーミングは気にくわねえし、教団の力を借りるのも不本意……だが、助かる」


 キーを握りしめ、コートを羽織り、部屋を出て行くルプス。

 ヒメは心配そうにそんな彼を見送った。




 ◇◇◇




 セイカとルプスは、ヒメから借りたピンクのシャトルに乗り込むと、学園に急行した。

 コロニーの空は、避難場所を求める人々のシャトルでごった返している。


「チィッ、どいつもこいつもマニュアル運転で無茶なことやりやがる!」

「オートで行ける場所に逃げ場所は無い……というより、コロニー内に安全な場所なんてありませんからね」


 諦めて、自分が被害に遭わないことを祈る。

 それぐらいしか、彼らにやれることは無い。

 しかし、何もしないというのは、やはり否が応でも不安になってしまうもの。

 ルプスはぶつかりそうになる他人のシャトルを罵りながらも、その気持ちは理解していた。


 しかしルプスは腐っても警官だ。

 シャトルの運転訓練だって受けている。

 アクセルを全開にして、無事に学園までたどり着くと、セイカは着陸するより前にドアを開き、地上に飛び降りた。


「おい、あんたっ!?」


 心配して声をかけるルプスだが、セイカは操者。

 これぐらいの高さはどうってことない。

 彼女は軽々と着地すると、急いで格納庫へと向かった。




 ◇◇◇




 セイカは格納庫に入り周囲を見回したが、そこにヘスティアやハデス、ディアナの姿は無かった。


「早く来すぎたみたいですね。まあ、座標データは送られて来てますし、先に済ませますか」


 彼女はそう独り言をこぼすと、自らの愛機に歩み寄る。


「元気でしたか、オネイロス」


 セイカのドール“オネイロス”は、標準的な女性の体型をした、黒いマネキンのような機体であった。

 特徴と呼べるものは、頭についた羊のようなツノだけ。

 武装らしきものは見当たらず、おおよそ戦闘能力が高いようにも見えない。


 事実、オネイロスには武装が搭載されていない。

 また、パワーやスピードも、他のドールと比べて特別優れているというわけではなかった。

 それでも、セイカは2年生でクラスCまで上り詰めた、それなりに優秀な操者である。

 見かけが強そうに見えないからと言って、本当に弱いわけがない。

 少なくとも、この場所からプリムラたちを支援できる能力を持っているのは間違いないのだから。


 彼女がオネイロスの胸元あたりを見上げると、コクピットハッチが開く。

 そこに乗り込もうと両脚に力を込めたところで――


「待て、セイカ・オースマントゥス! ドールの搭乗許可は下りていないはずだ!」


 男性の声が、彼女を止めた。

 セイカは「はぁ」とため息をつくと、めんどくさそうに振り返る。

 そこに立っていたのは、クラスCを受け持つ教員であるクリフ・ヴォルビート。

 プリムラがガラテアの力を得る前、ザッシュによる暴行を見逃していた男である。


「操者には、緊急時に自らの判断でドールを操縦する権限が与えられているはずです」

「学生には与えられていない」

「あります」

「残念だが、前例が無いんだ」

「前例が無い事態だからこそ緊急なんでしょう」

「どこが緊急だ。少なくとも、この学園は無事じゃないか。見ての通り、私はピンピンしているよ」

「無責任ですね、コロニーがこんなことになっているのに」

「無責任は君たちの方だろう。プリムラ・シフォーディと組んで何を企んでいる? カズキ君の一件にしてもそうだが、これ以上、学園の秩序を乱すようなことはしないでくれないか」

