063
中に入っていたのは、使い掛けの赤青二本のパステルと、クロッキー帳だった。
絵を描くのが好きだと言ったら、今は亡き祖母が買ってくれた物だ。
「どんな気持ちで、この絵を描いたんだろう。とても他人に見せられないよ」
クロッキー帳をパラパラめくると、三角が無数に描かれただけの絵や、魚か虫を描いたと思しき絵等が、特に統一性も規則性もなく並んでいた。
そうして、思い出に浸って感傷的な気分になっていると、開けっ放しのドアの向こうから声を掛けられたので、クロッキー帳を抽斗に戻し、振り向いた。
「こちらにいらしたんですね」
「あっ、お義姉さん。もう、料理は終わったんですか?」
「えぇ。それより、渡したい物とは?」
お義姉さんの方から切り出してくれたので、僕は何も言わず、懐から封筒を取り出して彼女に渡した。お義姉さんは、封筒の口から中を覗き込むと、フフッと微笑んだ。
「律儀ね、セキさん……あら? お札の番号が違うみたい」
「覚えてたんですか?」
「ということは、お使いになったのね?」
「しまった。……敵わないなぁ」
スマートに返そうと思ったけど、お義姉さんの方が一枚上手だったみたい。僕がバツの悪そうな顔をしているのが可哀想とでも思ったのか、封筒をエプロンのポケットに仕舞うと、話題を変えてきた。
「ラジオにご出演なさって、一躍、時の人になられたのではなくて?」
「顔も名前は公表してませんから、関係者以外は誰も知りませんよ」
「でも、お義父様や主人は、あれから結構、忙しくしてますわ。相当な番狂わせがあったみたいで」
「とんだことをやらかしてしまったとは、反省しています。ご迷惑をお掛けして、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
過ちに対して謝罪の意を表すると、お義姉さんは視線を逸らし、どこか遠くを見るような目をしながら言った。
「あら。あくまで、セキさんを見捨てた主人達が、勝手にてんやわんやしてるだけですよ。自業自得ですわ」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。日頃、どれだけ傲慢な態度を取っているか、よくよく反省するべきなのは、あっちの方です。セキさんは、ちっとも悪くありません」
そう言っていると、階下から兄さんがお義姉さんを呼ぶ声がしたので、お義姉さんは下へと駆け戻って行った。
「タオルと着替えくらい、どこにあるか把握しておけば良いのに」
兄さんの亭主関白さに呆れつつ、僕は部屋をグルッと見渡してから、時間差で階段を下りた。




