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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第二章 花ノ国編
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閑話 秋、女皇の自室にて

 窓から入ってきたひやりとした風が、少女の頬を撫でる。

 今日は日の照る良い天気だというのに、随分と涼しい季節になったものだ。こうやって窓を開け放していられるのも今のうちかと少女が自室から外を眺めれば、自慢の庭園に黄金の絨毯が広がっていた。


 また一つ、ひらりと落ちる銀杏の葉を見ながら、レイランはつい一週間前まで毎日のように一緒だった友人たちに想いを馳せる。


 ヒメユキによると、ハツメたちは錫ノ国の一群から無事に逃げ切ったらしい。ただ一人だけ、従者のシンが川に落ちたと聞いたが、あれからどれだけ探させても彼は見つからなかった。ここから手の届かぬほど流されたとすれば、あとは海ノ神がその慈悲の手で彼の命を掬い上げて下さることを祈るばかりだ。


「こんにちは女皇様」


 耳に心地良い、軽やかな声が響く。レイランが部屋の入り口に目を向ければ、文官姿の美女が立っていた。


「ミヤ。もう傷は大丈夫かの?」


 ゆったりとした動作で近付いて来るミヤにレイランは心配そうに声を掛ける。目立つような外傷はないが、危ないところであったとヒメユキに聞いていた。


「ええ。今回も黒衣の王子様に助けられたから」


 そう言いながらミヤがレイランの隣を見やると、そこには相変わらず冷静な顔のヒメユキが控えていた。自分を見つめる猫目に向かってにこりとミヤが笑いかければ、彼はすいっと視線を逸らした。


「ふふ。ここに書類置いておくわね。……あら、女皇様のお手持ちのそれは贈り物か何か?」


 レイランが手に取っていたのは、組紐で編まれた可愛らしい花のかんざしが一つと、白の上品な香り袋が一つ。

 ミヤの言葉を受けたレイランは目を輝かせた。


「よくぞ聞いてくれたミヤ! 扱いに困っておるのじゃ。兄者、ミヤの分も茶を淹れておくれ」


 渋るような顔をするヒメユキに、レイランはずいっと顔を近づけ大きな目を数回瞬かせる。結局妹のおねだりに負けた兄は軽く息を吐いて、茶会の準備を始めた。




 突然茶会が始まるきっかけになったそれらは、ハツメの忘れ物。青狼蘭の儀のため御所で着替えた際に、普段着と共に置いていったものだ。


 茶会用の丸机に移動し、レイランとミヤは向かい合うように座る。レイランは二つの贈り物の品を指差しながら話を切り出した。


「こっちの香り袋はトウヤからハツメへの贈り物でな。こっちのかんざしは知らんが……」


「大方アサヒ君かしらね」


 ミヤが面白そうに口の両端を上げる。化粧が薄くなってもこういった表情には元々の色気が出るのか、艶やかだ。


「そう思うじゃろ? 海ノ国にいるわらわの師のところに送ろうかとも思ったのじゃが、何だか双方に水を差すみたいでな」


「そうねぇ。お互い一から頑張らせたら良いんじゃない?」


 割と突き放すような言い方のミヤに、レイランはそれもそうか、と納得する。


「そうじゃな。ハツメも、アサヒの気持ちには気付いてそうじゃが……」


「トウヤ君の方はね。あの子もてそうだけど、結構純情よねぇ。押せるのかしら」


 頬に手をやり、ふう、とミヤが息を吐く。仕草ほど困っている様子でもなく、その顔はむしろ恋愛話を楽しむ女子特有のもの。そんな彼女の意味ありげな発言に、レイランは食い付いた。


「そうなのか?」


「ええ。裏町の妖が引っ掛けようとした殿方は数多し。でもその中で、妖自ら手を引いた唯一の男の子がトウヤ君よ」


「ほう」


「その香り袋の中、沈丁花でしょう? 彼ったら……」


「ミヤ。あまり変な知識をレイランに与えないでくれ」


 加熱する女子同士の会話を、むすっとした表情のヒメユキが窘めた。


「何よう。皇子様こそ、そんなお堅い感じで結婚とかしないわけ? 妹が可愛いのも良いけれど、このままじゃあねえ」


「確かに、このままではわらわの方が先に結婚しそうじゃのう」


 うんうん、と頷き合う女子二人。


 ヒメユキが何か言い返そうと口を開いたとき、ミヤが先に席を立った。


「じゃあご馳走様でした。続きの執務があるから、失礼するわね」


「またの、ミヤ」


「ありがとう女皇様。皇子様も」


 ミヤはレイランに柔らかく微笑んだ後、ヒメユキを見てぱちりと片目を瞑る。

 彼女が軽い足取りで席を離れ、一礼して出て行った後、レイランがヒメユキを見る。


「兄者。わらわは身分差結婚も良いと思うぞ。まあ身分差とか言うこと自体が古い考え方じゃな。代々武官や文官に就いている良家の娘のようなお高くとまった奴よりは、よっぽど賛成じゃ」


「……レイラン」


 ころころと上機嫌に笑う妹を見て、ヒメユキは弱り切ったように眉を下げる。


 いつからそんなことを言うようになったのか。やはりミヤを御所に入れたのは失敗だったかと、彼は遠くを見やった。



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