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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第一章 山ノ国編
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第九話 国境の町ウロ

 まだ朝露が乾かない時間。


 着慣れない服装に身を包んだハツメは、二人に遅れないよう必死に歩いていた。


 歩きづらい。


 上は衣、下はくるぶしまでの袴。裾がきゅっと締まっているため儀式用の袴よりはましなのだろうが、何せ男物である。加えて頭と顔半分を頭巾ですっぽり覆っているので、視界も心許ない。


「あともう少しで国境らしいから、頑張れ、ハツメ」


 時折振り向いて声を掛けるアサヒも袴姿だ。

 先を行くシンもまた然り。


 これらの服装は山ノ国のものだ。


 シンとアサヒの錫ノ国との関係はもちろん、谷ノ国から来たということもまだ隠しておくべきだとシンは言っていた。


 服装は事前にシンが準備していたのだが、当初はハツメがいる予定ではなかったために女物は持ち合わせていなかった。当然である。したがって男物を着たハツメだったが、顔立ちで浮かないように頭巾を被っているのだった。


 根気よく歩いていると段々と針葉樹が減っていき、視界の先に大きな岩山が見えてきた。視界を遮るように左右に伸びるその岩山のやや中腹に、大きな門が見える。


「あれが山ノ国の国境です」


 シンが指差した。


「山ノ国は険しい山脈が自然の国境をつくっていると聞いていたが、こうして一部のみ切り拓いて外界と繋がっていたのか」


 これは凄い、とアサヒは感嘆の声を漏らした。


 立派な木材を組み上げて造られた門だが、屋根には黒い板を何枚も積み重ねてある。アサヒに聞くと、あれが瓦なのだそうだ。


 門番に会釈をし門をくぐる。

 ハツメを年端もいかない男子と思ったのかシンのやり取りが上手だったのか、何も言われない。


 ほっとして門を抜けると、ハツメは思わず息を飲んだ。眼前には、均整の取れた美しい町並みが広がっていた。


 これが山ノ国唯一の国境の町、ウロ。


 胸が熱くなる。


「凄い……」


「本当だ。絶景とは聞いていたけれど、これほどとは思わなかったな」


 アサヒも思わず目を奪われる。


「ねぇアサヒ。殆どは木材が使われているけれど、壁が白いところ、あれが漆喰というものなの? 先ほどの瓦も、広く住居に使われているのね。何より通りが均一された街並み、なんて美しいのかしら」


 はしゃぐハツメに、アサヒは一つ一つ丁寧に答えていく。住居や町の詳しい構造について話しているうちに、シンの案内で宿屋に着いた。


「今日はここで宿を取ります。まだ昼ですが、どうかゆっくりとお寛ぎ下さい」


 シンが手早く荷解きを始める。


「シン、お願いがあるのですが」


「何でしょう、ハツメ様」


「私の服装、女物を仕立てても良いですか? あまりにも動き辛くて」


 正直なところ違和感だらけなのだ。


「もちろん大丈夫ですよ。ただ、私はこれから鹿肉の加工と角や毛皮を売りに行こうかと思っておりました。情報収集を兼ねますのでやや時間が掛かるかと……」


「それなら俺がハツメに付いていく。なに、面倒事さえ起こさなければ大丈夫だろう」


 アサヒの提案にシンはしばらく悩むと、


「必ず二人で行動して、真っ直ぐ帰ってくるのでしたら良いでしょう。ただ、本当に面倒事は気をつけて下さいね」


 と渋々許可をくれた。


「大丈夫、アサヒから絶対離れないし、寄り道しませんから!」


 ハツメは意気揚々と出掛けるのであった。


 国境の町ウロは交通の要なのだろう。沢山の人が往来できるよう道は広くとられ、商店や宿が立ち並んでいた。がやがやと活気がある。


 少し歩くとすぐに呉服屋を見つけた。出来るだけ安いもので数を作ろうと思いつつ、アサヒを振り返ると……


 様子がおかしい。


「アサヒ! どうしたの!」


「ごめ…… 目の前が…… ちかちかする……」


 アサヒはぐらぐらする頭を押さえ、今にも倒れようとしている。

 ハツメは慌てて駆け寄り、アサヒを支える。


 身体が異常に熱い。


 焦点の合わないアサヒの目を覗くと、一瞬、炎がちらついたように見えた。


「アサヒ……?」


 そのままアサヒは気を失ってしまった。

 力の抜けたアサヒは重い。


 どうしよう。

 シンを呼ぶ? どうやって?


 どうすれば良いか必死に考えるハツメ。


「おおい小僧、大丈夫かぁ?」


 振り返ると品のあまり良くなさそうな男が三人、こちらを見ていた。


 そうか、今は男の格好をしているのだったとハツメは思い出し、ここでこの男たちと関わって良いのかどうか悩む。


「もし連れが大変なら、面倒見るぞぉ? 手持ちの金をくれたらな」


 ああ、こいつらは駄目だ。無視しようと視線をはずすが、男たちはじりじりと詰めてくる。


「人が親切で言ってるのに、失礼な小僧じゃねぇか、ああん?」


 肩を掴まれようとしたその時、


 ぱんと張りのいい音が響き、男の前を一本の矢が立ちはだかった。

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