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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅳ セキの災難とミネの心境 
47/67

045

 昨夜は、ミキがなかなか寝付かなかったらしい。ミネ曰く、ミキは「ねたら、パパがいなくなっちゃうから、ねない」とごねたのだそうだ。今朝早く、トランクに荷物を詰め込む手を止め、やっぱり行くのをよそうかと言ったら、今度は左の尻に一発叩こうかと言い返されたので、それ以上は何も言わずに荷造りを進め、ここまでやってきた。


『西部国際エアポート前、西部国際エアポート前。終点です』


 世間は休暇中という事もあり、シティートラムの車内は、カップルや家族連れ、それからバックパッカー等で、それなりに混雑している。この駅は、空港のターミナルビルに直結しているので、空港に用が無い人間しか終点まで乗っていない筈だ。だから僕は、この分だと機内も満席かなぁと思いつつ、改札を抜け、空港の受付カウンターへと向かった。


「こちら、九時四十分、東部国際エアポート行き、百五便でお間違え無いですか?」

「はい」

「それでは、良い旅を」


 航空チケットを受け取り、搭乗手続きが始まるまでロビーで待つ事にした。ロビーには、定時毎に人形が動く仕掛けの時計の横に、行先、予定時刻、変更時刻、搭乗ゲート等が書かれた反転フラップ式案内表示機があり、時々、パタパタとフラップが回転している。そこから窓の方へ視線を移せば、滑走路に離着陸したり、パドルの誘導に従ってタラップへと牽引される飛行機の姿を見る事が出来る。

 大人の多くは、ロビーに並ぶベンチに座って荷物を見ているが、子供達は、窓辺に張り付いて飛行機に手を振ったり、歓声を上げたりしている。

 

「金髪蒼眼は、僕一人か……」


 ざっと見渡す限り、髪色は朱色から茶色、瞳の色は青緑から深緑。国内線の発着が多い時間帯という事もあるけれど、こうしてみると、どうしても自分が異邦人である事を意識せざるを得ない。僕は、周囲を見るのを止め、足元のトランクに視線を落とした。

 知っている人が誰も居ない国にしようと、この国を留学先に選んだのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけど、祖国では平凡な容姿だから、尚更にギャップが大きい。

 稀少性は、羨望や価値の基準になりうるけれど、珍しがられることが良い事ばかりではない事を、この十年以上の滞在で痛感してきた。


『九時四十分、東部国際エアポート、行き、百五便。到着しました』

 

 フラップがパタパタと回転し、僕が乗る便が一番上に表示される。落ち込んでいては、治るものも治らない。元気になって、一日でも早くここへ戻れるように努力しよう。

 そう決意して、僕はトランクを持ち、搭乗ゲートへと移動した。

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