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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第二章 花ノ国編
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第五十五話 食事会

 青狼蘭の儀に向けたハツメの稽古は続く。

 せっかく御所に来るならたまにはと、本日は稽古後にハツメと皇族の兄妹とで夕飯の席を共にしていた。

 アサヒたち3人は別で飲みに行くとのことだ。


 普通の感覚からすれば皇族と食事など考えられない。

 喉を通さないばかりか口を開くことさえ憚られそうなものだが、その辺りはハツメの育った環境が良い方向に働いているのだろう。

 実際レイランもヒメユキもいつもと違う食事を楽しんでいた。


 基本的にヒメユキはレイランの側近として動いているが、食事は一緒に摂ることもあるようだ。その話を聞いたとき、レイランはもちろん女皇だが、ヒメユキも皇子なのだなとハツメは改めて思った。


「しかし、舞踊の方も上達してきたの。ハツメ」


「お陰様で。こういうのはあまり得意ではないのだけど」


 綺麗な箸づかいを見せながら話し掛けるレイランに、ハツメはお吸い物を一口飲み込んでから答える。


 正直、芸事よりは剣を振る方が向いているとハツメは考えている。


「向き不向きといえばそうかもしれないが、形にはなっている。このままいけば大丈夫だろう」


 ヒメユキがこれはまた美しい所作で箸を伸ばしながら、ハツメに言った。


 稽古場でもヒメユキは過剰に褒めない。彼は基本的に公平に冷静に物事を見て発言する。

 その基本が少しだけ外れるのが、レイランに対してだ。つまるところ彼は妹が可愛くて仕方がない。


「そういえば」


「なんじゃハツメ」


天比礼(あまのひれ)ってどうして生まれたの?」


 前から思っていた疑問だ。

 天剣(あまのつるぎ)は山ノ神と火ノ神の喧嘩の末に山ノ神の血から生まれたものだが、花ノ神はその喧嘩が起こる以前には、既に谷ノ地を出ている。そういうこともあって、ハツメにはなんとなく他の神が関わっているような気がしなかった。


天比礼(あまのひれ)は花ノ神の演舞から生まれたものだ」


 レイランの代わりにヒメユキが答える。


「花ノ神は自由奔放、周りのことは一切興味がなかったといわれているが、芸事や美に関しては熱心でな。花ノ神が舞った際、その動きとともに美しい青色の糸が紡がれ、それを織ったものが天比礼(あまのひれ)といわれている」


「それで花ノ神の象徴は青なのですね」


 ハツメは納得した。




 団欒の食事も終わり、御所の帰り。

 時間も遅いため兄妹の好意で牛車を使わせてもらい、ハツメは家に着いた。

 使いの者に丁寧に礼をして見送り家の中に入ろうとすると、背後から声をかけられた。


「ハツメお姉ちゃん」


 振り向けばケイがいた。

 今日も鮮やかな化粧で可愛らしい顔を彩っている。


「ケイ。どうしたの、こんな時間に」


「ハツメお姉ちゃんにどうしても会いたくて。……良かった、会えて」


 ケイは少しほっとしたように笑う。


「あたし、花ノ国を出ることになったんです。今度は海ノ国に行きます」


「そうなの……」


 一緒にいた時間は長くないが、それでも会えばよく話したし、ミヤのことが分かったのもケイのお蔭だ。

 いなくなるのはやはり寂しい。


「寂しくなるわね。そういえば、ミヤのこと、ケイのお陰で解決したのよ。ありがとう」


 ハツメが笑顔を見せればケイも目を輝かせて、


「良かったです。ハツメお姉ちゃんのためになるなら何だってします、あたし」


 そう言って両こぶしを胸の前でぎゅっと握った。


「大袈裟じゃない?」


「そんなことないですよ。……ハツメお姉ちゃんは海ノ国に行くことありますか? また、会えますよね?」


 寂しそうにハツメを覗くケイの目は少し潤んでいて、年下ながら妙に色っぽく見える。


「そのうち、海ノ国にも行くと思うわ。会えたらいいわね」


「声、掛けて下さいね」


「もちろん。ケイもね」


 分かりましたと微笑むと、ケイは手を振って去って行った。


 涼しい夜だ。

 このまま暑い日も少なくなり、秋が近付くのだろうかと考えながら、ハツメは玄関に手を掛ける。

 まだアサヒたちは帰ってきていないらしい。でもそろそろなはずだから、明かりをつけて待っていようとランプに手を伸ばす。

 柔らかい橙の光が部屋を包む中、ハツメは椅子に腰かけうとうとと眠りに落ちるのだった。

お読み頂きありがとうございます。

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