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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第二章 花ノ国編
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第五十一話 応戦

 夜半、北西区の路地。

 突然現れた見知らぬ男に錫ノ国出身のならず者、いや、ならず者を装った兵士たちは混乱する。

 だが取り乱しても仕方がない。明らかなのは屋根上にいた同僚たちが全員やられたという事実。


「くそっ! あいつも殺――ぐああっ!」


 言い切るより先に、真っ先に剣を振りかざしたシンによって男は倒される。

 それを合図に混戦が始まった。


 シンは敵を切り伏せながら路地を駆ける。

 1人たりとも逃してはいけないのだ。

 月明かりとわずかな街灯だけが頼りの薄暗い中、五感を研ぎ澄ませながら周囲を見やる。

 また1人見つければ、相手はシンに一太刀浴びせようと切りかかってくる。造作もなくシンは男を薙いだ。


「しかし、邪魔なのだが」


 シンは視線を前に向けたまま、自身の背後に立つ女に冷たく言い放つ。


「その場で最も強そうな殿方に付いていくのが正解でしょう」


 自衛よ自衛、とミヤは苛立つシンの顔を覗き込み、挑発的に笑った。真っ赤な紅が妖しく光る。


「アサヒ様たちがいなければお前も切っているところだ」


「それはあの子たちに感謝しないとね――あらあら」


 軽口を叩いているミヤだが、背後から飛び出した男に小太刀で応戦する。

 裏町の派閥をまとめ上げているだけはあるのだろう、綺麗につくった表情を崩すことなく男の喉元を掻き切った。




 アサヒも潜んでいた男たちと対峙していた。

 自身に対して男たちが攻めあぐねていることに違和感を覚えながらも、迷わず地面を蹴り彼らを薙いでいく。


 山ノ国を出てからもシンのもとで訓練は続けている。とにかく強くならねば。コトブキ戦において自分1人では三剣将や第一王子に全く歯が立たなかったことに、アサヒは危機感を感じていた。


 線を描くようにアサヒが剣を振れば、眼前の敵は地面に突っ伏し血を滲ませる。

 彼を囲んでいた最後の1人が苦々し気に、


「こいつを無傷で連れ帰るなど無理に決まっているだろう!」


 そう言ってやけになり突っ込んできた。

 集中力を失った剣をかわし、一振りで相手を仕留める。

 動かなくなった男を見下ろしながら、アサヒは彼の最後の一言を反芻する。


「無傷で連れ帰る……? どういうことだ」


 仮にも第二王子だからという理由ではないはずだ。歓迎されるわけがない。

 どう想像しても分からない男の言葉が嫌に引っ掛かった。




 アサヒが周囲の男たちを次々と切り伏せている間、ハツメもまた幾人かによる襲撃に応戦していた。

 ここでも天剣(あまのつるぎ)は使わない。というより、使えないのだ。


 ハツメはコトブキ戦にて天剣(あまのつるぎ)の力を行使したことを何ら後悔していない。しかし、力を行使した先に何があるのか未だ解りかね、一度は振るうと決めたはずのこの剣に恐れを抱いていた。あの第一王子の苦しみ方が異様だったこともある。


 とはいえ通常の剣であっても戦い方は変わらない。

 数人を切り伏せて、最後か、と右側に立つ男と目を合わせる。


 瞬間、斜め頭上からの矢が男の胸を射抜いた。

 そのまま男はほんの短い間呻いた後、呆気なく地面に崩れる。

 ハツメが屋根上を見上げると、彼女を見ていたトウヤが良い笑顔をつくり、ひらひらと手を振った。




 錫ノ国の兵士たちを一掃したハツメたちはトウヤとの再会の挨拶を一旦置きつつ、彼らの本来の狙いだったミヤと別れる。

 なんと彼女はトウヤのことも引っ掛けようとしたことがあったらしく、2人は顔見知りだった。お互い何も気にかけていないようで、アサヒはその様子を解せないといった面持ちで眺めていた。




 せっかく合流したのだから寝食も共にしたい。

 そういうトウヤの声で、借家に住民が1人増えた。


 だがそうなると、部屋が1つ足りない。色々と話した末、アサヒとトウヤが同室になった。はじめはシンが同室を申し出たが、アサヒはそれを断った。その時の「久しぶりにゆっくり話したい」という理由は半分本音で、半分建前だ。我儘は承知だが、アサヒは何となく、トウヤを自分の見えないところに置いておくのが心配なのだ。


「ハツメ嬢はこの隣か」


 そう、この男は部屋に着くなりすぐにこういうことを言う。


「だからどうした」


「冗談だ、そう睨むなアサヒ。いや、よく1つ屋根の下、隣同士で……と思っただけだ」


 話の後半を濁したトウヤだが、その意図は分かりやすい。同居人の居住空間をつくりながら、アサヒは彼を半目で見る。


「あのな。俺は10年間同じ家に住んでいたんだぞ。部屋を同じくしたことも多々ある」


「それは……すまなかった」


 心底気の毒そうに見てくるトウヤに、アサヒは溜息を吐いた。同情などされたくないし、2人きりで話したかったこともそれではない。アサヒは移動させた自分の寝床にどかりと腰掛けると口を開く。


「それよりだ。お前がハツメに渡した白封筒の中身って……」


 おおあれか、とトウヤは口角を上げる。


「あの花の香りが好きでな。……しかし、至近距離でないと分からないように量まで調節したのだがな。ハツメ嬢に聞いたのか、それとも」


「それともの方だ。……おかげで心が折れそうになったが、俺はハツメに気持ちを伝えたぞ」


 トウヤの反応を窺うようにアサヒは彼を見据えた。


「返事は?」


「欲しいとすら今は言っていない。ただ、可能性をくれとだけ伝えた」


「そうか」


 トウヤは特に大きな感情を示さず、考えるように顎に手をやった。


「まあしかし、変わっていないようで安心したぞ。アサヒ」


「お前はこんなに性格悪かったか」


「さて、どうだったかな。まあよろしく頼む」


 にやりと笑うトウヤを見て、こうやって軽口を叩くのも久し振りだな、とアサヒは自然に笑みをこぼした。

お読み頂きありがとうございます。

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