第四十五話 天比礼の条件
青蘭祭から数日後、再びレイランからお呼びがかかった。今回はアサヒとシンも一緒だ。そしてハツメが嫌がったために牛車ではなく、徒歩での移動である。
アサヒといえば、青蘭祭の夜の告白によって特に何か変わったかというと、そうでもないとハツメは思う。
『思う』なのは、ハツメがアサヒの気持ちに全く気付いていなかったからだ。どんなに近しい相手でも心の中は分からないもので、こちらで勝手に断言できるものではないということをハツメは知った。
今もいつも通りアサヒは笑いかけてくれるが、瞳の奥では何を思っているのだろうか、そうハツメは考える。それは無意識でも、ハツメのアサヒを見る目が変わったことに他ならなかった。
とはいえ、ハツメのアサヒに対する態度だって今まで通りだ。
そう、ほんの少し、見る目が変わっただけ。
アオイ御所に着けば、通されたのは歓談室だった。装飾が施された円形の机を囲んで、お茶しながらの話し合いである。
レイラン、アサヒ、ハツメが椅子に腰掛ける。側近であるヒメユキはレイランの後方に、シンはアサヒとハツメの間の後方に立って控えている。
「この間の天比礼を渡す条件についてな、少し考えたのじゃ」
茶を啜りながらレイランは話す。前回の謁見に比べるとかなり砕けた雰囲気だ。
「お主らが嫌ならば条件を変えようかと思っての。わらわとしては婿の方が都合が良いというのが本音じゃが、まぁお主らが決めてくれれば良い」
「分かった。それで、条件というのは?」
「渡すのが秋なのは一緒じゃ。その他にもう2つ……悪いが1つ増やさせてもらうぞ。1つ目は秋の儀式にハツメを貸して欲しいこと」
「私?」
目を見開くハツメに対し、レイランはにっこりと微笑む。
「そう、天比礼を使うからの。前例はないが、ちょっと試したいことがあるのじゃ」
「私は別に良いけど……」
「ふふ、感謝するぞハツメ。……では2つ目じゃが、これがなかなか難しくてな」
一旦口を尖らせるレイラン。
「裏町を牛耳っている奴をな、わらわのもとに連れてきて欲しい」
「裏町を……?」
「そうじゃ。実はわらわの見えないところでそんなことをしている奴がおってな、話がしたいのじゃ。……成り行き次第では、お主らにも無関係ではないかもしれん」
アサヒとハツメの真剣な表情を見やりながら、少女は続ける。
「青蘭祭の辺りから裏町の嫌な噂が増えてな。奴は花ノ国の者じゃろうが、噂の方はもしかしたら」
「錫ノ国か?」
「そうかもしれぬ。わらわとしては裏町の治安は以前から何とかしたくてな。良い機会じゃからこの際一気に掃除したい。でもなかなか上手くいかなくてな。奴の尻尾が掴めぬ」
苦々しい顔でレイランは茶を口に含む。
「じゃあとにかくその人をレイランに会わせれば良いのね」
「その通りじゃ。その後はわらわが対応する」
「そいつについて分かっていることは?」
「やはりそっちの条件を取るのじゃな。……名はミヤと言われている、女らしいのじゃ」
「花ノ国は女性が強いのかしら?」
「そうかもしれん」
ハツメの言葉にレイランはころころと笑った。
「『猫』を行かせても警戒されていてさっぱりでな。国外のお主らなら、何か変わるかもと思ってのお願いじゃ。すまんのう」
天比礼に関しての話が終わり、今後の方向性が固まったところで雑談になった。
「む? この間は気付かなかったが、アサヒ、その手はどうしたのじゃ」
ちらりと見えたアサヒの黒い手の平をレイランは指差す。
「天剣を持ったときにな」
「ははぁなるほどのう。山ノ神は相当火ノ神を嫌っているとみえる」
「どういうことだ」
「なんじゃ知らなかったのか。まぁしょうがないのう。大陸で一番歴史のある花ノ国の、きちょーうな文献の内容じゃからな」
レイランは頷きながら話し始める。
「天剣が出来た理由じゃがな、山ノ神と火ノ神の喧嘩で生まれたのじゃ。神話の頃から仲が悪くての、ある日かっとなった火ノ神は山ノ神を切ってしまう。そのときの山ノ神の傷から血がしたたり落ちて、固まったのが天剣だと言われておる」
ハツメは腰に差している天剣を見下ろす。これが山ノ神の血だと思うと、少しだけ触るのが怖い。
「そんなわけでな、山ノ神と火ノ神はすこぶる仲が悪い。錫ノ国の前身は火ノ国じゃろう? だから火ノ国生まれのアサヒに、山ノ神は嫌がらせしたのではないかのう」
「神の嫌がらせがこれか……結構痛かったんだが」
アサヒは苦々しい顔で自身の手の平を見る。
「痕が残らないといいのう」
「でもそういうことであれば、天剣以外なら持ったとしても傷付かなくて済むのかしら?」
ハツメはふと疑問に思ったことを口にする。
「花ノ神も海ノ神も割と寛容じゃからのう。大丈夫かもしれん」
「良かったね、アサヒ」
「ああ。たとえ神宝を扱えなくても、持てるだけでハツメの力になれるかもしれないしな」
その後も3人は花ノ国の文化なり歴史なり、とりとめのない話をしながら茶会を続けた。
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