4 ――凡愚――
――――遥か後方で凄まじい爆発が起こったらしい。
濃厚な魔力が波状に大陸に響き渡るその最中、彼らはさながらレーダーに感知される飛行物体のように高速度でその根源たる場所から離れて行きながら、それを感じていた。
「……どう思う」
列を成し、皆それぞれ立派な翼で風に乗りながら飛行する。その中の一体が、ふと口を開いた。
――――まるで滑稽に見えるほどに星の多い夜空は、彼らの移動速度が速い故にまるで落ちてくるように知覚された。星の群集が際立って、空の色がより目立っていた。
未だ彼らは大陸の上空を移動中であり、時刻は既に夜更けとなっていた。
「どうって言われても……魔王様になんらかの異変が起こった。それだけでしょう。悪い方向に考えるか、良く考えるかは貴方の自由です。無論私は後者ですが」
魔王に忠実な魔族――――タンメイは冷静にそう告げ返す。意見を求めたトウメイは困ったように軽く表情を歪めると、すかさず他の声が頭に響いた。
「我々は魔王様に生み出され世界を支配するために存在していた。その通りに、魔王様が居なくなった瞬間に某の命は無意味と感じられた。だから、何があろうとも死ぬまで魔王様に付き従うと心に決めている。仮に貴様ら全員が離反しようともな」
名前を授けられていない一体の魔族はしかしながら誇らしげに口にする。そして同時に、本当に周囲に居る全ての魔族を相手にしようとするほどの殺意を向けた。
圧倒的説明不足で問いを投げた彼の考えを見事汲み取ってくれた彼ではあるが、不意にそんなものを投げつけられてはたまったものではない。トウメイは少しばかりたじろいで、
「俺ぁその時に決める」
だが決して彼に泳がされず、自身の意思を貫いた。
そうすると、驚く事にそれに頷く更なる他者の動きがあった。それが視界に入ってトウメイは思わず息を呑むと、すぐさまそれは口を開いた。
「意味が無ェっつーのも酷い言い方だが、否定は出来ないのが悲しいところだな。だが俺は考え方が違う。お前は無意味と言うが、俺は解放を垣間見た。ボードゲームの名無しの騎士なんかじゃなくなった、つー訳だ。奴……学園都市で死んだ奴は、少なくともそれを持続させていた」
「……ならば何故魔王様の許へ戻ってきたのでしょう?」
「そればかりは解せない」
「うむ」
割り込んでくる二体の魔族は適当に相槌を打つ。気がつくと、自然的に計六体の魔族は皆会話に加わっていた。
――――いつしか大地は夜空を映し出す鏡に移り変わっていた。そこが海だと気がつくのには少しばかりの時間を要し、そして同時に眩い月の輝きにトウメイは魅入っていた。
不思議と気分が落ち着く。実際に空を見上げるより、そのまま俯き自分の影やそのまま波も立てぬ穏やかな水面、そして鏡の如く空を映し出す表面などを見ているほうがよほど楽であり、楽しくもあった。
こんな気持ちは初めてである。これほど開放的な気分はかつてなかった。やはり、それはもう魔王のもとには帰らないと心の奥底で誓っているからであろうか。
彼――――ライメイと名づけたハイド=ジャンとただ相対しただけで、胸が透く気持ちがした。あれほどまで自分を貫いている人間は見たことが無かったのだ。
そして強かった。魔族だというのに、自分が生きる目標があるように見えて、どこかうらやましくもあったのかもしれない。
直接対峙したタンメイには、最早畏怖の念の権化たる存在にしか捉えられなかったのだが。
風が肌を切る。だが鉄の如く硬化しているそこにはまともな感覚が無く。適度に強い衝撃という痛みでしか感じられないのが幾分か悲しいところだな、と彼は思った。
「――――は、そんなところで分散した方が良いと思われるのですが、如何しましょうか」
そこで思考が終える。直後に、聞き逃していた台詞が耳に届くと、丁度それは疑問となって問いかけられた頃だった。
しかしそれはトウメイに直接投げられたものではない。だから彼は他の様子を見ることで、話の内容を窺う事にしたのだが、
「うむ」
「仔細ない」
「まぁそんな拘る話でもねーしなー」
「某も同上だ」
問いではあったが、半ば同意を求めるだけのものだったらしい。
