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2 ――昼休み――

 気がつくと時刻は一三時を廻り、四限目の授業はとうの昔に終わりを告げていた。


 時は昼休み。ロランは必死に彼の肩を揺らして、正気を取り戻そうと励んでいて――――。


「あ、あぁ。ごめんロラン。悲劇の主人公を気取ってたら夢中になってたよ」


 軽く笑む少年に、ほっと彼は胸を撫で下ろして、机に手をつく中腰体勢から立ちなおして口を開いた。


「ったくよ~、しっかりしてくれよ。レベルが一でもマイナスってワケでもないんだからよ」


 彼の言う事も一理ある。考え方によっては、であるが――――レベルが極端に低いというわけではないのだ。ただ平均の半分より下というだけであり、また学園内で一番低いレベルであるというだけのこと。


 レベルはいわば身体能力、戦闘技術、適応力などを総合して数値化したものである。細やかな計算の末にたたき出された数字は分かりやすく――――平和な街の農夫ならば大体レベルは一か二であろうと、そう判断することが出来る程まで、基準が出来ているモノである。


 そして彼、ロランはまた、学年ではなくこの学園全体で見て――――そのレベルが一番高いらしい。なぜソレを知っているかと言えば、高レベルの者は昇降口にトップ五○まで名前を羅列されているらしいからである。


 それを知らぬ周囲の人間はそれでも流れに流れる噂によって、ソレに感づいている様子ではあった。


 いつもなら断ると分かっていても食事に誘われていたロランは、まるで牽制されるように周りから様子を伺われているだけであり、また危険な毒物でも振りまいたように、周囲には人が居なかった。


 教室内に誰も居ないというわけではない。一定の距離を開けて、皆知らぬ振りをして持参した弁当や購買で買ったパンやらを食んでいる。下手にロランを怒らせてはいけないように、ある程度の緊張を保ったまま。


 恐らく少年の事も知れているだろう。あの落ち込みよう、魂の抜けた抜け殻のような状態を見れば誰もが容易に考えに到る程であった。


「まだ一ヶ月なのに、来年度までこのレベルが公式なんでしょ?」


 やれやれだと席を立って、彼等は廊下へと出る。ロランは周囲の視線を無視して、彼の隣を歩いて頷いた。


「いいじゃねーかよー。一年間のお楽しみだ」


「なんか、ロランに言われても全然ワクワクしないよ」


 余裕がある人間の発言だ。彼はそう思うが、この一年間の努力が確かな結果として現れると言う事は、これからの”努力をするという過程”が、何故か不思議なくらい、楽しみで仕方が無かった。


 恐らく無意識の内に、頑張る自分格好いいという自己満足に陶酔しているためであろう。彼はただ、過程だけに満足してしまいそうな自分に不安を抱かざるを得なかった。


 因みに――――彼ロランと、もう一人の高レベル取得者であるクラス委員長は、生まれつき強い、というワケではなかった。


 後に知れることだが、ロランは代々続く騎士の家系で、また彼も騎士を目指すべく、その一環としてこの学園へと入学した。その騎士とはあまり目立たぬ人間ではあったが、特出して異常な面が一つだけあった。


 それは、騎士だと言うのに素手で敵をなぎ倒すという事。


 遥か昔、二○○年以上遡る話であり、またその時代の男こそが先祖一代目であるが――――彼こそが零距離近接格闘を得意とする人間であり、その常軌を逸した戦闘能力は、魔物と魔族の軍団の半数程を無傷でなぎ倒したという史実に由来する。


 子孫はその修行術ごと受け継いだ。子は皆それを習い励み……、という風に、ロランは御多分に漏れずそうした結果、レベル八○という学園最強を、計らずとも手に入れていた。最も、本人には実感が無いらしいが。


 さらにもう一人の、クラス委員長は女性である。


 彼女はなんでも、この学園都市が存在する西大陸に比較的近くにある島国『倭皇国わこうこく』からわざわざここへ入学してきたのだという。


 容姿端麗、成績優秀という、絵に描いたような人物であり、また戦闘面でも優秀だと言う事が今回のことで判明し、クラスの人気者となりえた人物。少年たちとは真反対の人生を、今正に送ろうとしているのだが――――。


