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春期休暇前に有効期限が切れるなら、そのままゴミ箱に捨てようと思っていたけれど、悪運の強いことに、休暇初日まで有効だったので、チケットを利用することにした。
こういう機会でもないと、遊園地に行こうと思わなかっただろうから、チャンスを与えてくれたという点では、多少は感謝しないといけないのかもしれない。ただ、あの馬鹿弟の場合、日頃の行いの悪さが、この僅かな善行を相殺して余りあると思わなくもないので、ありがとうと言う事は無いだろう。
「ホント、三半規管が弱いんだから」
「パパ、だいじょうぶ?」
ミキが面白半分にハンドルを急回転させた事もあり、フィギュアスケートの選手でも、バレエダンサーでもない僕は、すっかり酔ってしまった。
ベンチに座りながら、遊園地に観覧車を設置しようと発案したのは、天使の囁きを聞いた人間だろうが、ティーカップを設置しようと提案したのは、悪魔に唆かされた人間に違いないと考えていた。
吐き気こそ収まったものの、とてもアトラクションを楽しめる体制ではないと伝えると、ミキのことはミネに任せ、しばらくここで休憩することになった。
「今度は、ママが相手になるから。次は、どこが良い?」
「メリーゴーランド!」
「よし! じゃあ、プリンセスエリアへ急ぐわよ」
入り口で渡された地図を見ながら、メリーゴーランドに向かった二人を見送った後、子育ては体力勝負だと改めて痛感した。
そういえば、キンダーガーデンの運動会では、ランチボックス作りと応援だけだったなぁ。
子供と同じ目線で楽しむためには、加齢とデスクワークで衰えた筋肉を鍛え直さないと駄目だろう。
「また病気にならない為にも、休暇明けにホンへ相談してみよう」
秘かに決意した所で、僕は片手で額に庇を作りながら空を見上げた。早春の空には、誰かが手離して飛ばしてしまった風船の他に、まるでミルクを零したような、一筋の飛行機雲が浮かんでいた。そこから、自然と一つの文句を思い付いた。
「こぼれたミルクは皿に戻らず、ただ床板に染み込むのみ。それでも、あらたなミルクを注ぐことは出来る」
取り返しがつかない事はあっても、やり直しが効かない事は、きっと、何も無い。




