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6 ――対魔王③――

「クラスを纏める委員長として学校を抜け出すなんて……。こんな不良じみた真似をお父様やお母様に知られたらどうしましょう」


 校舎を出て、さらにその裏に回って学園の敷地を出る。


 彼女はやけにノリノリで先頭を行きながら、そんな気分とは真反対の事を口にしていた。


 ――――学園は学科ごとにホームルーム棟があり、それが円を描くように設立されている。一つの階に一つの学年が入り、一階部分には食堂と購買がある。学園の中心部分にはさらに大きな食堂と購買があり、また職員室と保健室も其処に存在する。


 その為、そう複雑な造りでなくとも広さ故に、一年生の迷子が多発する。最も、各階ごとに移動用魔法陣が設置されているのだが、何故だか二年以上の学年しか使われないらしい。


 彼女等は既にある程度の魔法を心得ているので、シズクの瞬間移動テレポートで一気に門の外まで移動して、シャロンの魔力を探していたのだが――――。


「こいつは――――」


 通りへと差し掛かる道。そこを歩いていると突然ロランが戦闘を歩くシズクを突き飛ばして――――その瞬間、まるで大砲の砲撃が直撃したように、その身体は背後へと吹き飛んだ。


 吹き飛び起こる風が頬を撫ぜる。一瞬にして視界から消えた二人の友人に、少年は足を止めざるを得なかった。


 何かが起こった。そう理解した瞬間、少年の目には一つの影が飛び込んでくる。


 シズクが突き飛ばされて、またロランが吹き飛ばされた場所には黒い何か――――影のようなものが、人型の立体となって其処に居た。


 その幻影はさらに尾を細く長く背後に退くのだが、それが短くなるにしたがって”幻影”が本物の人間へと変化するというように、影に目の窪みや、鼻を浮かび上がらせて――――数秒もせずに、それは確かな人となった。


 その直後に、背後で何かが大きな音を立てて――――少年は振り返ると、遥か遠くの壁、学園を囲む外壁に何かが張り付いているのが見えた。


 肉眼では”何か”と判断するのが限界であったが、少年は確信できる。それが彼の親友、ローラン・ハーヴェストであると。


 そして同時に、この目の前に現れた得体の知れない、自身より遥かに年下であろう褐色の少年が、化け物であると悟る。


「理解したぞ。一瞬では”汚染つかめない”○,五秒……いや、一秒と少しか。身体の一部のように動かせるが、そればかりはコレが限界か」


 それはなにやら呟いて、自身の”影”をイソギンチャクの触手のように自在に浮き上がらせ動かし始めた。


 少年は身体を斜めに構え、相手が飽くまで自分に目を向けている事を確認しながら――――確認する。


 一本の黒い触手。それは伸びると、同時にどれかが短くなる。また伸びたものが短くなると足元の影が膨らむか、何かが伸びるといった風に、絶対的な体積は変わることが無いらしい。最も、コレが絶対的に影である、という保証は何処にも無いので、身体の中に収めてある力でこの何倍にも伸び膨らむ可能性があるのだが……。


 しかし、なぜこんな状況になっているんだ? 今日は確かどこぞの皇帝が来るから警備は常以上のはずだが――――まさかそれを掻い潜る程、あるいは総てなぎ倒すほどの力を持っているのだろうか。


 否――――相手の力が圧倒的過ぎる故に、その強さが感じられない最弱の少年は思考を否定した。


 後者はありえない。もし総てをなぎ倒してきたのならば、仮にその姿を見た総ての命を奪ったとしても確実に何者かに気づかれる。反応が無い前衛に不審を抱いた後衛の警備兵が確実に勘付く。


 だから、前者だ。全員の目を盗んでこの場にやってきたのだ。


 担任せんせいがあれほど焦っていたのは詰まる所、この存在の知らせを受けた故であろうが――――なぜ、一教師がコレほどまで強い者相手に呼ばれるのだ?


