7 ――快戦――
一度スロープの斬撃が空気を切り裂き、数秒間相手を怯ませてからの展開は、今まででは考えられないくらいの速度で過ぎ去った。
――血潮が噴出したのを確認してまず始めに行動したのが、ヤマモトロクロクだった。
超音速で斬撃を飛ばせたのは、腕を限界まで強化し、さらに刀身を魔力で超振動させた結果だというのは彼が抜刀し終えた瞬間に皆認識し、その後の自分の行動を僅か一秒足らずで考えていたのだ。
ヤマモトは肉体強化し終えた後に残る余剰魔力を全て自分の足元の魔法陣に積み込んで、一瞬にして魔族の懐に移動する。彼が紡いだのは瞬間移動であり、さらに強化された拳は持て余される事なく魔族の腹部に突き刺さった。
魔族が呻く。ヤマモトの先制攻撃のお陰で彼が怯む時間がさらに長引き、ヤマモトは続けて魔族を足払いし、地面に叩き倒した。
その間に銃を手に、スズ・スターが華麗に参上する。彼女は軽い足取りで、ぬかるむ地面に足を取られながら銃口を魔族の口の中に捻込み、さらに太腿から更に一丁のリボルバーを引き抜き、突っ込んだ。
「あばよっ」
彼女は男前に、魔族に向かってウインクをしたが――丁度その時、魔族のまどろむ意識が覚醒する。それと同時に、彼女の身体は当然のように浮かび上がって、握ったままの拳銃が口から引き抜かれたが、
「浮かび上がるっ!? ――だが断る」
一瞬焦りを呈する彼女は、浮かび上がる中逆立ちのような体勢を取って、魔族の拳銃を向けたまま全弾放出した。
全ては魔力で作動する仕組みゆえに、わざわざ手動で撃鉄を起こさなくとも弾は装填される。そして銃口では火花が散って、そこから弾き出される弾丸はそれぞれが個々の魔法を孕んでいて――鋭い風力が、弾丸を弾くように衝撃を与えた瞬間、辺りは凄まじい爆発に包まれた。
炎が空気中の水分を蒸発させ、燃え盛る劫火によって空気は空高くへと煙と共に上昇する。大気に激しい動きが生じて操作が鈍った瞬間、爆音に掻き消されていた発砲音は相手にそれを届けずとも、弾丸だけはしっかりとその喉元と、額と、両頬を貫いた。
ヤマモトは爆破の衝撃に吹き飛ばされ、スズ・スターはその身体を高く吹き飛ばしてから、鈍く地面に叩きつけられた。
そして時間差で、弾丸が貫いた魔族の顔面内の弾丸は孕んでいる魔法を発動させ――氷が顔面を内側から切り裂き、凄まじい風量が顔を破裂させ、残った二発が重なった爆発を起こして……。
魔族は原形が無くなるほどの傷を得て、絶命した。
スズ・スターは汚れた姿を少しばかり恥らうように、執拗に泥を落としてから立ち上がる。高い場所から落ちたときの衝撃や痛みなどはまるでない様子で、そしてヤマモトは迷う事無く少年へと向いた。
彼は自分が何かを言うのではなく、少年が何かをいいたいと言う事を直感的に感じたのだ。そんな行動に少年はヤマモトを見直し、そして口を開いた。
「もうちょっと離れてていいですか?」
どちらにせよ自分は何も出来て居ない。発想や相手に能力を読んで助言くらいは出来ようかと思ったが、結局は手持ち無沙汰だ。発想や助言なんてのは、戦う中で始めて見極められるものである。一度も、命のやりとりをした事が無い自分に何が出来ようか。
別段、悲観したという訳ではなく純粋に、自分が足手まといにならないか心配で聞いてみたのだが、彼は悪戯な笑顔を見せて首を振った。
「一人だけ高見の見物なんて都合が良すぎるぜ?」
ヤマモトは残る一体の魔族に目を向けて言葉を紡いだ。彼の表情はそれから、何か実感的なモノを肌で感じたような、嬉しいような、だが緊張しているような引き攣った笑顔へと変わる。
そしてスロープは小刻みに腕を震わせながら、ちんと音を鳴らして刀を納めた。
「良いトコ取りは卑怯で御座る……」
