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028 高致死性クローズドサークル

 



 窓から見た景色だけが異常なのでは――と一縷の望みに賭けて玄関からも外を覗き見たが、結果は同じだった。

 見るだけで酔ってしまいそうな歪んだ建物が並ぶ、前衛芸術の街。

 空にはコロニーと同様に外界と内部を隔絶する壁があるが、しかしその色は肉のように赤黒い。

 その色に覆われた街全体も、薄暗く非常に不気味だった。


「どうなっているんだ、さっきまで私たちはシェルターの中にいたはずだというのに」


 玄関を閉じると、二人はエントランスに立ち話し合う。


「教団が思ったより早く仕掛けてきたってところかな」

「屋敷にはセキュリティも敷かれていたはずだ、そう簡単に侵入できるとは思えない」

「侵入しなくても仕掛けられたんじゃない? 例えば、秘書の死体になにか埋め込んであったとか」

「こんな大規模な怪奇現象を巻き起こすなにかが、あの死体にか?」


 荒唐無稽な考えと言えばそのとおりだ。

 イマジン教団の教義からして、ネットワーク関連の高い技術を持っていることは納得できる。

 だが今回のこれは明らかに違うのだから。


「集団幻覚なら納得できないでもないが……」

「リアリティがありすぎるよね」


 プリムラは絨毯に残る赤い染みに近づくと、しゃがんでそれを観察した。

 その染みは、先ほどの化物が落としていった血の雫とは明らかに異なる場所にある。


「開けっ放しだった扉、第三者の血痕、そして姿の無い四人――」

「お祖父様たちは化物の襲撃を受けて外に逃げたわけか」

「判断の良し悪しは私にもわからないけど……あの化物、一体だけだと思う?」

「……いや」


 二人は家の周囲を徘徊する“気配”に気付いていた。

 一体どころではない。

 まるでこの世界の支配者は自分たちだと言わんばかりに、複数体が歩きまわっている。


「囲まれている――わけではないのか。こちらに近づいてくる気配はない」

「なんのきっかけで襲ってくるかわからないから、一箇所に長居はしないほうがいいかもね」

「だがどこに逃げる。外に出たところで……」


 あてもなくさまよったところで、成果が得られるとは思えない。

 ここに再び戻ってこれる保障も無いのだから。


「わたしたちが取れる行動は二つ。一つ目、ここに留まって助けが来るのを待つ」

「望み薄だな」

「私もそれは同感かな。なら自動的に二つ目、屋敷から出て逃げた四人と合流するのを選ぶことになるんだけど」

「無策で外に出るのは避けたいところだが……」


 顎に手を当て考え込むアリウム。

 プリムラは立ち上がり、そんな彼女をじっと見つめた。

 するとアリウムは視線に気づき、首をかしげる。


「なんだ?」

「割と普通に話せるものなんだな、と思って。ついこの間までは、まともに顔も見られなかったのに」

「……」


 するとアリウムは気まずそうに黙り込んだ。

 慌ててフォローを入れるプリムラ。


「あ、別に責めてるわけじゃないよ? ただ私自身さ、結局、一緒に過ごした時間は染み付いてるんだよなー、って実感しちゃって。三つ子の魂百までじゃないけど、十年の思い出はちょっとしたきっかけですぐ戻ってくるんだよね」

「そう、だな。私も似たようなものだ。確かに五年前の葛藤はあった、しかしあの日から今日までずっと断続的に苦しんできたかと言われれば、それは違う。どこかで『私は悪くない』という考えがあったから、ロクス・アモエヌスであんなことを言えたんだろう。だというのに今は――」

