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1 ――学生証配布――

 結局やることもなく、だからといって校内をウロウロしていて妙な因縁をつけられても困る彼等は、いち早く教室へやってきた。


 彼等のクラスは一年三組。四階建てのホームルーム棟の最上階にあり、教室は普遍的に横並びに続いている。


 一組と四組に隣接するように降り階段が存在し、昼休みや移動授業の際は鬱陶しいくらいに混むので、比較的階段に近いそこはその際には騒がしくなる。


 教室の中は割合に広く、長机が、前後左右、きっちりとした間隔で並べられている。机は横三列縦五列の配置であり、一つの机には三人が腰を掛ける仕組みだ。


 基本的には決まりきった席順では無く、故に、早く着きすぎて損しかしない、というわけでもない。


 教室に到着するのが早ければ早いほど、誰もがうらやむ特等席を占める事が出来る確率が高くなる為だ。


「お、よかったなぁ。誰も居ないぜ」


 ロランは勢い良くスライドドアを開け放つなりそう発言し、足早に真っ直ぐと窓際へと歩んでいった。


 やかましい音に怯む少年を尻目に、まるで何かにとり憑かれた様に進み――――窓際の一番後ろの席へとカバンを投げる。それは机の手前側ギリギリ、床に落ちるか否かの所でその上に乗って、机上を勢いに任せて滑っていった。


 やがてそれは上手く勢いを殺せずに――――反対側の床へと落ちてしまう。だが何も入っていないらしいカバンは軽い音を立てるだけであり、またロランも対して気にした様子は無い。


「誰も居ないんだからゆっくりでもいいじゃないか」


 少年は一つ息を吐いて――――彼が腰を掛ける席の前に立ち、そこに座った。


「バッカ、お前……何があるか分からねェじゃねぇか。もしかすると、俺がああする前にこの教室が爆発したりするかもしれないだろう? もしそうしたら、俺はココに座れなくなる」


「僕はこの教室に入れなくなるけどね。というか、もしも、の話が飛躍というか、飛び抜けすぎてるというか、ぶっ飛びすぎてよくわからないよ」


 ショルダーバッグを机の横に置き、彼は筆記用具入れを机の上に出しながら続けた。


 ロランは興味があるのか無いのか、よくわからない、伺ってもそれをどうみて良いのか分からない微妙な表情をしながらソレを聞いた。


「この”冒険科”ってさ、他の経済学科や情報システム学科とは違って明確な……職業と言ってもいいのか分からないけど、目指すの職業は冒険家ってことじゃん? この冒険家ってのは、詰まる所商売になったりするのかな」


「ん~、よく分からんが――――趣味でやってる奴もいるんじゃないか? まぁ論点がズレるから本筋に戻るが……、ほれ、冒険は即ち戦闘技術が必要となるし、また豊富な知識も絶対的に重要だ。だから傭兵として欲しがる奴も居れば、どっかの都市に行けば”仕事斡旋所”での固定員として求められるんじゃないか? 安定して仕事を成功させてくれる奴も欲しがるだろうからな。ま、冒険するだけってのは、商売にはならんだろう。飽くまで趣味だ」


 ――――仕事斡旋所とは、そのままの意味の場所で、仕事を紹介してくれる所である。


 そこには情報が集まりやすく、その殆どが酒場との兼業で成り立っている。紹介される仕事は主にその街や都市周辺での魔物駆除から老人介護、要人護衛まで幅広く取り扱っている。最も、依頼者と雇われ者とを仲介する役割であるので、その依頼自体が無ければ仕事は成り立たない。


 また、冒険する仲間を募集する場所としても盛んであるので、どんな街でも欠かせない施設となっている。


 ――――少年は、確かにそうであると頷いた。


 冒険は男のロマンだと相場が決まっている。女性がそのロマンを抱くのは間違いだというわけではないし、クラスの半数ほどが女性のその学科では、口が裂けてもそんな事を滑らせる事は出来ない。