この魔族相手では彼が居なければ勝利を掴む事はできなかった。最も目立ち役に立った彼はそれでも、魔族に直接攻撃を加えられなかった事を嘆くようにうな垂れた。その様子は、まだ残る一体の存在をすっかり忘れているようだった。
今度はスズ・スターが拳銃一丁をホルスターに戻し、一丁を片手に少年へと歩み寄る。汚れ、乾いた泥がなんだか、いつもの気丈な彼女の姿とは正反対で滑稽に思えた。少年は笑いを誤魔化すように咳払いをし、拳を口元に当て続けると――やがて近づいた彼女の、まだ熱を温く残す銃口は少年の額に小つりと当たり、落ち着いた。
銃弾がなくとも、魔力を固めて物質に干渉できる段階に変換し撃ち放つことが可能な構造をしているリボルバーは、十分な緊張を彼へと伝える事が出来た。吊り上がっていた頬はどうしようもなく落ち込んで、少年の表情は蒼白へと変わる。
「渡していた弾丸を供給せよ」
ポケットに突っ込んでいた布袋を、少年は慌てて彼女へと差し渡す。スズ・スターは不満そうな面持ちであるがそれ以上少年は突っ込まれる事をしないために、彼女は仕方なく二挺の拳銃にそれぞれ装填し、
「また来るけど、覚えておけよ」
ぶっきらぼうにそう続けるが、その言葉は”自分は死なないから安心しろ”と暗に言っているように聞こえて、少年は頷いた。
「えぇ、気をつけてください」
面と向かって初めて言われた気遣う台詞だったのだろうか。彼女はそんな言葉にまともな返答もせずに、ただ大きな瞳をより大きくして、上がりそうになる頬を気力で押さえ、だがその頬が紅潮していくのだけは抑え切れないのか、慌てて背を向ける。
「あぁ、期待していろ」
返す言葉は会話には成らなかった。彼女はそういってヤマモトとスロープに合流し、
「お前は本当に、役に立っていないなぁ」
落胆するような声が不意に横から耳に届く。
「良いんですよ。下手に前線に立って人質になったらいけないし、戦闘したことないのに作戦立ててもいけないし。下手な考え休むに似たり。僕は主に、相手の能力を見抜くだけです」
「お前が、奴等を此処へ寄越したのか?」
「暇そうだったんで」
正直に答えて、少年はなんだか申し訳ない気持ちになって誤魔化すように微笑んだ。暇だから此処へきた、というのは、つまり暇つぶしに助けられた命がそこにあるという意味になってしまう。まるで世界最強の名を博す程の実力者の台詞である。
だが彼は、そうかと頷いた後、未だ疲労や傷が残っているはずなのに、軽い足取りで風紀委員へと向かう。
「都市からの外出は教員が動員しなければならない……。まぁ、いい大人がこんな所でへばってもいられないんでな。手を貸す、という訳だ」
それだけを残して、彼は細い魔力を意図にして少年へと伸ばす。それはやがて彼の元で複数の糸と統合されて、情報伝達が可能となった。
そして準備が整ったと判断した時点で、魔族が彼らの前へとやってくる。空気を読む出来た魔族だと、少年は簡単な感想を漏らした。
「おい貴様等、先日都市に魔族が襲来しただろ。その時に、魔族を倒した魔族は一体何処へ行った?」
魔族は威圧を与えるわけでもなく、ただそう聞いた。純粋に疑問を持っているようで、魔族だから質問には答えたらいけないとも言われていないので、ヤマモトは回りの仲間と顔をあわせてから、正直に口にした。
「なんか、用事があるだとかなんとか。面倒だって呟いて、そのまま学園都市から姿を消したよ」
「ッ! すれ違いか。なら向こうは、もう終わってるだろうな」
無論、悪い結果として。
彼は何も知らないために、現在生き残っている魔族は自分だけだろうと大雑把に考える。だがやはり、突然な事であり、また確信を持っているとはいえないので実感は無い。だから彼は、とりあえず攻撃態勢をとった。
