第四十九話 深夜、北西区にて
妖捕獲のため夕暮れ後にハツメたちは家を出たわけだが、今はすでに日が変わろうとしている。
ハツメたちは御所の一室で、レイランとミヤの内密な謁見が終わるのを待っていた。
3人はミヤを送り届けてそのまま帰るつもりだったのだが、錫ノ国が関わるのならば話の結果だけでも知る必要があると思い直し、待つことを選んだ。ちなみにミヤに「深夜に女性を独りで歩かせるなんてどうなの」などと言われたのは全く関係がない。
しばらく待つと、レイランとヒメユキが部屋に入ってきた。2人ともいつになくぴりぴりした雰囲気だ。
レイランは3人を見ると少しだけ眉を下げる。
「待たせたの。……話は決裂じゃ。何も口を割らぬ。穏便に済むように協力してもらったのじゃが、すまなかったの」
そう言って目を伏せた少女の表情には、年に似合わない憂いが含まれていた。
「御所の外であの女狐が待っておるぞ。放って帰るのが良かろう」
外に出ると案の定ミヤが待っていた。けろりとした表情の彼女は無視して帰ろうとする3人にめげず、勝手に付いてくる。
「……話し合い、上手くいかなかったんだな」
そこで話しかけるのがアサヒの甘いところである。
「皇族の上から目線が大っ嫌いなのよ。裏町に生きるものだって、誇りがあるのよ」
今まで散々放っておいてと、暗い石畳を見つめてミヤは言う。
「せっかく1か月も探したのに、無駄骨だったのかしら」
「1か月? ああ、私梅雨はあまり外に出ないし、割と遊ぶどころじゃなかったから」
ハツメの呟きにミヤは軽い調子で答えた。
「あなたたちどこまで一緒なの?」
「北西区に入って少し歩いたところだ」
「それは災難ね。……裏町の住民って、どういう人たちがいるか知ってる?」
突然、ミヤが話題を変えた。
「表の社会で生きられなくなった者だろう」
「あなたたちから見ればそれだけでしょうね。私たちにはそれが当たり前。だから出身国別で見て、実際もお国毎に派閥が分かれてるの。裏町の大体半分を占めるのが花ノ国の派閥。もう半分が錫ノ国で、そこにほんの一握り海ノ国の派閥が加わるの」
意外と国外の者が多いでしょう、とミヤは不敵に笑う。
「でも、これは以前の話。……今年の青蘭祭から比率が変わってね。今は錫ノ国の派閥が8割を占めてる。しかも増えたあれらは、闇に生きるものなんかじゃないわね。どう見ても子飼いされたやつら」
ミヤは頭上を見上げた。重たい雲は消え、端だけ欠けた月がくっきりと浮かんでいる。
「さっき私、遊ぶ余裕がなかったって言ったわね。もう本当に、裏町の統制が効かなくて。……仲間が何人も殺されてる」
ハツメが彼女を見ると、紫黒色の空を見上げる瞳にじんわりと哀しみが宿っていた。
「裏町ではもう殆ど錫ノ国が台頭してる。ただでさえ邪魔だったのに、皇族に接触した私なんて流言が怖くて放っておく訳がない」
ミヤが3人に視線を戻す。
「かえって巻き込んじゃってごめんなさいね。女皇のご友人様」
突如シンが剣を抜く。
ゆるやかに流れていた深夜の空気が途端に雰囲気を変え、不穏な気配が辺りを漂う。
一拍遅れてアサヒとハツメも剣を抜いた。
「……囲まれていますね」
シンの呟きの後、幾人もの男たちが姿を現した。路地の陰から、通りの向こうから、屋根の上から。ミヤの動向を把握していて、待ち伏せしていたようだ。格好だけはならず者を装っているが、携える武器は、振る舞いは、明らかに子飼いの兵士のものだった。
「おいおい。裏町の女だけ殺るつもりが……とんでもない拾い物をしたようだ!」
男の1人が興奮したように叫ぶ。
「そこの3人、背格好からして例の奴らだろう! 至急本国に使いを出せ!」
どうやらこの男、品のない顔の割には勘がいいらしい。
上司であろうその男の声を受けてか、屋根上に潜んでいた男たちがざわめきだした。
「……まずいですね」
シンが眉を顰める。
先陣を切ろうと地面を踏みしめたその時、屋根から1人、投げられたように男が降ってきた。
地面にぶつかる嫌な音と共に男は動かなくなる。
するとまた1人、2人と次々と男たちは落ちてくる。
地面に転がったそれらは、全てぴくりとも動かなかった。
一体上で何が起こっているのだろうか。その場にいる全員が屋根の上を注視する。
何人目だろう、矢が喉元に刺さった男が路地に転がり落ちたところで、最後に屋根上に残った人物が姿を現した。
「花の色香に誘われて来て見れば……最近のならず者は花を愛でることも知らないとみえるな」
聞き覚えのある、歌うような口調。
「はて、ならず者かは分からぬが」
月に照らされあらわになるそのしたり顔は見間違えようがない。
トウヤだった。
再登場です。
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