 確かな強さはわからない。鈍感なこの肌はそれ感じる事は出来ないが、ロランを吹き飛ばした力で暫定的な戦闘能力を察する事が出来た。その戦闘能力は――――凄く高い。彼は確かだと頷いた。


「ふむ……驚きだな。あの小僧共と同年代であろうに。そしてこの学園はこの都市内では指折り数えて最初の方に入る優秀な学園だと、私の頭は理解しているのに――――貴様はなぜ、そんなゴミ蟲じみた弱さなのだ?」


 あの小僧とは、ロランの事だろうか。あるいは――――既に誰かを始末してきたのか? マントに隠れている所為で返り血などが分からないが、恐らくロランの事だろう。


 少年は言葉を受けながら、強すぎて現実味の無い彼から恐怖を受ける事が出来ず――――故に、恐れたふりをしながら、じりじりと後退した。


 シズクは突き飛ばされた瞬間に総ての魔力を内側へと引っ込めた。恐らくこの化けモノは垂れ流れる魔力でしか強さを測れないのだろう――――が、僕への評価は悔しい事にその通りだ。


 少年は歯を食いしばり、やがて立ち止まった。


 理由は分からないが、担任せんせいはどうやらピカイチの警備兵か護衛人で、この都市の危機を守るべく、常は教員という形で身を潜めているのだろう。


 この都市では、商店を営むか、都市内に設立されている学園の学生であるか、その教員であるかでしか居座る事が出来ない。そしてその中であらゆる情報を手に入れ行動をし易くするとなれば、教員だろう。


 だから――――。


「隙有りぃ!」


 少年は空高くに感じた殺気丸出しの気配からさらに数歩退くと――――それは一瞬にして天から化けモノへと肉薄し、大剣は力強く地面へと叩き落される。


 地面が砕けて巨大な破片、というより石版が辺りに飛び散った。爆音じみた音が辺りの些細な音を全て掻き消して――――彼女はそんな衝撃を地面に与えたのにも関わらず、その身は既にシズクを抱えて少年の隣に移動していた。


 驚くべき素早さは既に少年の肉眼では捉え切れずに、焦る声と――――スライムのような”影”を防御壁にして数メートル前方に逃げた化け物を五感に刻んだ。


「出るなと言ったのに――――まぁ、良い。このまま逃げられれば単位の件は考える」


 片手で身の丈以上ある剣を構えて、シズクはその中でやっと降ろされた。


「先生、なんですか――――アレは」


「さあねっ」


 後退しながら尋ねるシズクに、わざとらしく誤魔化して――――その大剣を投げた。


 横回転する巨大な手裏剣のようなソレは真っ直ぐその化けモノ――――魔王へと肉薄し、


「阿呆が」


 それが直撃する、その寸前に差し出した手は、剣が手のひらに触れた瞬間――――内側から全てを飲み込む黒い汚染を弾き出して包み込み、それは一瞬で飲み込まれてしまう。


 それから少し――といっても一秒にも満たぬ時間――が経過して、それは溶けて消えて無くなり魔王の中に収まった。


 シャロンはやはりなと頷いて、また不意にどこか――少年には見えない亜空間――から紅い柄の、透き通るほど白い剣を抜き出した。


 刀身の長さは一メートルを超える、両手でも片手でも扱えるような長さと重量の剣であり、それは全てを切り裂くような威圧を見せる。


「なるほど。シャロン――――既にレイドと接触したな? ふむ、確かに奴が近くに居る。だが、幾ら貴様でも倒せはしないさ。この私を」


 穏やかな笑みを浮かべるソレに――――シャロンは僅かに後退する。が、それは無意識のうちの行動だったのだろうか、直ぐに退いた分を進みなおして、その眼差しを鋭く研ぎ澄ませた。