「秩序を乱す相手と戦っているんです」

「正義の味方ごっこはとっくに卒業すべき年頃だよ」

「はぁ……話になりませんね。処分するなら勝手にどうぞ。私には、果たすべき役目があるんです」


 セイカはクリフに耳も貸さず、再び跳躍しようとした。

 するとクリフは懐から銃を取り出し、彼女に向ける。


「……操者ですらない教員に、そんな権限があるんですか?」

「暴走する生徒を止めるのは、教員の役目だよ」

「ああ言えばこう言う……! まさかあなたは、教団と繋がってるんですか!?」

「教団? ああ、イマジン教団とかいう狂信者どもか。興味は無い。ただ、お前たちが余計なことをしなければ、私が被る害は減る。そんな予感がしているだけだ」

「それを無責任だと言うんですよ!」


 さすがにセイカの堪忍袋の緒が切れる。

 彼女は素早く振り返ると、一気にクリフとの距離を詰めた。


「私が撃てないとでも思っているのか」


 クリフは一切のためらいもなく、引き金においた指に力を込め――


「クリフ先生、やめてくださいっ!」


 聞こえてきた女性の声に、その動きを止めた。

 セイカもぴたりと止まる。


「なぜ止めるんですか、ボタン先生」


  クリフの視線の先には、ボタン・テュリーパの姿があった。

 戦艦ロクス・アモエヌスに、プリムラたちと同乗していた女性教員である。

 彼女は以前から、少なからずプリムラの境遇に同情の意を示していた。


「止めるだろ、そりゃ。自己保身のために生徒を殺そうとする教員を見りゃ、まともな人間ならよ」


 ボタンとともに、ルプスも格納庫に入ってくる。

  クリフは露骨に嫌そうな顔をして、セイカにも聞こえるように舌打ちをした。


「セイカさん、クリフ先生のことは気にしないでください。私が許可を出します」

「勝手なことはしないでください、ボタン先生」

「勝手はどちらですか! こんな状況で、よく生徒を銃で撃とうとしましたね!」

「私の判断が正しい。あなたがたの行為は、無駄に被害を広めるだけだ」

「そんなものクリフ先生の価値観じゃないですか。あなたはザッシュ君によるプリムラさんへの暴行を見逃した。それ以前から彼の悪事に手を貸したり、もみ消したりもしていた。いいえ、ザッシュ君だけじゃありません。あなたは、学内で地位の高い生徒に媚びを売って、自分の立場を固めてきた! そんな人間が判断する“正しさ”に、信じる価値なんてありませんっ!」


