044 ※ミネ視点
セキが体調不良になった。
収穫祭が終わって冬期休暇に入った頃から、違和感というか、何となく様子がおかしかった。
ここ最近、皿洗い中に食器を落として割ったり、裁縫中に縫い針で指を刺してしまったり、どこか不注意で、うわの空になっているようだったから、喉は痛くないかとか、気怠さは無いかとか訊いてみたんだけど、大丈夫だから、心配しないでと言われるだけだった。
元々、セキはこの国特有の気温や気圧の急激な変化に対する耐性が弱い体質だから、今回も一過性の物なのかと思い、様子を見る事にしていたのだが、今にしてみれば、シーツと洗濯紐で縛ってでも病院に連れて行けば良かったと思っている。
「セキさんの病気ですが、治療のためには、一度、お生まれになった国へ帰られる事をお奨めします。とにかく、このまま放置していては、良くない方へ進行するばかりですので」
そう言って始まった医師の遠回しな説明を、法的責任に関するアレコレを除いて言えば、次のようになる。
まず、セキの病気は、セキが生まれた国では一般的だが、この国で同じ病気に罹る患者は滅多にいないということ。
続いて、根源的な治療法として投薬治療があるが、この国では治療に使う特効薬の輸入が法律上、許可されていないため、国内では治療することは出来ないということ。ただ、もし国外での治療を望むのであれば、医師への紹介状を書くということ。
セキは、私やミキをこの国に置いて行く事に不安を感じていたようだったが、今は自分の事に専念して病気を治す事を優先して欲しいと言ったら、何とか納得した様子だった。
「分かりました。では、紹介状を用意しますので、ロビーでお待ちください」
こうして、セキは祖国へ一時的に帰る事になった。いつでも行き来が出来るようにと、旅券の更新は怠っていないし、ひと月も掛からない滞在になるだろうから、税関で怪しまれる事も無いだろう。何より、紹介状をだってある。
「情けないな。父親として、家族を守らなきゃいけない立場なのに」
「何、言ってるの。父親である前に、一人の人間なんだから、体調を崩すのは当たり前じゃない」
「でも、恥ずかしいよ」
「堂々としてれば良いの。セキは、周囲の目を気にし過ぎ」
「ミネは、少しは気にして欲しいけど。――ッタ!」
憂鬱が憂鬱を呼ぶ、鬱屈スパイラルに陥りそうになったので、私はセキの臀部を平手で叩いて活を入れた。病人に鞭打つように見えるかもしれないが、これは、私なりの愛情表現、いわば、愛の鞭なのだ。