 女性を敵に回してまで言いたい事でも無いし、そうした結果は悪い事しか思い浮かばないからである。


 そして彼、ロランが述べた事。


 冒険家と言っても、皆が冒険するとは限らないし、そもそも冒険するほど未開の地が多いわけでも無い。


 学園都市は比較的魔物が弱い地域に存在する。故に冒険や魔法、剣術や格闘などに夢見る者が多く、学園の中で一番生徒数の多い学科である。


 そのために、冒険科を選ぶ生徒には様々な専門職への道が与えられているのだ。


 傭兵に、騎士。研究員に、開拓者、添乗員、また勇者を目指す人間も居るし、暗殺者を望む者も居る。


 最も、途中で学科を変更することも可能であるのだが、今まででそうした生徒はあまり居ない。恐らく、最初の時点でよく吟味する故であろうし、生徒の望みを叶えるべく無駄すぎると思われるほど多い学科数もその理由の一つだろう。


「それで、ロランは何になりたいの?」


「んー……、今のところココに入るのが殆ど目的みたいなモンだったからわかんねぇな。お前は?」


「僕は文士になりたいんだ。その為に色々な所に行って、色々な事を体験したいんだ」


「ほォ。そいつは立派だ。頑張ってくれ」


 感心した様な、あるいは驚いたような表情でロランは少年を見た。少年はそれに少しばかりの気恥ずかしさを感じていると――――部活動やサークルの活動を終えたらしい学徒たちが教室へと集まり始めた。


 少年等は声を潜めることは無いが、人が増える事によって相対的に騒がしくなり、その声はフィルタに掛かったように薄くなる。


 そうするとやがて――――校内中に予鈴の音が鳴り響いて……。


 席は満員になり、隣に他の生徒が着き始めたのを確認して、彼等は前を向く。


 次いで、少ししてまた鐘の音がやかましく、スピーカーから音を鳴らす。


 そうすると――――間もおかずに、そのクラスを担当する教員は出席簿と紙袋を片手にスライドドアを力いっぱい壁に叩きつけて登場した。


「えー、月曜の朝からおはよう。かったるいけど頑張ろう!」


 ドアは一度壁の中に隠した身を跳ね返されて――――上手い具合に、閉まる形で停止した。担任の教師はそれに然程の興味も抱かずに……その普通の人間よりも長い耳をピクリと弾ませるだけである。


 ”彼女”は、その耳を見て分かるようにエルフであった。


 この世界には、人間ヒューマン以外にも様々な種族が存在し、例えば彼女のように耳が長く――――戦闘能力、知力共に高いワイルドエルフや、何らかの条件でその外見を、人間や半獣、あるいは獣に変化させる獣人じゅうじん。またはドラゴンの如き肌を持ち、訓練次第では鋭き爪や劫火を吐き出すことも可能な竜人りゅうじん。人の腹に二十箇月から一年以上居座り生まれる、『鬼子きじん』と呼ばれる人間の亜種も存在する。


 勿論このクラスにも様々な種族が存在するが、外見ですぐにどんな種族か分かるほど身体的特徴が目立つものは誰も居なかった。

 

「では出席を取る。誰か休みは居ないか? 居ないな。皆元気なのが一番だと先生わたしは思ってるから良い事だ。では連絡に移るが――――」


 強引に話を進める彼女は、どこからどうみてもやる気がなさそうに見えるのだが、その実、ぱっとクラスを見渡しただけで全ての生徒を把握したのだ。


 事実、彼女はまた適当な口調で連絡を告げているのにも関わらず、出席簿に出席の印である”○”を付けているのか、手元は忙しなく動いていた。


 尊敬の念に値する――――少年は感心して、彼女の言葉に聞き入った。


 まだ若そうな、二十と少しばかりの年齢に見える外見ではあるのだが、実年齢は四三五歳だと云う。


 髪は腰までの長さに伸び、凛とした顔は引き締まって、身体は程よい筋肉で締まっている。


 タートルネックの上に、ウエストよりも短い位置で終える黒いジャケットを着て、その薄っすらと浮き上がる腹筋を露にする彼女には恥も外聞も無いのかと、その姿を毎度見るたびに思うのだが――――最近は、それよりも本当に四○○年あまりを生き抜いたのか、甚だ疑問なのだ。


「一限目は私の担当なので、この時間についでに学生証を配るが――――レベルが戦闘能力の全てじゃあないからね」


「でも大体そうなんですよね?」


 一人の生徒が自信満々に手を上げて質問した。担当教師は少しばかり困ったような顔で頷き、


「仮にお前が史上最低のレベルだとしたら、そうじゃあないでしょう? と私に同意を求めるに五○○ゴールド」


 人に教える立場として最低だ、とまでは言わずとも、ふさわしくない――見方を変えればユーモアのある――と思える発言だが、そんな彼女の発言は辺りに笑いを誘うモノであるため、誰もそれに嫌悪感を抱かず、また皆軽い笑みを浮かべた、


