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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第二章 花ノ国編
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第四十七話 糸口

 今日も雨に降られた花ノ都だが、外に出て活動する人の数は多い。人々の差す色とりどりの傘が、かえって雨天の楽しみを教えてくれるようだった。


 それはアオイ御苑でも然り。

 薄赤色に咲いた紫陽花の花を目当てに人が集まっている。御苑とは少し離れた御所の歓談室からもその様子が見て取れた。


 今日もハツメはアオイ御所に来ている。

 レイランから天比礼(あまのひれ)の儀式について詳しく聞くためだ。


 レイランの兄であり、側近でもあるヒメユキがハツメにも茶を淹れてくれる。茶会の準備が整ったところで、レイランが話を切り出した。


「いやぁしかし、アサヒが来られなかったのは残念じゃったの。具合はどうなのじゃ?」


 今日の茶会はアサヒも呼ばれていたのだが、体調が良くないらしく欠席している。

 昨晩宿に帰ってからハツメとアサヒは顔を合わせていない。シン曰く裏町で何かあったそうで、出発前に今日は1日部屋に籠ると教えられたハツメはさすがに心配になった。


「それが詳しくは分からなくて。早く良くなるといいんだけど」


「そうじゃな。今日の儀式の説明も聞きたいじゃろうから、後で伝えておくれ」


 そう言うとレイランは手元の茶を一口飲んでから、儀式について話し始めた。


「前置きから話そうかの。ここ花ノ都は、巨大な水瓶になっておる」


「水瓶?」


「そうじゃ。地下水が豊富での。確かに大河も近いが、主に人々は地下からくみ上げた水で生活を送っておる。そして、その地下水で生きているものがもう一つ。花ノ神の化身といわれる、青狼蘭じゃ」


青狼蘭。この間鑑賞した青蘭のようなものだろうか。


「わらわは一度だけ見たことがあるが、この世のものとは思えぬほど美しい花じゃ」


 レイランは茶菓子を1つつまみながら目を細める。


「じゃが美しいと同時に繊細な花での。……というより、人々が地下水を使えば、どうしても水は穢れていくものであるから……青狼蘭が生きていくために、5年に一度穢れを清めなければならぬ」


「その水の穢れを清めるための儀式に、天比礼(あまのひれ)を?」


「その通りじゃ。天比礼(あまのひれ)には邪を打ち払う力があるからの。これまでは青狼蘭の前で祀って奉納舞踊を行うのみじゃったが、今回はハツメに直接纏って踊ってもらうことで、何か良いことがあるのではないかと思うのじゃ」


 確かに、いわれてみればそのような気になるハツメ。


「舞踊なんて経験ないけれど、大丈夫かしら……」


「大丈夫じゃ。青狼蘭は御所の地下堂にあるゆえ大勢の前ではやらぬし、奉納舞踊も先生がおる」


 そう言ってレイランは後ろに控えているヒメユキを見やる。吊り目がちの青年はハツメににこりと微笑んだ。


「5年前の儀式では兄者が舞ったのじゃ」


「今年はレイランの予定だったのだがな。なに、今から練習すればハツメにも出来るだろう」


 楽し気に話す兄妹を前にハツメは考える。レイランの仕事を体良く肩代わりされているような……いやいや、天比礼(あまのひれ)を扱えるのは自分だけなのだからしょうがない。レイランの光に満ちた目はあくまで好奇心によるものだろう――と。


「ちなみに、その儀式って失敗したことあるの?」


「失敗はないが、一度だけできなかったことがあるみたいじゃ。その次の年は飢饉が起こっておる」


 嘘でしょ、とハツメは思わず顔を引きつらせる。


「なーに大丈夫じゃ。まだ秋までは時間があるからの」


 レイランは茶菓子を口に運ぶと、ころころと笑った。




 皇族の兄妹に笑顔で見送られたハツメは帰路につく。夕暮れの大通りを歩いていると、傘をくるくると回しながら軽い足取りで道を行く、ケイの姿があった。


「ケイ」


「あ、ハツメお姉ちゃん。どうしたんですか、少し疲れた顔していますけど」


 ケイが可愛らしく目を瞬かせると、目尻にのせられた薄い紅がちらちらと動いた。仕事帰りなのだろうか、しっかり化粧がされている。

 しかし疲れた顔とは、そんな見た目に出るほどか、とハツメは首を傾ける。


「何か、考え事でもあるんですか?」


 考え事。天比礼(あまのひれ)のことは言えないが、もしかしたら。


「ケイって、裏町にいる人のこと知ってる? 確か、ミヤって呼ばれている女の人なんだけど」


「お客さんで会ったことある人いますよ」


 ケイはあっさりと答える。


「本当に? えーとその、私今そのミヤって人のこと調べてて……何か、言ってなかった?」


 突然もたらされた糸口に胸を高鳴らせる。必死さを隠さないハツメにケイは戸惑いつつも、あっけらかんと言った。


「確か、すっごい綺麗で、胸に刺青があるんです。青い蝶々の」

お読み頂きありがとうございます。

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