「随分と機嫌が良いんじゃあない?」


「ふっ、つい其処で”人助け”をしたばかりでな。この私が、だぞ? いい気分にもなるさ。……吐き気がするほどになぁ!」


 魔王は叫び、伸ばした手のひらから一閃。黒い筋を伸ばして瞬く間にシャロンの胸を突き刺すが――――針が刺さった彼女は次の瞬間には掠れて消えて、魔王は慌てて背後を見る。が、


「相手の怒りを利用するのは効率が良い。これがシャロンのやり方。老いてますます健在というところかな」


 彼女は再び彼の頭上から降り注いで――――逆立ちのような姿勢のまま、真っ直ぐその魔王の頭頂部へと剣を差し向けて、


「き、貴様――」


 避ける隙も、汚染が防御に回る暇も与えずに、その白刃は鋭く頭蓋骨を砕き脳を掻っ切った。


 言葉は途中で切れてしまい――――魔王はその場に、頭を半ばまで割られた状態のまま沈んでいった。


 べちゃりと倒れて、黒き汚染は彼の中へと退いて行く。


 シャロンは一息ついてまたその頭を踏み潰して――――。


 不意に、内側から吹き出た黒き汚染は、その足を飲み込んだ。


 途端に――――その魔王の形は一瞬にして崩れて、その全てが汚染物質そのものと化した。


「相手が勝利を確信したとき、そいつは既に敗北している。これが私のやり方。悠久の時を経てますます健在というところかな」


 その声はどこからともなく響いてきて――――その耳が感知する場所へと視線を向けると、すぐ近くの建物の屋根部分に、先ほど相対していた魔王と同じ形のソレを見た。


「いくら私でも、カードを晒して連戦のは遠慮したいんでね。貴様の”間抜けさ”を利用させてもらった」


 つまりは汚染物質を自分の形に作り上げて、本物と見紛うように全ての動作を、本当の自分を見せるが如く操作して、殺されるのを待ったのだ。


 最も魔王は最初から全力でやっていたし、それが偽者フェイクでなければ死んでいたこともまた事実。


 魔王の作戦勝ちと言わざるを得ないのだが――――そもそもフェアな戦闘ではなかったと、少年は叫びたくて仕方が無かった。


 彼女の身体は既に下半身を飲み込んだ。その動きは今までを見るに遅すぎるくらいであるが、恐らく確実に”消化”している故の速度なのだろう。


「いいから逃げろ! お前たちには到底勝てない!」


 少年等は先ほどから同じ位置に立ったまま、その戦闘を見守っている。否、動けずに居る、という説明のほうが分かりやすい。


 その激しく素早い戦闘は一瞬にして終えたのだが、結果は明らかなまでに悪かった。さらに、見て分かるほど、担任せんせいの命は消えてきていて、その表情に余裕は無かった。


 ――――彼女、シャロンは確かな死を感じ取っていた。今まで、この数百年間で死を覚悟したのはその昔、魔王と対峙した時だけだった。が、その時は勝てたのだ。


 だが今回は違う。敗北という形で戦闘を終える。それは初めてのことだった。


 そして今まで感じた事の無い恐怖が身体を襲っていた。孤独が、心の中に大きな穴を空けるようだった。


「ハイド……」


 だから、無意識の言葉が漏れてしまう。


 たった一年を共にした”勇者”の名前を。既に人間ではなくなった”仲間”の名を。


 別れてから一度も出会わなかったが、彼の存在は大きく彼女の人生を変えた。そう思うと不思議と――――脳裏に、今までの人生のハイライトが流れ始めた。


「シャロン! 阿呆が! なぜこんな状況になっている……っ!」


 呼吸を乱し、不確かな足取りで、しかし走るのをやめない純白のスーツを着る男は彼女の近くまで来て声を荒げた。


「阿呆とは酷い事、言ってくれるじゃ、あ、ないのよ」


「聞いた私が悪いが、もう喋るな。命が短い……」


 彼、レイドはそう言って手を伸ばすが――――小さな池と成るそこから伸びる一本の触手が、その手を叩いた。


 まるで、つまみ食いをする子を制する親のように。


「貴様は後でしっかりと食してやる。だからしかと、絶望で味付けされていろ」


「うおお……っ! 絶対零度アブソープションっ!」


 レイドの体内から放出される魔力は、体外へと出た瞬間に凍える温度へと低下されていて――――そして次の瞬間には、黒い汚染に魔力ごと飲み込まれて、魔法は効果を及ぼさず。