「何が言いたいんだ?」
ヤマモトは問う。だが少年と、派遣教員は半ば彼の台詞で気付いていた。
人類の味方である魔族が帝國へと向かった。そして同時に、帝國には魔族が向かった。恐らく、今回と同じ数が、若干多いくらいと考えれば良いだろうか。そもそも、魔族自体はそう大量に生き残ってはいない筈だ。魔物よりも圧倒的に少なく希少で、そして圧倒的に強いからこそ生き残ってこれたのだ。
――現在では魔物も絶滅し、魔族も、人間に危害を加えないものも残るは四体である事までは、少年は予測し得ない。
そして男、派遣教員は顎に手をやり考えた。
魔族が襲来する事は皇帝からの情報で知っているが、ハイド=ジャンが向かっている事までは知らなかった。今回は、勇者候補生の最終候補の参考とするために魔族を利用する筈だったが、もしかしたらハイドが良かれと思って魔族を倒してしまっているかもしれない。
彼が魔族に敗れるといった事は天地が反転しても有り得ぬことなので思考から可能性を除外するが――これでは予定が狂ってしまい、最悪、勇者候補生とハイドが衝突してしまうのではないか?
空が白く染まりあがる頃、男は不必要に危惧をした。そして少年は同時に、帝國にいるであろう友人の身を案じた。
だが彼は強い。仮に魔族が隙を縫って彼へと到達したとしても、彼ならば倒せるだろう。倒してくれるだろう。ここぞという時に活躍する。典型的な勇者体質である彼は、そういう男なのだ。
「別に……」
魔族は独り言を聞かれたような気まずさを出してから、改めてヤマモトを睨んだ。話はここで終わりだと言っているようで、ヤマモトも肉体強化を継続したまま、前線に立つ。
その隣にスロープが並び、そして彼らよりも前に派遣教員が出る。スズ・スターは不満そうに後陣に立って、拳銃を持つ手で肩を抱いていた。
「私が出よう」
「全員で来いよ。勝つ気でいるなら」
教員の言葉はあえなく撃ち落とされる。だがこの組み合わせでは彼の存在が圧倒的に邪魔になるだろう。初めて出会った上に、かなりの実力者である。これでは全員でかかっても息が合わずに逆に倒されてしまう。
彼はそれを心配し言葉に詰まった。相手は未知数だ。どんな攻撃をしてくるか分からない。ならば、手負いのが真っ先に捨て駒覚悟で手合えば良いのではないか? 彼の思考は自虐気味になってくる。
「私だけで十分だ。そうだろう?」
故に、自分の意思を貫き通す。敵が一体で、そして背後には優秀な生徒たちがいる。相手の能力を暴くための情報を少年に提供する、少なくとも敵に傷を与えるくらいまで行けば上出来だ。
彼は自身の右目に輝きを灯した。魔力がすぐさま消費される。魔族は舌打ちして、
「あぁ、そうだな」
仕方ないように、拳を握り、走り出した。
――死にかけに興味は無いんだが。
魔族の、男に対する興味は全くのゼロである。だが彼がそう言い、貫くというのならば答えてやらねばならぬだろう。ハイド=ジャンも、恐らくそうするであろうから。
――トウメイが見るのは、現在よりも一秒先の光景。常に先を見て、敵の攻撃手段を捉え避け反撃する。故に相手の心の内などは透かして見えるようなものである。
だから、今男の拳が振りぬかれて頬を掠り、次いで深く踏み込んで逆側の拳で顎を打撃したのを見て、反射的に顔を弾ませるように一秒先の拳を避けた後、トウメイは深く頭を下げて、拳の先から角を吐き出した。
男は予定していた攻撃を突如変えざるを得なくなり、右ひざを身体に引き付けようとするが――それよりも早く、角の生えた拳は男の顎部を貫いた。
途端に、男の動きが停止する。
口から濃厚な血が噴出し、鼻からも同じように流血する。全体重をトウメイに預けるように身体が崩れ、彼が角を引き抜くと、そのまま男は地面に倒れた。