 日頃の鬱憤を晴らすようにぶちまけるボタン。

 クリフは露骨に苛立ち、ルプスはそんな彼を見て満足げに笑う。


「図星すぎて何も言えねえみてえだな。やっぱ、教員にもそういう人間はいるんだなぁ、軍警察と変わらねえ。セイカ、今のうちに乗っちまいな」

「そうですね。それがよさそうです」


 完全に論破されたクリフは、手に銃を握ったまま、しかしもうセイカには向けられない。

 その間に、彼女はコクピットに飛び乗った。

 そしてハッチを閉じようとしたその瞬間――クリフの顔からふっと表情が消え、彼は素早くセイカに銃口を向け、引き金を引いた。


「てめえ、この期に及んでッ!」


 ルプスは遅れて腰から銃を抜き、クリフに向ける。

 警官として訓練してきた彼の動きは、素人であるクリフよりも遙かに素早い。

 ルプスの銃から放たれた弾は、クリフの銃を、セイカに向けて放たれる直前に弾き飛ばした。


「クリフ先生、あなたという人は!」


 さすがにボタンも声を荒らげる。

 セイカもひやっとしたが、胸に手を当て、ほっとなで下ろす。


「秩序を守らなければならない……」

「んなもん秩序じゃねえ、てめえの都合だ!」


 ルプスは大股でクリフに近づき、その胸ぐらをつかむ。


「秩序を守らなければならない……」

「何言ってんだ、お前」

「秩序を守らなければならない……」

「お、おい……まさか、こいつ……っ!?」


 ボコボコッ、と額が内側からうごめく。

 頭蓋骨が砕け、脳が変形し、皮膚を波打たせる。


「ひ、ひっ……クリフ先生っ!?」

「マリオネット・プロトコルかっ!」


 慌てて引き剥がそうとするルプスだったが、クリフの両手ががっしりと肩をつかんでいる。

 その握力は肉が潰れ骨が砕けそうなほどで、あまりに強すぎる力に、逆にクリフの指の方が青くうっ血していた。


「そこのボタンとやら、銃は持ってねえのか!?」

「あ、ありません……っ」

「なら逃げろ! とりあえず遠くに! こいつ爆発するぞっ!」

「でもあなたはっ!」

「俺は俺でどうにかする!」


 どうにもならないが、どうにかするしかない。

 こんな場所で、初対面の野郎に殺されるのは御免だった。


「オネイロス、早く、早くっ!」


 ドールに乗り込んだセイカは、その起動を急ぐ。

 だがオネイロスの特性上、すぐさまルプスを救うのは難しい。

 せいぜい、コクピットにいることで爆風から自分が逃れることぐらいしかできない。

 だが、彼女もルプスを見捨てたいわけではないのだ。

 急ぐ、急かす――何ができるかは、とりあえずそのあとで考える。


「ち、ちつ……じょ……を、をを……おおおっ……ががっ、がふっ……!」


 クリフの目はぐるんと上を向き、首は折れたように後ろに曲がる。

 口の端から泡混じりの涎を垂れ流し、左右にガクガクと震える。

 それでもなお、両手に込められた力だけは緩まない。

 肩を捕まれているため、ルプスは両腕に力が入らず、銃を引き抜くことができなかった。


「クソッ! 離しやがれ! てめえのその頭、間近で見てると気持ち悪ぃんだよぉっ!」


 膝で蹴ろうとも、首に噛みつこうとも、力は抜けてくれない。

 ついにクリフの頭は膨張を始め、熱を放ちはじめた。

 爆発が近い。

 至近距離にいるルプスにも、それがわかる。


(もうダメか……って、つい最近も似たようなこと考えてたな。あーあ、また奇跡的に誰かが助けに来たりしてくれねぇかな――)


