第八十三話 思わぬ協力者
ハツメたちがハクジの砦を見て行ってから数日後。
その日の昼食はアサヒの強い希望で海鮮丼を食べに行った。
豪快に出された海の幸。ハツメも初めての生魚に目を輝かせた。
丼ぶりを前にして質問ばかり口にしたが、アサヒはそれに一つ一つ丁寧に解説した。生きたまま魚を輸送する方法も含めて、懇切丁寧に。
その間トウヤはというと、この男はハツメ嬢に対してだけは過保護だよな、と生温かい視線を送りながら、律儀にその会話が終わるのを待っていた。
そんな一幕もあった昼食を終え、キキョウの研究室に帰る。
あてがってもらっている自室に戻る前にキキョウに声を掛けようと大部屋を覗くと、珍客がいた。
「あっ戻ってきた! こんにちは、ハツメお姉ちゃん」
「……ケイ?」
机に両肘を付き、二つの小さい手の平に顎をのせたケイが朗らかな声を上げる。
部屋の戸を開けたまま戸惑う三人。
ケイは悪戯が成功した子どものように、ふふふ、と笑いをこぼしながら椅子から立ち上がる。
化粧のほどこされた顔はいつも通りだが、服装は芸者のものとは異なり、薄紫色の着物だった。
「なんか君たちが来てから賑やかになったねぇ」
ケイとは少し離れた窓際で、キキョウは疲れたように茶を啜っていた。
「どうしてここに……」
「ちょっと偉い人にお願いして、出入りの許可証を作ってもらったんです。本当は入学でも良いよって言ってもらったんですけど、講義受ける時間もないですし」
今にも飛び跳ねそうな上機嫌のケイ。旅芸者が凄いのかケイが凄いのか。多分ケイなのだと思うが、それにしても何故そこまで。
「あたし、ハツメお姉ちゃんともっと仲良くなりたくて。国を越えて会える友達っていないんです。あたしハツメお姉ちゃんのこと好きだし、それに」
ケイが魅惑的な目でハツメを見つめる。
「力になれると思います、ハツメお姉ちゃんの。探してるんですよね、神宝」
確信を持った様子でケイはにっこりと笑う。くっきりと引かれた目尻と唇の紅が、成人に満たないケイの可愛らしい顔に大人っぽさを添えていた。
どうやらケイは色んな噂を聞くうちにハツメの正体に勘付いたらしい。それでも仲良くしたくてキキョウの研究室に半ば無理矢理押し入ったところ、四神信仰の書物を見つけて確信したようだ。
「それくらい情報は入ってきますから、皆さんのお力にはなれるのではないかと思った次第です」
胸を張って話すケイ。
「分かってると思うんだけど、私たち命を狙われているのよ」
「大丈夫です。いざとなかったら逃げられますから」
言い聞かせるようにハツメが言っても、ケイは折れなかった。いつも一人で国を回っているようで、自衛の手段はあると自信ありげに語っていた。
「ありがとう。でも程々にしてね」
あまりにも勢い付いたケイの様子に、それぐらいしか言えなかった。
その後は、アサヒが先日知り合ったという人間と手合わせに行くと言い出した。その知り合った人間が錫ノ国の者だと聞くと、トウヤもまた付いていくと言って、二人とも外出した。
残ったハツメは四神信仰の書物をめくりながら、ケイとお茶を飲んでいる。さすがに空気も寒くなったため、淹れるのも冷茶から熱い茶に代わった。キキョウは面倒くさがるので、淹れるのは大抵三人かルリだ。三人は居候の身なので何ともないが、ルリは大変なのではないかとハツメは思う。掃除婦のはずなのに、キキョウやミヅハの雑用ばかりやらされているように感じる。特にミヅハに至っては休日も彼女を連れ回すようだから、ハツメからすれば不憫に思う。ルリはどう思っているのだろうか。
「ああ、お茶っ葉の予備なかったんだ。今日ミヅハくん来るかなあ。なかったらどやされそう」
ハツメに言われ予備の茶葉を探していたキキョウだったが、結局見つからなかったようだ。
部屋の端でぼやくキキョウの言葉に、ケイがぴくりと反応する。
「ミヅハって、ミヅハ王子ですか?」
「知ってるの?」
「ええ。だって錫ノ国の第三王子でしょう。自国の王子の名前くらい、常識ですよ」
ケイは目を細めると、茶菓子にと出していたあられに手を伸ばす。どの色にしようかな、と言いたげにケイの指が薄桃、緑、白のいびつな粒の上で踊る。
「ケイの出身って……」
「元々は錫ノ国です」
ケイは白の一つを選ぶと、ひょいと小さな口に放り込んだ。さく、と歯があられを割る軽い音がする。
「そういえばミヅハ王子、八歳の頃から留学してますものね。本当に優秀な血筋なことで。ハツメお姉ちゃんはお会いになりました?」
「ええ。ちょっと不思議な人だったわ」
「そうなんですか。国王陛下の小さい頃にそっくりって言われてるから見てみたいんですけど、じゃあやめておこうかな」
ちょっとだけ拝見したことあるんですけど、陛下って美形なんですよ。そう言ってケイは少しだけ口角を上げる。その美形という言葉にミヅハの顔を思い出して、ああ、とハツメは納得した。
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