「ちょっと待ちなさい、貴方達」


 そんな彼女は、彼等の道を塞ぐ様に立ちはだかった。


 意図は不明である。


 昼休みも半ばが過ぎ、生徒の流れが少ない廊下は立ち止まっていてもそう邪魔になるというモノではないが――――少年たち、特にロランは、自身が無意識に与える畏怖の念が他生徒にとって悪影響となっているのは……と脳裏に過ぎらせ心配した。


 無論、それは勘違いであり――――その紫に色づく黒髪を窓から入り込む陽光に照らしながら、彼女は凛とした眉を軽く緩めて微笑んで、口を開いた。


「あらゆる意味で災難ね、貴方達。この学園は定期テストの発表みたいに、高レベル取得者は昇降口に名前を羅列されるから、嫌でも名前が広まっちゃうのよね」


 彼女は彼等、もとい――――ロランに視線を突き刺し身体を向けて話していた。正確には話し始めたのだが……。


 そこには明らかな格差の壁があった。


 貴族と平民のような、あるいは領主と騎士のような、覆せない絶対的立場を表す隔壁。見えない壁は、精神的影響力を及ぼすらしく、少年の足を無意識の内に後退させた。


 ロランもまた――――人見知りを自称するだけあり、目もあわせずに、単調な「うん」「あぁ」の相槌を打つだけであるのだが、高い身長と、黙っていれば冷静クールな印象をもたらすその顔を持つ彼にとっては、そんな生返事だけでも十分会話は可能となる。主に相手の浮つき加減にもよるが。


「私のレベルは三八だけど、これでもベスト五○には入るのよ。――――もしよかったら、一緒にお昼でもどう?」


「――――ふふふ、強き者は引かれ合う、か。最もな話だ」


 彼女の台詞は、問いかけ、あるいは誘いか?


 ロランは彼女の言葉の半分以上が理解しえぬ程うろたえて、また疑問文であった、としか聞こえなかったソレに答えかね、困窮していると――――不意に、背後から何かが小さく聞こえた。


 それは少年の声であり、続けて、


「人見知りの治療をするべきだね」 

 

 またそうに耳へと届く。そしてちらりと彼女を見ると、彼女は首を傾げて――――どうやら聞こえていないらしいという事がわかり、同時に少年が器用であることが判明した。


 一体何を考えているんだ。一体何を言っているんだ。早く俺を助け出せ。いや助け出してくれ――――ロランの心の声は、今にも口から飛び出しそうなほど強くなる瞬間。


「ロラン、僕はちょっと用事を思い出したよ。それじゃあまた午後の授業で」


 そんな言葉に振り返って見ると、少年の背中は常より小さく見えた。


 ――――居た堪れなくなったのだろう。それだけは理解できたが、否、出来た故に、そう感じてしまった為に、自身の配慮が大きく足らなかった事に気がついた。


 彼は廻りに気配るタイプである。一度落ち込んでもすぐに”元気なフリ”を見せてくれる男である。どれほど影響を与えぬ存在だと理解していても、ワイワイとした中で一人だけ意気消沈している人間が居れば周囲はどんな雰囲気になるか理解できている。それが個人レベルでの付き合いとなれば、その気配りは気づかぬほど細かくなるのだが――――。


「馬鹿が、バレバレなんだよ」


「あ、ちょっと――――」


 委員長の掛ける声は最早届かず。ここぞとばかりに逃げ出すように駆けたロランは委員長の存在を脳内から消し去ったように、その場を素早く後にした。


 そうして静寂を取り戻すそこには――――不敵に笑みを浮かべる彼女だけが残った。




「どこへ行こうというのかね」


 我武者羅に走って教員に注意され、呼吸を整えながらゆっくり歩き、購買へと到着するも既に食べ物は全て売り切れていることに絶望し、仕方なく自販機で十秒キープ三分チャージの栄養貧弱ゼリー食品を摂取していると、不意に背後から声が掛かり、即座に前へと回りこむ影があった。


