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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅵ 小さな一歩から
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057

 真っ黒に汚れていたという仔犬は、洗ってみると体毛は小麦色で、間違いなくナナだった。

 ナナは、僕の姿を見た途端、全力疾走で胸に飛び込んできた。嬉しいのは分かるけど、受け止める側としては、加減をして欲しい。


「すっかりセキに懐いてるな」

「微笑ましい限りでございますね」


 どうにかしてナナを抱きかかえると、僕は執事さんに質問した。


「そのハンカチ、ミネの物なんですけど、ナナが持ってたんですか?」

「左様でございます。首輪に結ばれておりました。汚れは落としましたが、まだ、かすかにカモミールの香りがいたします」

「あっ、なるほど。それで、ナナは分かったんだ」


 僕が一人で納得していると、コトは執事さんの手から洗い立てのハンカチを手に取り、鼻に押し付けて香りを嗅いだ。その時、ふと、そこに書いてある文字が気になったのか、ハンカチを広げ、しげしげと観察しながら言う。


「このラジオは、そっちでは有名なのか?」

「非常用の有線放送を兼ねてるから、一家に一台は設置されてるよ」

「ということは、たいていの家庭は、この周波数に合わせてあるって事だよな?」


 コトが、ハンカチの下部に書いてある数字を指差しながら言ったので、僕は「たぶん、そうなんじゃないかな」と返事をした。

 すると、コトはこくこくと頷いてから、別の質問を続けた。


「セキの弟、少し前に、ラジオ局の局長になったと新聞に出てたな。間違い無いか?」

「合ってるよ」

「よしっ! それなら、そのラジオ局に電話してくれ」

「はい?」


 要領が掴めずにいると、コトは説明を続ける。


「明日には天気が良くなりそうだから、両親が戻ってくるんだ。そしたら、俺がセキの家の近くまで送ってやろうと思ってさ」

「えっ。コトは、ヘリコプターの操縦ができるの?」

「言ってなかったか。快適な空の旅を、お楽しみくださ~い」

「でも、まだ入国出来ないんじゃないかな」 

「航空会社じゃないから、何とかなるさ。法律には、抜け穴があるものだよ。急場しのぎに作られた法律なら、ザル法に決まってる。論点は、そこじゃないんだ」


 まぁ、コトの手に掛かれば、カラスも白と言いくるめる事が可能なのだろう。

 帰国へ向け、一筋の光が射したのなら、それを目指さない訳にはいかない。


「だけど、ただ帰すだけじゃツマラナイから、ちょっとばかり悪戯に協力してくれ。そう、構えるなよ。作戦には文才が必要だから、頭を借りたいだけさ」


 コトの赤い目が、ルビーのように怪しく光った。これは、良からぬ企みを思い付いたに違いない。心なしか、胃がキリキリしてきた。

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