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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第二章 花ノ国編
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第五十二話 アオイ草原

 都の北門を出て、土が踏み固まった広い街道を進む。ハツメが視線を落とせば、街道内には石ころ1つ落ちていないことに気付く。ケイの話ならこの街道は海ノ国に繋がる要道だ。都に近いこともあり、整備に余程気をかけているのだろう。


 ほどなく歩くと、街道の周囲に膝丈ほどの草原が広がった。様々な植物が個性豊かな花実を付け、新緑の絨毯を彩っている。最初に驚くのはその種類の多さ。この気候条件に合わない植物などないかのように、実に多種多様だ。


 適当なところで、ハツメ、アサヒ、シンにトウヤが加わった一行は草原に腰を下ろす。今日の目的は以前話していた、旅での手っ取り早い金銭の稼ぎ方を教わること。今だけは師であるシンが口を開く。


「私が昔行商をしていた頃、採集した薬草を主に取り扱っておりました。自生しない地域に持っていけば高く売れますので」


「なるほど」


「ですから今日は薬草の見分け方、採集・保存の仕方、売り方についてお話しさせて頂きます。難しくないのでお寛ぎながらどうぞ」


 これなら大勢の人と関わらなくとも金銭を得られるし、今のハツメとアサヒにはぴったりの稼ぎ方だ。ハツメはそう考えながら、シンの話に耳を傾けた。




 ある程度の話が終わると、皆思い思いに草原で過ごしていた。


「トウヤ、山ノ国のみんなって息災なのよね」


 そういえばちゃんと話せていなかったな、とハツメは近くの草むらに向かって声を掛ける。トウヤは最初のシンの話に耳を貸しつつも、草原に着いてからはずっと寝そべって読書をしていた。ハツメの声にトウヤは顔を上げると、草むらの隙間から笑顔を見せた。


「ああ。ヒザクラも全快して復帰済みだし、双子も相変わらず元気だぞ。チガヤ様も百寿をお迎えになった」


「神伯の仕事はどうなったんだ」


「ヒザクラが神伯代行を代わってくれてな。ありがたい友人を持ったものだ」


 横からのアサヒの問いに答えたトウヤが目を細めて、遠くを見やる。

 ああ、故郷を思う人の顔だな、とハツメは思った。




 ハツメは立ち上がり、見晴らしの良い草原を見渡す。


 街道の先には大河が流れ、その上を真っ直ぐに横切る大橋が架かっていた。花雲閣からも見えたその橋は木材で丈夫に組まれており、その色調からは大陸の長い歴史の中、国同士の拠点を繋ぐ重要な役目を担い続けているのが分かる。


 橋を越えても草原は広がり、平野に続く街道の左手には小高い丘がある。ここから見えるだけでも、少なくとも丘の上までは草原が広がっているようだ。


 彼女が再び後ろを振り返ると、トウヤは読書に戻り、アサヒは採集した薬草を見比べながらシンの話を復習していた。シンはそんなアサヒの様子を穏やかな表情で眺めている。シンの視線に気付いたアサヒが顔を上げた。


「どうした、シン」


「いえ、懐かしいなと思いまして」


 心が凪いでいるようにシンは続ける。


「私もアサヒ様くらいの歳まではこうやって過ごしていたものですから」


「そんな中で、どうして母上の側近になったんだ」


 アサヒの何気ない質問に、シンは一度目を瞬かせる。


「……そうですね、もう8年も前のことになります。行商で錫ノ国に滞在していたときです。私はよく王族の宮殿内にある保有森に忍び込んで採集をしたり狩りをしたり、まあ要は遊んでいたんですよ。私からすると穴場だったもので」


「でもそれは……」


「ええ、見つかったら死罪です」


 シンが苦笑する。


「そこでアカネ様と出会いましてね。アカネ様は私を死罪になさらず、しばらくお話するうちに……まあ色々ありまして、主従関係を結ばせて頂いたのです」


 そう語る表情には懐かしむだけでない、なにか他人が易々とは触れられない何かが含まれていた。


「それにしても、シンにもやんちゃな時代があったんだな」


「そうですね。当時は今のアサヒ様と同じ16歳でしたが……確かにやんちゃでした」


 シンはくつくつと喉の奥を鳴らす。彼にしては珍しい笑い方だった。




 その晩、アサヒがちょうど寝床に入ろうとした時だ。

 久しくみられなかった異能の力が発現した。

 アサヒはすぐさま受け入れ、そのまま寝床台に寄りかかる。




 意識を取り戻せば、明かりのない廊下を歩いていく1人の後ろ姿が見えた。

 その人物の持つ灯だけを頼りにアサヒは目を凝らす。背丈は低く、被衣(かつぎ)を羽織っているために性別は分からない。


 このまま辺りを探りながら前の人物に付いていく。木造の廊下は幅も天井も狭い。地下のようだ。

 しばらく進むと人為的に造られた廊下は途絶え、そのまま湿った地下洞窟へと繋がっていた。


 この人物はこんなところで何をしているのだろうか、そうアサヒが思っていると花の香りが漂い始める。

 ここ最近のあれこれで花の香りが苦手になったアサヒだが、この香りは不思議と嗅いでいられた。


 前を歩いていた人物は洞窟道の途中で立ち止まり、左方を見やる。その視線の先は自然の地下洞窟の中に造られた大きく、厚みのありそうな鉄の扉だった。扉には簡素だが、丁寧な紋様が描かれている。


 アサヒがそこに追い付き、被衣(かつぎ)の人物を覗こうとしたところで、意識は途絶えた。




 アサヒは再び瞼を持ち上げる。寝床の中だ。

 重たい身体を起こすと、トウヤが手元の本からアサヒに視線を移した。


「起きたかアサヒ」


「……悪い。移動させてもらったんだろう」


「気にするな。以前もあったやつだろう。時間もほとんど経っていないから安心するといい。……何か緊急の案件か?」


「いや、正直なんだかよく分からなかった」


 アサヒが普段の口調で答えれば、トウヤもまたいつも通りにそうかと頷いた。


「夜が遅いことには変わりないからな、今日はもう寝よう」


 そう言ってトウヤはランプの明かりを消す。

 彼が聞かずに寝るならばと、アサヒもさきほど見た内容は一旦飲み込むことにし、そのまま就寝した。

お読み頂きありがとうございます。

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