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悪役令嬢の私がただのツンデレになったのは、婚約者の貴方のせいよ!(連載版)  作者: 遠出八千代
悪役令嬢の私がツンデレになったのは、貴方のせい!
15/23

彼の職場を見学しに行こう


 板張りの薄暗い個室。ボロボロの板と板の隙間から、木漏れ日が幾重にも差す。


 いくら工場の中とはいえ、経営者の一室にしてはあまりにお粗末な部屋だろう。

 ここからでも壁伝いから機織り機のガタンゴトンという音がリズミカルに聞こえてくるほどだ。

 こんな一室を使う経営者がいるとすれば、工場の経営状態がよくないか、あるいは社長室に回す資金を整備費に当てる善人か。まぁ、どちらでもかまわない、資金が必要なのはどちらでも同じだろうから。


 私は机越しの彼の手元に、わざとらしく羽ペンと羊皮紙を転がす。


「それでは、この契約書にサインしてくださる?」

 

 彼はうなだれて、目の前の契約書をじっと見つめていた。


「…こんなこといくら貴族でも許されるわけがない」

 それが許されちゃうのよ。私大公の娘だから。

「そんな口の聞き方よくないわ。これから運命共同体になるというのに。仲良くやっていかなきゃねぇ」

「私だけなら別に構わない。だが、娘がこんな条件飲めるわけが…娘は今、大事な時期なんだ」

「安心なさい、何もとって食おうなんて思ってないから。それにいい話じゃない?こんな低金利の融資を受けられるなんて」

「それは、そうだが…」


 彼は何か我慢するように、振り絞って肯定した。

 私は自分を演出するため、東洋から取り寄せた扇で口元を隠す。

 こうすると目つきが鋭く見え、より一層悪人らしく見えるのだ。


「貴方も、貴方の奥さんも、娘さんも皆幸せになれる。貴方が条件さえ飲めばね」

 私は自分の心を切り離し、出来る限り冷徹に、それでいて興味のない様な口調で告げた。


 彼は私の問いに答えることなく、苦虫を噛み潰したような表情でたどたどしく用紙にサインをする。

 それが答えのようなものだった。

 似た様なことをやり慣れているとはいえ、毎回気分のいいものではない。

 きっと、この人に一生恨まれるだろうな。

 全く嫌な役回りだ。


「予定より早く終わったわね」

 交渉を終えた私は工場から外に出る。

 まだ昼下がりの午後だ。空にたたずむ太陽は、沈み始めてすらいない。

 先ほどの交渉で今日一日拘束されるだろうと踏んでいたから、嬉しい誤算だ。

 早速私は馬車に戻り、待機していたダーチャに話しかける。

 彼女にはある調べものを頼んでいた。


「そっちの方はどうかしら、ダーチャ」

「調べるのにまだ時間がかかりそうです。最低でも後ひと月は必要ですよ」

「もうちょっと何か出てきてもいいとは思うのだけどね…」

 どうやら、収穫はないようだ。焦って彼に感ずかれるのもよくはないだろう。


 あの日。

 修道院で聞いた話からわかったことがあった。


 どうやら以前あの土地を管理していたカルロンゾ公爵は、修道院から子供を引きとっていたらしい。

 その子供は『カルロンゾ公爵の現息子、ギュソー』だった。


 私もそれには驚いた。あのギュソーがなんて…彼はこれまでそれをおくびにも出さなかった。

 同時期に私と修道院にいたはずなのだが、正直彼のことを覚えていない。

 彼自身も隠していたことなのだろう。それを告げられたことすらない。

 調べたが、公式にも記録はなく、ギュソーはカルロンゾ公爵の血縁ということになっている。そして、それ以上のことはほぼ調べがつかなかった。

 

 先ほどの情報だけでも調べるのにかなりの時間を要した。


 どうやら、修道院の内装を修復した時、それ以前の孤児の名前を記録する名簿が無くなっていたらしい。さらに当時の関係者はほとんど亡くなっていた。私が世話になった神父やシスターでさえ…

 憶測だが、彼に消された可能性すらある。

 …もしそれが真実なら、私は彼を絶対に許さないだろう。

 

 現時点でわかっていることは--

 彼が一体何者なのか、未だ定かではないということだ。

 


「わかったわ、ならそれまでにギュソーやあの男爵令嬢には会わないように注意しなくちゃ。舞踏会やお茶会にも極力参加しないようにしないと…」

「来週の社交界はどうしますか?」

「ああ…そうよね」

 そう、来週は社交界がある。私が待ちに待った。


「そんなの…絶対参加するにきまってるじゃない」


 ダーチャは困った顔をして、先ほどの二人のことを念を押してきた。

「大丈夫でしょうか、正直に言うと私は不安です」

「さすがにあの二人も社交界には出てこれないわ、心配しすぎよ」

「だといいですけど…」

 ダーチャは弱っている様子だった。私が社交界に行くのを控えてほしいのだろう。

 だが、彼女の心配とは裏腹に私は社交界に早く行きたかった。


 私達が来週向かう場所は、海の近くのリゾート地として様々な貴族や他国の王がお忍びで来る有名な町だ。実は私達の結婚式が持参金やら参加者やらの調整で、数ヶ月くらい先になりそうなのだ。だからすこし早いハネムーンとして行っても、バチはあたらないだろう。当日はさっさと挨拶回りを終わらせて、彼と一緒に観光旅行をしたい。それが本音だった。


 そして社交界は未婚の人間は行くことはできない。少なくとも婚約しなければならない。


 私達のように。


 若者しかいかない舞踏会とはわけが違う。

 社交界は貴族の華だ。

 貴婦人や貴族、皆一流の人間が集う場所でもあり、国の政がそこで決められるなんて噂も耳にした。

 実際はそんなことはないだろうが…

 

 筆頭貴族であり、裏で色々やっている私だって今回始めていく。

 厳格な場所であることから、これまで一度だって未婚の人間が来たことはない。

 だから、あの男爵令嬢とギュソーでさえ来れる筈がないのだ。

 そういう意味でも安心していい。



 そして私とマルテッロが正式に婚約したことを、初めて社会的に披露する場所になるだろう--



「ふふ、楽しそうですね」

「えぇ?そんなことない…と思うわ」

 確かに、彼女の言う通り、はやる気持ちが抑えきれないのかもしれない。


「時間もあることだし、社交界のために服でも見に行きましょうか」


 私がダーチャにそう提案すると、彼女はそういえばと、何か考え事をして言葉に詰まっていた。

「マルテッロ様が勤める騎士団がここから近かったと思います。これから拝見しにいきませんか?」


「え?!い、いえ。良いわよ。そんなの迷惑になるでしょ?彼も仕事中だし」

「今日は訓練のはずですよ」

「……へ、へぇ。ならちょっとだけ、彼の休憩中にでも顔を見せに行くのもいいかもね」


 本音を言うと、彼の職場に行くのはまんざらでもない。

 実は以前から興味があった。

 ボヤーとしている彼の仕事姿なんて見てみたいかも、と。


 しかし、彼女はなぜそこまで詳しいのだろう。

 私のために調べてくれたのだろうか?



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