第五話 訪問者
静寂に息が詰まる。
ハツメがアサヒを見ると顔は真っ青、身体はかすかに震えており、倒れてしまうのではないかと思った。こんなアサヒは初めてだ。
「まずは席に座ろう。この方はアサヒにお話があるそうだ」
父が優しくハツメとアサヒを促す。
「あと、シンさん、と言いましたかな。この娘はハツメといって、私と妻の子です。アサヒによく懐いていますので、どうか同席をお許し頂きたい。また、私たち谷ノ民は外の世界に疎いので、どうか順を追って説明して頂けないだろうか」
父の申し入れに青年は頷いて、
「同席はもちろん構いません。詳しくお話もさせて頂きます。急いているもので、大変失礼致しました」
丁寧に頭を下げた。
五人で座り直して、ハツメは改めて青年の出で立ちを見る。
長身で引き締まった身体、きりっとした顔立ち。伸ばした黒い髪は後ろで一つに結んでいる。鋭い眼は、目を合わせたらすくんでしまいそうだ。服装は谷ノ国のものだったが、纏っている雰囲気が違う。
視線を横に移し、両親を見る。父は相変わらず硬い表情を崩さないが、その目には何かを決意したような意志が宿っていた。母も動揺はしているものの、心配そうにハツメとアサヒを見ている。
二人とも歳をとったな、とハツメは思った。明かりがランプ一つのせいもあるだろう、頬や目尻の皺がいつもより濃く見える。白髪も増えてきたようだ。
頃合いを見計らって、青年は語り出した。
「私はシンと申します。錫ノ国で戦士をしております。いや、していた、という方が正しいかもしれません」
シンという青年は掌を胸に押し当て、話を続ける。
「そもそもの発端は一月前になります。私は錫ノ国の第二王妃であらせられましたアカネ様に仕えておりました。まだお若かったアカネ様ですが、病で亡くなりました」
シンは一度目を伏せる。
「亡くなる直前、私のみがアカネ様に呼ばれました。そこで遺言ともいえる願いを、私に託されたのです。十年前谷ノ国へ逃がした息子を、救ってほしいと」
まさか、とハツメは思う。
「つまり、貴方様は錫ノ国の第二王妃であらせられましたアカネ様の息子、第二王子ヒダカ様なのです」
頭がくらりとした。錫ノ国といえば世界一の大国だ。そんなところの第二王子が、アサヒだというのか。
アサヒが初めて家に来たときを思い出す。地味な服装を装い汚れてもいたが、布の質は良かった。それにあの毅然とした態度は平民のものではなかったのかも知れない。王子なら世界のあらゆる知識を学ぶだろう、詳しいのも当然だ。
必死に頭を回して整理していると、アサヒが重い口を開いた。
「確かに俺を産んだ母の名はアカネといい、ここに来るまで俺はヒダカと呼ばれていた。だが自分が王子であるかなど覚えていない。母はある日突然、これからはヒダカの名を捨ててアサヒを名乗れ、ヒダカの名は二度と名乗るなと言って、俺を森の中に置いて行った。どこでも良いから生きてくれ、と言い残して」
俯きがちに話したアサヒはシンの目を見据える。
「仮に俺が第二王子だったとして、なぜ十年もここにいられたのだ。救ってくれとはどういうことだ」
警戒する様子を隠さないアサヒに、シンは言い辛そうに答える。
「アカネ様は第二王子を亡くなったことにされていました。というのも、当時貴方様は第一王妃にお命を狙われていたのです。森に置き去りにしたのは最後の賭けだったと聞いていますが、アカネ様は不思議なお力がありまして、ヒダカ様が谷ノ国でアサヒとして生きているのをご存知だったようです」
シンはそのまま続ける。
「そして救ってくれというお言葉の意味ですが、世界は今戦火に包まれようとしております。急いている、と先ほど言いましたが……。この谷ノ国も今まさに攻め込まれようとしているのです」