 質問をした彼は顔を紅潮させながら手を下ろし――――やがて、生徒諸君は出席順に呼ばれ、カードの配布は始まった。




「平均レベルは一一だ。皆が一一だからこうなったんじゃあないのよ。低い奴から高い奴が集まったからこうなったのさ。皆揃ってるレベルじゃあ、つまらないからな!」


 ――――世界が崩壊するか、時間が一年ほど前に戻るか、あるいはこの窓を破って外へ逃げ出すかしたかった。なんにしろ、少年は今すぐここから姿を消したいと、心の底から思っていた。


 手に汗握る中で更に握られるのは学生証。プラスチック製のカードではあるが、あらゆる偽装防止の手を尽くしているらしく、細やかな装飾がなされていた。


 見て右側には顔写真が、そして左側には在席している学園、学科、クラス。そして出席番号と名前。


 その下には学園長の判子が押されていて――――肝心なレベルは、顔写真の下に表記されていた。


 ――――レベル五。それが彼の現在のレベルである。


 予想と期待と平均を大きく下回る結果であった。それはどこからどう見ても変わることはなく、彼の気分は失墜し深淵へと落下する。


 試験では強い手ごたえを感じていたのだが――――そんな時に限って大抵こんな結果……だが。


 あまりにこれは酷すぎるのではないか。何か、表記上のミスなのでは無いか。本当はレベルが一五だとか、そんなものではないのか――――彼は健気に強くそうに”願った”。


 辺りがあらゆる喧騒に包まれる中、しかし彼だけは、結局変わりようのない現実に失望し、意気消沈したように机に伏せた。


「おい、お前どうだった?」


 背中をカードでロランが突付く。絶望の淵に蹴落とされた彼はそれに相対する元気はない――――が、健気に振り返った。その先に居る彼は嫌になるくらい笑顔だった。


「そういう君はローラン・ハーヴェスト」


「しかも八○」


 そんな嫌味が一切無いことが嫌味である笑顔で、ロランは学生証を突き出した。彼の言っている意味がにわかに、否、どうしようもないくらい理解できずに、差し出されるままそれに目を向ける。


 好青年風に映る写真に、ローラン・ハーヴェストの名前。学園名からクラス、番号――――そして妙な配置場所に記載されている、レベルへと視線を流したのだが……。


「レベル……八○……? いや、いやいや……いいや?」


 今この場において二つの記載ミスを発見してしまった人間はどのような行動に出るべきであろうか。少年は真剣に考えた。考えざるを得なかった。本能がそう叫んでいた。


 恐らく、精神の情緒を保つために。


 これは公式な証明書である。それにミスはあるはずがない。あってはいけないのだ。だというのに、立て続けにこんなことがあってしまっている。事実としてここに存在している。


 これは由々しき事態だ。


 彼は思い立って自分の学生証をロランに見せた。彼は朗らかな笑顔を一瞬にして消し去って、ソレを凝視する。


 少年は、彼がその記載ミスに聡く気がついているものだと、疑うことすらせずに苦笑交じりの顔で言う。


「いや、実は僕のもミスがあってさ。先生に言いに行こうよ。騒がしいのが収まる前に」


 ロランは半ば錯乱している彼の肩を軽く叩いて――――落ち着けと、ただ一言声を掛けた。


 それと同時に、彼は現実を見る。見据える。見ざるを得なかった。


 そして逃げ出したかった。それくらい、レベルが低いことは、彼の中で絶望であったのだ。


「ちがうんだよ。五の後の三が抜けてるんだよ」


「平均は一一で、俺の他にもう一人飛びぬけた奴が居るが、それ以外は皆一二以下だってよ」


「ほら、僕の事だ」


「クラス委員長だよ」


 なんだというのだこの仕打ち。これからの六時間が苦痛以外の何モノでも感じざるを得なくなりはじめたとき、真剣に早退を考え始めたとき――――既にあたりは静まり返り、担任教師は黙々と黒板に達筆な文字を書き始めていた。


 その一時間ばかりの記憶は、後で振り返っても彼の脳内には存在していなかった。

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