結局その意見がなんだったのか理解できぬまま、だが聞き返すのも恥ずかしいのでトウメイも仕方なく、
「あぁ、俺もだよ」
そう頷いた。
するとタンメイは、なら、と一言口にする。と、同時に他の皆も顔を見合わせるように頷いて――――不意に、三体が右折し、二体が左折した。
直角に曲がるそれらが一体何をしでかそうとしていて、自分は一体どんな役割を与えられたのか。突然の行動に置き去りにされた彼はにわかに恐怖と不安を胸に抱くと、左折した一人、某が一人称の魔族が声を荒げた。
「呆けているな、置いていくぞ!」
「うむ」
どうやら彼らに付いていけば良いらしい。
トウメイはほっとしたのも束の間、付いていけばいいのは分かったが、今後一体何をするのか分からないので結局不安が胸に居つくことに気が付いて――――彼は深く嘆息した。
「俺の棒がっ!?」
情けない悲鳴を上げるのはヤマモトロクロクである。彼は現在、風紀委員室内にて、陰湿にもへし折られた――――というより、綺麗に切り離された愛用の棒が机の上に置かれているのを見て身体を硬直させていた。
時刻は既に二一時を回り帰ろうと思った矢先のことである。信じられない。一体誰がこんな事をしたのだろうか。
だから彼は、同室にたむろする、シップ=スロープの刀を握るスズ・スターへと振り返り、
「誰がこんな事をやったんだ!」
「次は命を貰おうかね」
蛍光灯の光に切っ先が妖しく煌めいた。傍らでスロープがうろたえるが、武器を壊されたヤマモトにはそれを相手する余裕は無かった。
「貴様かァッ!」
激昂し叫ぶ声が木霊する。だが学園内に残るのは生徒会と少数の夜勤教員のみなので、それが誰かに届く事は決してなかった。
「なんでこんな事をするんだ!」
「棒術がへたくそだからだよッ!」
「うるぇ!」
「せめて人語で話せッ!」
元気良く彼女は刀を振り回す。故に迂闊に近づけないスロープは、どちらかというとヤマモトの心配ではなく自身の武器の心配をしていた。
今正に、彼がトイレから戻ってくるまでの間に武器を破壊した光景を目の当たりにしたのだ。二次災害は、自分の武器かもしれない。
武器が無ければ武士たる概念も、自分の中から消え去ってしまう。次の武器手裏剣にでもしようか。だとしたらクナイも揃えなければならないだろう。しかしブレザーの色が目立つのでこれは却下だ。
ならば祈祷師でも目指して、倭皇国の特殊魔術でも覚えようか――――。
などと、思考は至極単純なほどプラスに進んでいく中で、視界に収まる両名の口喧嘩はさらなるヒートアップを見せていた。
「カルシウム不足!」
「乳不足!」
「鉄分不足!」
「尻不足!」
「知能不足!」
「肉付き不足!」
「貴様死ねッ!」と叫んでなれない刀を大きく振り下ろすスズ・スターは怒りの形相で、心の底から言葉を投げているようだった。
それに対峙するヤマモトは、そんな彼女に対して不敵な笑みを浮かべる。
それを認識した――――その瞬間、彼女は気がついた。
自分は奴の手のひらで踊らされていたことに。
だがそんな意識に思考が到るも時既に遅し。
鋭い刃は振り下ろされる。だがそれは、両脇から挟みこむ力強い両手によって、目的とした殺傷を不可とさせられて――――彼が腕を捻ると同時に手首も捻られ、彼女は思わず柄から手を離した。
「全体的に華奢なんだよ、ショタコン野郎」
「なっ……貴様ぁああぁぁぁああああああっ!?」
勝者の余裕と言うべきすまし顔でそう告げ、ヤマモトは余計な一言を付け足した。
その刹那、彼女は言葉を掻き消すためでもなく、恥ずかしさを紛らわすためでもなく、ただ本能の赴くままに声を荒げ、そして即座に、其処だけは肉付きの良い太腿をあらわにして、巻きつけたガンホルスターから拳銃を引き抜いた。
まさにその動作は一瞬といっても過言ではないほどに流れに流れて素早かった。
そして――――。
「やっぱり命ァ、貰うよ」
不意に冷めた言葉が耳に届いた瞬間――――盛大な発砲音が連続して学園内に響き渡って……。
教員不在の際には絶対権力を有する生徒会長が其処へ赴くのは、スズ・スターの魔力が完全に切れて壁の一面だけが蜂の巣に化した後だった。