受身もなく抵抗もしない。そのまま彼は全身を地面に叩きつけて――やがて動かなくなった。その姿は人形のようで、流れ出る血は止まる事を知らない。
魔族は腕を振って、拳から生える角に付着する血を振り払う。まるでなんでもない仕草で、彼は風紀委員諸君へと向き直った。
「次は誰だ?」
まるで――まるで呆気ない死に様である。いくら手負いで動きや思考が鈍っていたとしても、たったの一撃、本当に一瞬でその命を失うなんて――。
顎から一直線に脳を貫いた。それほどの長さを持つ角を拳から出したのだ。長さの知れない凶器というのは、それだけでも、存在するというだけでも充分な武器になる。
本当に彼は死んでしまったのか? という思考が、魔族の能力を解明する一方で邪魔をする。そして次第に、それだけが頭を占めていった。
時間の流れが俄かに遅く感じられる。それなのに思考は加速する。
自分と世界とを隔てる膜が、より厚くなった気がした。
ついさっき会話し、憎まれ口を叩き、そして最期に心を俄かに開いたと思った男が、死んだ。目の前で。至極呆気なく。一言も言葉を発さずに――。
単体で魔族を倒した男が。あれほど強さを見せていた彼が。ありえぬ話だ。これは夢ではないか?
不意に、視点が遠くなった。身体は動いていないのに、まるで離れて物事を見ているように遠くなった気がした。
思考が淀む。自分が考えなければならないのは魔族が一体どんな能力を持っているか、である。彼は命を以ってそれに協力してくれた。だが、今の時点では彼が能力を使ったのかは定かではない。もし使用していないのならば、彼は全くの無駄死にとなるが、それはないだろう。
彼が頭を下げる瞬間は不自然だった。
トウメイが見ていたのは、身にひきつけられた拳である。ソレを見て、まるで条件反射のように首を横へ反らしていた。だがその後の行動は至極淡白で、だが的確であった。素早く、必要最低限の力で相手を絶命せしめている。
彼には何が見えていたのだ? 何を感じていたのだ? ただの癖か、あるいは――本来ならば見えていないものが、見えていたのだろうか。
拳の軌道上にその頭があった。そして彼が頭を下げたのは、男が拳を今正に撃ち放たんとした瞬間。
これは何か関連性があるのだろうか。これと、トウメイが頭を反らしたのは因果関係があるのだろうか。
全ての仮定を肯定し答えを導き出すのならば――。
「相手は極僅か先の未来を見ています。ですが、それは継続できるのか、一度、特定の時間使用したら時間を置かなければいけないのかは、わかりません」
時間の流れが元に戻る。我に変えると、時間は然程経過していないように思われた。
彼の死を無駄にしてはいけない。悲しんでいる暇は無い。自分に出来る事はしなければいけない。だから少年は、自分なりの全力を以って答えを導いた。
だが――。
「随分と、冷静で御座るな……ショウ殿」
彼らの心境は、どうやらそういった方向とは異なるらしい。最も、目の前で”それ”を見てしまっているのだから無理も無いはずだが。
「えぇ、出来れば皆さんにも冷静になって欲しいです」
極僅か先の未来を完全に囮にしつつ、それを見切った攻撃を予測し未来像に反映されないように防ぐ。そして叩く。彼らが戦うのは今目の前にしている魔族であるが、実質的には未来の像である。魔族は完全な未来を読むことが出来るが、こちらは完全に経験則と想像で埋めなければならないのだ。圧倒的不利である状況を打破するには、冷静であるかどうかが鍵になる。力で押し返せる相手ではないのだ。
「しかし――」
「厄介だな」
スロープの言葉を遮ったのは、魔族だった。
彼はゆっくりと、敢えて風紀委員の間を通って前へ進む。刀が一閃煌めくが、肩をピクリと弾ませた直後、それを紙一重の位置で避ける。