 彼が諦めかけた時――格納庫内で、オネイロスとは別のドールが動き出した。

 純白のドレスに、スカートを思わせるブレード。

 手にするのは白の弓。

 フィエナのドール、アルテミスに酷似しているが、その細部は異なり、若干ではあるが地味な印象を受ける。

  そのドールの名は――“ディアナ”。

 ラスファの所有する機体であり、アルテミスの双子の妹である。


「シュート」


 コクピットでディアナは小さくそうつぶやくと、矢を放った。

 本来、それは対ドールや対フォークロア戦で使われる矢。

 人間サイズに向けて放つことは想定しておらず、かなり巨大だ。

 それを、ルプスに当てずにクリフにだけ命中させる――


「が、ぎゃっ」


 矢じりが直撃すると、クリフの体はねじれながら吹き飛ばされる。

 そのまま、ボタンが逃げたのと逆方向の壁に叩きつけられ、そこで盛大に炸裂した。

 もちろんルプスも少なからず衝撃を受け、軽く浮かんで床にたたきつけられ、無防備に転がる。

 もちろん爆風からも身を守ることはできない。


「動いたっ!」


 しかしようやく起動したオネイロスが、その腕でルプスを爆風から守った。

 先に逃げていたボタンは柱の陰に隠れ、難を逃れたようだった。


 クリフの爆発は相当な威力だったようで、頑丈に作られた格納庫の壁を焼き焦がし、大きな穴を空けていた。

 それで風通しがよくなったおかげだろうか、爆煙は比較的早く流れていき、視界はすぐに晴れていった。


「ふうぅ……九死に一生ってやつを、こうも連続して体験するとはな」

「もう誰が爆弾になってるかわかりませんね。どこに行ったって油断禁物ですよ」


 ある程度は慣れているルプスやセイカはともかく、初めて目の当たりにするボタンは、柱の後ろでへたり込み、顔を真っ青にして体を震わせていた。


「クリフ先生が……爆発した……あれが、教団の……教団は、あんなことを……っ」

「大丈夫かしら?」

「ひいぃっ!?」


 別の入り口から入ってきたらしいヘスティアがボタンに声をかけると、彼女は軽く跳ね上がりながら驚いた。


「ごめんなさい、驚かせるつもりは無かったのよ」

「あなたは……」

「ヘスティアよ。プリムラのアニマだけど、訳あって今は単独行動してるわ。それで、こっちが元カズキのアニマであるハデス」

「どーもー」


 気の抜ける挨拶をするハデスを、ボタンはぽかんとした表情で見ていた。


「そして今、人の形になったのが――ラスファって子のアニマ、ディアナよ」


 ディアナはハデスが抱えていたオリハルコン塊に取り付き、“実体”を得る。

 どうやら、彼女は魂の状態でドールに入り込み、単独で操縦していたようだ。

 無論、操者がいたときよりも遙かに出力は劣るが、矢を射るだけなら彼女だけでも可能らしい。


「ラスファさんのアニマ……? 彼女もプリムラさんと同じ……?」


 目の前で起きた出来事に、ボタンの頭がついていかない。


「ま、そのあたりの説明は今は必要無いだろ。セイカ、騒ぎがでかくなるうちにやることをやった方が良さそうだぞ」

「了解です。私としても、クリフ先生が爆発してくれたのは都合がよかったです。これで文字通り『緊急事態』になったわけですから」


 皮肉にも、セイカがドールを操縦する正当な理由を与えてしまったわけだ。


 セイカは両手を、コクピット内に設置された二つの半球体――イメージデバイスに乗せ、前に歩くよう念じる。

 するとオネイロスは足を前に出し、まずは真正面にあるプリムラのドール、“ガラテア”に近づいた。


「さて、座標のセットは完了しましたが、これでプリムラさんたちに届いてくれればいいんですが――」


 オネイロスが、オリハルコンの関節を軋ませながら、腕を前に突き出す。

 白い水晶が埋め込まれた手で、ガラテアに触れる。

 そしてセイカは瞳を閉じて、強く念じた。

 水晶に秘められた力――それを解放するために。


憧憬満ちる幻夢ファーストドリーム・モルフェ


 オネイロスの手が淡い光を放つ。

 それはやがてガラテア全体を包み込み、細部にまで“解析”を行った。

 すべては――触れた対象、すなわちガラテアを“コピー”するために。


「何が……いや、何()起きてんのか?」


 見ているだけのルプスにはわからない。

 いや、この場で見ている誰にも、変化はわからない。

 変わっているのは、プリムラたちのいる異空間なのだから。




 ◇◇◇




 ヘスティアからの指示を受け、プリムラたちは学園らしき施設の付近にまで移動してきていた。

 そして辛うじて中が見える濁った窓から、格納庫の内部をのぞき見る。


「来た……!」


 施設内の変化を目視したプリムラは、小さく声をあげた。

 その大きな体は、濁った窓越しでも大きな存在感を放っている。


 それは、オネイロスによってコピーされたガラテアであった。


 さらに続けざまに、アリウムのドール“テミス”、フォルミィのドール“ヘルメス”、ラスファのドール“ディアナ”も送り込まれてくる。


「ドールがすぐ近くにあるというだけで、ここまで心強いとは」


 アリウムは、徐々にフィーシャの死のショックから回復しつつあった。

 しかしそれは、あくまで表面上の変化であった。

 心の中では、今も嵐が吹き荒れているのだろう。


「でも、ここから格納庫に入るまでも簡単ではありませんわね」


 ラスファは、学園内にひしめく化け物の群れを見つめながら言う。


「だけど、行くしかないな!」


 フォルミィがが言うと、ラスファは「ですわね」とうなずいた。


 プリムラが魔法で作り上げた石の武器を、アリウム、ラスファ、フォルミィに配布する。

 四人の操者が足音を殺して学園に近づく中、その後ろからついて行くアトカーは、瞳に強い覚悟を宿していた。



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