「ごめん変なこと言っちゃって。お互いに気にしないほうがいいかもね」

「かもしれないな。単純に、少しずつ以前に戻れていることを喜ぼう」

「だーね。ま、喜ぶ前に現状をどうにかしなくちゃならないわけだけど……まずは屋敷周辺の地形を把握するところからかな」

「二手に別れるか?」

「まさか。時間より命が惜しいよ、二人で動こう」


 プリムラとアリウムは、屋敷の裏口に向かった。

 まずは外に気配がしないか調べ、確認が取れたら音を立てずに扉を開く。

 “生き物の気配”がするのは救いだ、これだけでもかなりの危険を回避することができる。


「随分な手の込みようだな。まともなのは建物の中だけか」


 裏庭に出たアリウムは、足元の異様な草を見ながら言った。

 そこにはまるで幻覚剤でも使っているかのように虹色に色を変える葉が、地面にびっしりと敷き詰められている。


「異界に迷い込む系統の都市伝説は、フォークロアとして顕現しにくいという話を聞いたことがあるが――」

「これはさすがに違うと思うけどな、精神汚染を受けてる感じもしないし。それにその手の都市伝説でメジャーなのって、猿夢とかきさらぎ駅あたりじゃない?」

「巨頭村もある」

「あー……」


 巨頭村――正確には“巨頭オ”と呼ぶべきだろう。

 とある山中にやってきた男性が『巨頭オ』と書かれた看板を見つけ、さらに奥に入ってみると廃村に辿り着く。

 そこを探索しようとすると、異様に頭が大きな人間が何人も現れ、その頭部を左右に振りながら近づいてきたという話だ。


 まだ手だけしか見ていないのでなんとも言えないが、確かに現れた化物の姿は人型でありながら、人間とはかけ離れていた。

 問題は、別にプリムラもアリウムも山中になど迷い込んでいないということだが。


「私だっていきなりコロニーに迷い込んできたフォークロアが攻撃を加えてきたとは思っていない。だが教団がフォークロアをけしかけてきた可能性もあると思ってな」

「フォークロアを利用した兵器、か……確かにあれが生まれたのもネットワーク繋がりだし、思想的にはありえそうだけど」

「プリムラはなにか思いついたのか?」

「もっとシンプルに、ドールからの攻撃を受けてるんじゃないかと思って」


 それはつまり魔術による現実改変。

 魔術は炎や水を操る手段でもあるが、それを現実改変術として定義したとき、真に正しい使い方はこういう風に、“世界そのものを作り変えること”ではないかとプリムラは考える。


「こんなに頭のおかしい光景が、人間の手によって意図的に作られたものだというのか?」

頭がおかしい(・・・・・・)ってことはさ、おかしくなる頭がなくちゃならないわけだよね。だからそれこそ、人が見て“おかしい”と思える範囲内にある風景って、人間じゃないと作れないと思う。それにさ、私とアニマを切り離したのもそうだけど、完全にターゲットを絞って攻撃してると思うんだよね」