さらに投げつけられる拳を見ずに受け止め、腕を捻りヤマモトを地面に沈めた。
突きつけられた拳銃の銃身を掴み、彼は握力でソレを握りつぶし――弾丸が暴発するよりも早く移動する。直後に凄まじい爆発が、スズ・スターの手元で巻き起こった。
衝撃が波となって空間を揺らす。激しい爆発音が全ての音を掻き消した。十秒とかからずに全てを叩き伏せるトウメイは、迷う事無く焦りを見せずに、ただ歩き、やがて少年の前へ訪れた。
勝ちたいのならば全員で来いといっていた。それは全員分の未来を予測しても動きが追いつかないと思っていたが、どうやら彼は、彼らを過剰評価していただけらしい。
「……僕には、戦闘手段なんてのはありませんよ」
少年は怯える素振りも見せずに魔族に対峙する。此処まで来れば、恐怖心などはとうの昔に麻痺してしまっているのだ。だがトウメイはそれを、肝の据わった男、と判断して、頷いた。
「奴の能力を一目で理解し、そして今度は俺の能力。今回はたった一度見せただけなんだが――確信を持つほどとはな」
飽くまで可能性の高いものを口にして述べただけである。確信なんてとても持てた物ではないが、少年の推測は果たして当たっていた。
「そして、知り合いか仲間か友人か――知らぬが、少なくともどれかに値する人間の死を目の当たりにして、その冷静さだ。力が無いことだけが、救いといったところか」
少なくとも少年は衝撃を受けている。だが、それが余りにも現実離れしすぎていてまともに受け取れないだけである。
なぜだか、彼の回りの人間はやたらと少年を過剰評価する傾向にあるらしい。少年は困ったものだと頬をかいてから、ポケットに手を突っ込んだ。その指先は細かく動き、布の袋から弾丸を摘み上げた。
「そいつは無駄――」
魔族の手は素早く、彼の腕へと伸びる。恐らくはポケットの中の行動を見透かされてしまったのだろうが、その刹那。発砲音が彼の言葉を掻き消して――。
次の瞬間、彼の背に弾丸が突き刺さる。そして続いて、その背は炎を上げる。そして爆ぜる音と、その音波と衝撃を重ねて発し、彼は弾き飛ばされるように前方へと軽く吹き飛んだ。
「クソッタレ……」
魔族が失せた故に開けた視界。横たわるスズ・スターは真赤に染まりまるで原形をとどめない両手を泥に塗れさせて、残った一丁の拳銃で発砲をしたらしい。だが、先ほどの無理な二挺発砲の所為で肩がいかれ始めていたので、両肩は外れて、彼女はその台詞だけを残して意識を失った。
「舐めやがってッ」
そして、ダメージを得るというよりはただいじめっ子に背を蹴り飛ばされた感覚の魔族は、振り返り、少年を無視してスズ・スターへと向かう。恐らくトドメを差しに行くのだろうが――少年はポケットから出した弾丸を一つ、軽く魔族の背に目掛けて投擲した。
それは山なりに浮かび上がり、それなりの空気抵抗を受けるものの予測した着地地点へと落ち始める。そして丁度そこには魔族の、黒くて焼け焦げたかすら分からぬ肌へと、硬い音を立てて当たって、地面へ落ちた。
魔族は怒りの形相で振り返る。彼は忙しそうだなと、少年は思って――満面の笑みを浮かべた。
まるで弱点の無い彼だと思われた。が、そこには意外だが、考えれば妥当な”死角”が存在していたのだ。スズ・スターは本当に、口だけではなく、むしろ口以上によくやってくれる人だ。尊敬に値する。少年は続いてそう考えて、開いた手で拳を作り、そこから人差し指を伸ばして自分の後頭部を小突いて見せた。
「後ろにも目を付けてみてはいかがですか?」
勝ちたいのならば全員で来い。そう紡いだ彼の台詞はようやく理解できた。
その瞬間――時間は確実に停止した、と思われた。




