始まりの話 (2)
その日はなんだか森の様子がおかしかった。かれこれ二年はこの森に住んでいるが今日は妙に静かだ。いつもはもう少し騒がしいのだけど。
これはあれか。嵐の前の静けさとかそんなんか。こわ、とりあえず弓矢持っとこ。
そんなわけで生粋の森サバイバーとなりつつある俺は今日の予定を中止して警戒体制を取ることにした。
そんなこんなで警戒しながら半日ぐらい経った頃、森がにわかに騒がしくなった。
ついに禁忌の森とか言われてる理由と遭遇かと怖さ半分わくわく半分だったけどがっかりだ。だいぶ人為的な原因だったわけだ。
まあ追いかけっこにしては物騒だから
まず馬に乗った覆面被った人たち。なんか剣とか持ってるし明らかに加害者側。アサシンかな?
対するは豪華な馬車。何回も切りつけられた痕があるし所々に赤いものが付いてるしこれは被害者。
これらの情報から考えるに、これはあれじゃないかな?暗殺的なやつ。
うーむ、人の庭でそういうことしないでほしいんだけど。いや厳密には俺のじゃないけど。不法占拠だけど。
いまいち関わる理由もないしこのまま行かせてしまおうと考えていたのだがふと、あることに気づいた。
あれ?この先ってたしか防衛陣地という名目で暇潰し兼練習がてらしっちゃかめっちゃかに罠を張りまくったトラップゾーンでは?やりすぎて仕掛けた俺も迂闊に近づけなくなったやつ。
・・・とりあえず落ち着いてあの人らが被害に合った場合をシミュレートしてみよう。
豪華な馬車が被害に合う→馬車の人激おこ。無礼打ち濃厚。死ぬ
アサシン(仮)が被害に合う→ああいう人たちって絶対報復とかしてくるよね。死ぬ
やっべえ、人生積みそう。
隠れたとしてもあんな人為的な罠仕掛けてちゃ俺の存在感づかれるでしょ。そしたら山狩りでしょ。死ぬでしょ。
少なくとも現在の素敵な森ライフは台無しになる。
こ、こうなったらどっちかに味方して許してもらうしかない。
ど、どっちだ?どっちにする?って考える必要などない。馬車だ。馬車の人に味方しよう。
だって暗殺者って目撃者とかいたら始末するでしょ?目撃者がみんな死ねばステルスとか言い出すでしょ?(偏見)
そうと決まればのんびりはしてられない。
ひとまず馬車をトラップゾーンから救出しなければ。えーと、たしかこのまままっすぐ進むと罠があるから右に曲がってもらって・・・いやどうやって伝えるねん。
えっと、大声?いやいや聞こえんでしょ。じゃあ矢文?いやいや手紙書く時間ないでしょ。ついでに紙もないでしょ。
ちくしょー、こうなったら直接伝えるしかねえ!具体的には馬車に飛び乗って!御者に!直接!・・・できるかな?
いや、怖じ気づいちゃいけない!
うおおおお、がんばれ自分!今まで培った野生の力を出すんだ!ワイルドパワー!
冷静に考えればどう考えても走ってる馬車に飛び乗るほうが危ないのだが正直この時は混乱してたからしかたない。
そんな半ばヤケクソの大ジャンプはかろうじで成功し俺は馬車の中に文字通り転がり込んだ。
馬車の中には手綱を持ったおじさんが一人。こっちを見て酷く驚いてるが気にしちゃいられない。
「飛び込み乗車失礼ごめんなさいっ! 突然だけど右に曲がって! わな! 罠あるの! 危険が危ない!(?)」
「!? わ、わかった」
よっしゃ、うまく跳び移れたし噛まずに喋れた!
一瞬困惑したおじさんだったが剣にかけていた手を離し、手綱を引い・・・えっ、こわい。もしや一歩間違えれば斬られてた感じ?
スッパリ殺られる想像をして体を震わせる俺を余所に馬車が大きく傾く。
なんも備えていなかった俺の体を容易く転がり、ついでにどこかに乗り上げたのか馬車は動きを止め、その際大きく揺れた衝撃でしたたか背中を打った。
悶える俺とは対照的に平然とした様子のおじさんは手を差し出した。
「おい、ワシを殺す気がないのなら手を貸せ」
「あ、はい」
馬車の外では馬の悲痛な鳴き声と人の悲鳴が聞こえていた。
「クソ、誰だこんな森の中に罠なんぞ仕掛けた野郎は!」
覆面を着けた男は悪態を吐きながら立ち上がった。
彼は前を走っていた二人の仲間が罠にかかるのを見て咄嗟に馬から飛び降り、ギリギリで避けることに成功していたのだった。
仲間の姿を探せば少し離れた所で倒れていて動かない。気絶しているのか死んでいるのかはわからないが助ける気はなかった。
まだ罠があるかもしれない所に足を踏み入れるリスクを取る気はなかったのだ。標的は老人一人、あわよくばこのまま一人で仕事を終わらせて報酬を一人占めしてやろうという打算もあった。
幸いにも標的が乗っている馬車は木の根にでも引っ掛かったのか近くで止まっている。男は地面に落ちた剣を拾うと馬車に近付く。
そっと馬車の中を覗くとフードつきのマントに身を包んだ人が横たわっていた。気絶でもしたのだろうか。運がいいとほくそ笑む。
音を立てずに馬車に入ると、止めを刺すべく剣を振り上げーーー腹に熱を感じた。
男が視線を落とすとそこには刃があった。正確にいうなら男の腹から剣が生えていた。
男が後ろに視線をやると視界の隅に映ったのは白髪の生えた初老の男。その男の顔は知っていた。男を刺したのは仕事の標的である老人であった。
まんまと騙されたのだ。楽な仕事だと油断しきっていた自分を嗤う。
そんな男が最後に見たのは驚いた様子で体を起こすマントに身を包んだ金髪の若い少年の姿だった。
マントにくるまって横になってろって言われたから横になってたら目の前で人が殺された件について。
さすがに今まで生きていた中で目の前で人が殺されるのを見た経験などない。いや殺りかけたことはあったけども。
しかし日常的に獣絞めてるし多少は大丈夫かな?と思ってたけどダメっぽいわ。この世界に生まれて早十五年。未だ前世の常識というか価値観は抜けてないようだ。
おじさんが男に刺していた剣を抜くと何かが顔にかかった。手で拭うと手は真っ赤になっていた。それがなんなのか理解した途端気が遠くなる。
「さ、殺人幇助・・・」
かろうじで絞り出せたのはそんな言葉。
絞り出した言葉に特に意味などなく、意識は暗闇に飲まれていったのだった。
あともう一話書いたら本編です