「私たちを消すため、か。だがここまで大規模な現象を引き起こすドールなど聞いたことがない」

「わたしもそこは心当たりが無い。でももしかしたら、この世界のどこかに手がかりがあるかもしれない。それを見つけるためにも、探索しないとね」


 敷地から出るための裏門や、屋敷を囲む塀も完全に異界化している。

 特に門は赤く染まっており、プリムラは“敵意”や“怒り”めいたものを感じた。

 そこに手を伸ばそうとしたアリウムだったが、プリムラは手で制す。

 そして魔術で作り出した小石を放り投げる。

 カンッ、と乾いた音を出しながらぶつかると、それは門の中にずぶずぶと沈んでいった。


「飲み込まれた……」


 驚くアリウム。

 プリムラはさらにもう一個小石を作り、今度は隣の塀に投げる。

 そちらは跳ね返り、普通に地面に落ちた。


「全部が全部そういう特性を持ってるわけじゃなさそうだ。法則性がわかればいいんだが」

「はっきりとは言えないけど、察しはついたかも」

「さっきのでか?」

「少し試させて」


 今度は複数個の小石を握り、塀にばらまく。

 カラカラと音を立てて石が跳ね返って落ちる中、いくつかは門と同じように飲み込まれてしまった。


「……赤、か?」

「うん、赤くなってる部分から強烈な敵意を感じる。悪意を持って仕掛けられた“罠”なんじゃないかな」

「確かに、裏口から出てすぐの門に仕掛けてあるあたりはそういった感じがするが……私たちは、この世界を作った操者に憎まれているということか」

「かもね。それか、教団は頭がおかしいやつばっかみたいだから、またカズキ先輩みたいに理不尽に恨んでるだけかもしれないけど。とにかく、“赤”には気をつけていこう」


 門を抜けた先に敵がいないことを確認すると、二人は飛び上がり塀を乗り越えた。

 そして通りに着地する。

 周辺には似たような毒々しい色合いの道がまっすぐ続いていた。

 もっとも“まっすぐ”と言っても交差点や曲道がないというだけで、ぐねぐねとうねってはいるのだが。


「右から足音がするな」

「左に進んで十字路を右、だと思う」


 腰を低く落とし、なるべく足音を殺しながら駆ける二人。

 左へ真っすぐ進み、次は右折すると、そこの角に身を潜めてプリムラが“敵”の姿を確認する。


「うわ……最悪」

「どんな外見なんだ?」

「見たほうが早いと思う」


 プリムラと場所を変わるアリウム。

 彼女はその姿を見た瞬間、プリムラ同様に「う……」と顔をしかめた。


 巨大な頭部、巨大な腕、そして巨大な足――しかし体は普通の人間そのものだ。

 この世界の景色同様、そいつは縮尺の狂った加工画像のような化物だった。

 もっとも形そのものは人間で、顔もアリウムがどこかで見たこと有るような面をしているのだが。


「プリッツェン議員……」

「知ってるの?」


 相手が近づいてきたため、二人はその場から離れながら話を続けた。


「さほど大物というわけではないが、彼も政治家だ。もっとも、あの知性のない顔が本人とは思えないが」

「試してみる?」

「どうするんだ」

「どれぐらい相手が丈夫なのか確かめていたほうがいいと思って」

「戦うのか!? さすがに早計すぎないか」

「逃げてばっかじゃ埒が明かないから。倒せるなら倒せるに越したことはないと思う」

「人間が変えられた可能性もある」

「だったらなおさら殺してあげないと。教団が可逆性なんて考えるわけないんだから」

「……わかった」


 覚悟をきめたプリムラに何を言っても無駄だと観念したようだ。

 アリウムも同じく戦う覚悟をする。


「プリムラ、魔術で私の武器になるものを作れるか? できればハルバードがいいんだが」

「白兵戦も行けるの?」

「訓練はしている」

「わかった、でも無理はしないでね。相手は人間じゃないし、大怪我したら治療する方法が無いんだから」

「プリムラより役に立たないことは承知している、自分の立ち位置はわきまえるさ」


 二人はさらに先の角に身を潜めると、魔術を発動。

 地面からせり上がってきた岩が、アリウムのリクエスト通りハルバードの形になる。

 素材が素材だけに重たいはずなのだが、彼女はそれを片手で軽く扱ってみせた。

 優秀な操者だけあって、やはり身体能力はかなりのもののようだ。


「入り組んだ路地だからか、近くに別個体の気配は無い。大きな音を立てなければ、案外あっさり倒せるかもね」

「ならまずは私から仕掛けてみよう」

「気をつけてね」


 プリムラの言葉に「ふっ」と微笑んだアリウムは、相手に気づかれる前に一気に距離を詰めた。

 そして心臓を一突き。


「もらった――いや、まだか!?」

「いたい、いたあぁぁいっ!」


 振り上げられる腕。

 ハルバードの先端は間違いなく人間であれば心臓を貫いているところだ。

 だが相手の動きに変化は見られない、つまりそこに心臓は無いということ。


「扉を壊したときのでわかったけど、体が丈夫なわけじゃないみたいだね」


 プリムラは手をかざし、風の刃を射出。

 高くかざされた腕を切断する。


「ああぁああっ! うでっ、おれのうでぇええっ!」


 化物はまるで人間のような苦しみ方をする。

 だが吹き飛んだ腕の断面から、そいつが“元人間”でないどころか、“人間に似た生命体”ですらないことがはっきりしていた。

 血は赤だ。

 しかし肉は紫、骨は黒。

 引き抜かれたハルバードの先端、その傷口から見える臓器は緑色。


「はあぁぁあッ!」


 アリウムの振るう刃が敵の下顎を捉える。

 その一撃は相手を切断するのではなく、頭部を吹き飛ばした。

 そしてぶちまけられる脳漿は、繁華街のネオンを思わせる鮮やかさ。

 臭いだけはいっちょまえに人間に近く血なまぐさいが、その現実離れした中身のおかげで、アリウムが直視できる程度のグロテスクさであった。


「助かったよ、プリムラ」

「アリウムちゃんこそ、学園の訓練だけじゃあそこまではできないよ」


 ハイタッチを交わす二人。

 ひとまず敵を倒すことはできた。


「でもこれぐらいの相手なら、そう恐れる必要もないのかも」

「そうだな、複数体の相手さえ避ければ問題なく処理できそう――」


 彼女たちは死体を前に安堵していたが、そこで異変が生じる。

 バラバラになったはずの体が、ぷるぷると震えだしたのだ。

 そしてそのまま、元の形に戻ろうとしている。


「……そう簡単には行かないようだな。どうする、もう一度倒してみるか?」

「いや、逃げたほうがいいかも」


 同時に、再生する化物の周囲の地面が盛り上がり始めていた。

 そこから、巨大な手がずるりと生えてくる。

 確認できたる数は二体。

 しかし迫る驚異はそれだけではない。


「離れてた気配が一斉にこっちに集まってきてる」

「気付いたのか、この距離で?」

「リンクしてるんだと思う。元は誰か知らないけど一人の人間が生み出した世界かもしれないんだし。行こうアリウムちゃん」

「ああ、わかった!」


 目を合わせ、うなずき、二人は急いでその場を離れた。




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