「ぶへっ!」


「うっわ汚ぇ!」


 腹の足しになるだけで栄養が塵ほどしかないそれは少年の口から――――カウンター気味にロランの顔面へとぶっかけられる。彼は叫びながら振り払い、素早く、また少年の背後へと回った。


 いや、驚いてしまったのだから仕方が無いじゃないか――――弁解するが、ロランは聞く耳持たず、少年は困りながら彼の言葉を聴いた。


「妙な気を使わんでくれ。お前のせいで逆に胃に穴が空きそうだ」


 妙なのに絡まれて逃げられなくなるのと、友人に逃げられるという重大な二つのストレスによって。ロランはそう嘆くと、少年はなるほどと息をいた。


「うん、ごめん。それじゃあ今度からは、なるべく身内を贔屓ひいきした考え方をするよ」


「それでは私も無論、特別貴方から守ってもらえると判断しても?」


 素直に返事をすると、不意にまた――――今度は委員長が、彼の前へと登場した。


 何故だか話の全てを理解しているような発言をして。


 当然困惑する少年であるが、彼女はそれを予想していたように、望まれる前に言葉を続けて分かりやすく、その腹の内を明かして見せた。


「私はまずローラン君に恐ろしいほどの潜在能力を感じました。それから、入学当初からその為に様子を伺わせて貰ったのですが――――ローラン君は、恐ろしいほど力の感じられない貴方と常に行動を共にしている。そしてローラン君は他の誘いを断って、二人だけで全てを行っている。この時私は思ったのです」


 真面目な表情で、その整った美しい人形のような顔で少年の顔をじっとみつめて、


男色家ホモなのではないか、と。最も事実そうであっても構いませんが――――私が特に目をつけたのが、その実力差です。少々失礼かもしれませんが……、貴方には、ローラン君の実力が、肌に感じるほど強いという事がわからないでしょう。毛ほども」


「え、えぇ……」


「少なくともクラスの皆は気づいています。私ほどはっきりしたモノではないので仲良くしようという行動に出ていますが。――――そして、そのどちらとも相手を利用しようと言う意図で付き合っている事ではない関係に気づきました。偶然的に、この学園最強と貧弱……、失礼、最弱が出会い、仲良くしているのです」


「…………」


 フォローになっていないが、事実であるために指摘できない。もしかしたらレベルが上でももっと弱い奴が居るかもしれない。もしかしたらレベルが下でももっと強い奴がいるかもしれない。少年はそう思ったのだが、口にするときには既に委員長が矢継ぎ早に、自分勝手に思いを述べていた。


「だから私は興味を抱いたのです。強い者ならば私がそうであるし、この世の中にはもっと居る。強くなるだけなら誰でも出来る。しかし、弱者は違う。圧倒的弱さを持ちながら強き波に抗う様は心を揺るがされる――――そして、先ほどの意地悪で確信しました。貴方は人が出来ている。共に行動する価値がある。少なくとも私はそう考えました」


 少なくとも少年を評価している。さらに適切であるのだが――――それを良い意味で言っているのか悪い意味で言っているのか、彼には良く分からなかった。


 だが――――彼女が手を差し伸べてきている意味だけは分かる。混乱し、困惑し、まともな思考を乱す雑念があっても、その意図だけはよく理解わかった。


 だから少年は――――その馬鹿正直な秀才少女へと、手を伸ばして、その手を強く握り締める。


 それから軽く振って、目を見据えた。


「取り敢えず様子見って事ですが――――よろしくお願いします」


 相対的な実力を持つ彼等の、奇妙な縁を解明――――というものを建前に、彼女は軽く頷いて、”お友達”として彼等と関係を築いた。


「私の名前はシズク。アカツキ・シズク。よろしくね」


 そうして不可抗力的に、人の輪は広がった。

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