054
悪法もまた法なり。たとえ理不尽な法律であっても、法律として成立してしまった以上は、それに従わなければならない。
為すに任せられないなら、なるようになれで、どこまで転がっていくか楽しんでみるのも一興なのかもしれない。
何が描かれているか分からないが、きっと高額なのだろうと推定される抽象画が飾られた遊戯室で、僕とコトは、雲に乗っているかのようにフカフカのソファーに座り、この後に待つ晩餐について話し合っていた。
「肉と魚、どっちが好きだ?」
「選べるなら、魚かな」
「なら、メインはムニエルとして、とっておきの白を開けよう。――まだ開けてない三十年物の白ワイン、あったよな?」
コトが背もたれの上端に腕を載せ、そのまま頭を反らして真後ろに控えている燕尾服姿の執事さんに声を掛けると、顎から下が逆さまになったまま長い髪を垂らしているという猟奇さに一切触れることなく、冷静に返答をする。
「ございます」
「それ、ディナーに出してくれ」
「承知いたしました。セラーより、お持ちいたします」
「あと、シェフに小骨を残さないように注意しといて。この前、取り忘れがあったぞ」
「はっ。かしこまりました。では、のちほど」
執事さんは、一礼して廊下へと向かって行った。
コトは、ドアが閉まってすぐまでは、そのままの姿勢だったが、数秒経って気配が消えた頃合いに勢いよく立ち上がり、両手を景気よくパンッと打ち鳴らして言った。
「よーし。邪魔者が居なくなったところで、目いっぱい遊ぶぞ。ビリヤードは好きか? それとも、ダーツの方が好みか?」
「とちらも、やった事が無いんだけど」
「じゃあ、俺が得意なビリヤードにしよう。せいぜい、ビギナーズラックに賭けときな」
コトは、そう言いながらビリヤード台の前へと移動して行き、同時にポケットからヘアゴムを取り出し、細く癖の無い長髪を手早くシニヨンに結い上げた。キューの先をチョークで磨く手も、顕わになった首元も、仄かに静脈が透けて見えるほど色素が薄い。
僕は、ふと悪戯心を起こし、何も言わずに首筋を指で触れる。
すると、コトはヒャッと甲高い悲鳴を上げてキューを手放し、台の下に落としたキューを拾い上げながら文句を言う。
「集中力が切れるだろうが」
「ごめんごめん。あんまり白いから、血が通ってるのか不安になってさ」
「セキの手の方が、血が止まってないか心配だよ。氷かと思ったじゃねぇか」
ミネが僕に触りたく気持ちが、少しだけ共感できた気がする。それにしても、氷とは酷いなぁ。