「無駄だと――――」


 言っている。そう出るはずの言葉は――――無に消えた。


 それは、また予測不可能に頭上から降り注ぐ何かによってであり、今度のソレはシャロンを数倍上回る速さで魔王の頭を――――殴り飛ばした。


 魔王はソレが何か理解する暇も置かれずに、防御する暇が無いままに天井を破壊し床を突き抜けて――――人造石コンクリート製の地面に穴を開ける。


 爆発音に似た音が辺りに鈍く轟き――――同時に、危機を肌に感じた魔王は汚染物質をシャロンから引き剥がして家屋の中に引きずり込んだ。


「酷い有様だなァオイ。お前等、本当に世界有数の人材かァ? 信じられんなァとても」


 黒い肌をする――――いわゆる魔族は、翼をばさばさと泳がせて宙を飛びながら言葉を投げる。二本の角を有するが、片方が掛けている彼は不満そうに口を開いた。


「絶望のもとにひれ伏すからだ。貴様等が最も敬愛し求むる勇者様は、どんな絶望的状況でも諦めはしないぞ? 最も――――今は遠いところに行ってしまったがな」


 この言葉に嘘偽りは無く、だが悪い方向へ勘違いさせようというちょっとした悪戯心はあった。この場で最もふさわしくない気持ちであるのだが、彼には関係ないようである。


 胸から下を消失したシャロンは血に塗れて、痛みに意識を失っているらしかった。レイドは怒りによって言葉が聞こえていないらしかった。少し離れた位置で硬直する――――問題外の戦闘能力の少年少女はしっかりと聞いていたらしいが、一番関係のない人物等である。


「き、さ、ま、は――――テンメイじゃあ、な、いか。ぐふっ、いや、失礼。こ、この私が……、奇襲を、受けてしまっ、な……、だが、ふむ、貴様が居れば、私は助かる……ぞ」


 魔王は頭部を四割ほど陥没させた形で、だがしかし生きてその場に這いずり出た。足や手は動かないらしいが、遠隔操作できる汚染物質で身体を動かしているらしく、その動きは非常にぎこちなく、


「貴様を喰らう事でなァッ!」


 故に、わかりやすかった。


 予備動作でピクピク奮える足元の汚染物質は、その通りに足元から伸び、その一筋の黒い針はテンメイと呼ばれた魔族の眉間を狙うのだが――――意図も簡単に、その身体は横にずれて回避した。


「分からんのか? アンタはもう落ち目なんだよ……」


「くっ、だ、だが私はある程度の力を取り戻した」


「聞いてないって!」


 ゆっくり歩み魔王へと肉薄するテンメイは、迷わず拳を振りぬくが――――。


瞬間移動テレポート


 一瞬にして粒子のようになった魔王に迫る拳は通り抜けて、遂に彼の姿は消えてなくなる。


 どこかへと逃げたのだろう。少なくともこの都市内ではないが、あの傷に体力低下の様からそう遠くまでは移動できないだろう。


 テンメイは一つ息を吐いて、予想していたように首を振って振り返る。


 そこは酷すぎる有様だった。シャロンは今すぐにでも治療しなければ死に到るし、まだ魔力が有り余るレイドも痛みと怒りのせいでまともな思考が出来ていない。また少年少女は無力すぎるし――――。


「次は貴様等の番だ」


 潰すとすれば、今しかないだろう。魔族テンメイは不敵に口の端を吊り上げた。


 そして嫌らしい笑みに――――レイドは戦慄を覚えていた。

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