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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第二章 花ノ国編
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第四十話 アオイ御所 一

 鍛冶屋へ行った翌日、ハツメたち3人が部屋に集まり話をしているとぱたぱたと廊下を走る音がした。

 シンが立ち上がり扉を開けば、その足音の主は宿の主人。シンが先に扉を開けたことに驚くが、いやそれどころではないと話し始める。


「女皇様の使いがお見えです。3人全員、御所に参れと」


 息を切らしながら話す宿の主人にシンは礼を言うと、ハツメたちに振り返る。


「アサヒ様、ハツメ様。どうやらこの国の統治者に謁見しなければならないようですね」


 3人が宿を出ると使いの者は大袈裟な程うやうやしく出迎えた。


「御三方。牛車を準備しております故、どうかお乗りください」


 その牛車というのもやたら豪奢なつくりだ。都に来るまでに乗ってきたものとは全くの別物。こんなに主張して出歩く必要などあるのかと、ハツメが引いてしまうくらいである。


 大通りを超え北東区に入る。相変わらず賑やかな街並みだが、服装ではなく雰囲気から、軍人が増えたことにハツメは気付いた。


 ほどなく牛車はアオイ御所の門をくぐった。そのまま建物の近くに寄ると、ハツメたちは牛車から降ろされる。花ノ国の軍服なのだろうか、お揃いの淡青色の衣にゆったりした白の袴を履いた兵士が2人、見張りとして立っていた。


 どちらの兵もハツメたちを見ると膝を付き、うちの1人が丁寧な口調で話し出す。


「ヒダカ様、ハツメ様。この度は御足労頂きまして誠にありがとうございます。奥にて女皇様がお待ちです」


 ヒダカ、と聞いてアサヒがぴくりと反応する。


「武器は取り上げないのか」


 これはシンの質問だ。


「身内にそのようなことは不要、との仰せでした」


 兵は更に頭を低くした。




「身内ってなんだろうね」


「さあな」


 ハツメとアサヒはそんな話をしながらアオイ御所の奥へと案内される。


 見通しが良く開放感のある建物だ。白い漆喰に青い瓦は街と同じだが、使われている材質は紛れもなく最高品質。室内の壁には複雑な花模様がびっしりと描かれているのだが、水色を主とした色合いは嫌味でなく、かえって落ち着いた印象を受ける。


 しばらく歩くと開けた部屋に出た。

 深青の絨毯の先には1つの玉座。そこには年端もいかない少女が悠々と座っていた。玉座の側に控えるのは文官姿の青年が1人のみ。


 3人は絨毯の上を進むと、適度な距離で膝を付く。相手は少女だが、膝を付くことに何の違和感も感じなかった。


「おもてを上げい。畏る必要はないのじゃ。敬語もいらぬし、親しくしておくれ」


 鈴のなるような声に顔を上げると、きらびやかな衣装に身を包んだ可愛らしい少女がころころと笑っていた。艶やかな黒の長髪は左右で1つずつ結んでいて、あどけない少女の雰囲気によく似合っている。


「ヒダカたちが都に着いたと聞いての。会いたかったのじゃ」


 指を遊ばせながら嬉しそうに少女は話す。


「わらわが花ノ国の女皇、レイランじゃ。のう、其方ら、わらわに何か出来ることはないかえ」


「……そもそも、よく俺たちが花ノ国に入ったと分かったな」


 初対面というのにここまで丁重に扱われると、逆に何かあるのではと疑ってしまう。機嫌が悪いのを隠そうともせずアサヒが発言する。


 レイランはそんなアサヒを見てふふ、と笑う。


「わらわはな、『猫』を飼っておるのじゃ」


 突然の話にハツメはきょとんとする。猫というと、あの愛玩動物として有名なあれか。アサヒから聞いたことがあるだけで実際の猫を見たことがないハツメはどんなものか気になって、つい周囲に視線をやる。


 少しだけのつもりだったが、レイランは気付いたようだ。ハツメを見て目を丸くする。


「ふっ……ふふふふ。ハツメ、とかいったか。もしかして、動物の猫でも飼ってるかと思ったのか?」


 抑えきれないように笑いを漏らす。


「ハツメ様。『猫』というのは、花ノ国の諜報部隊の名称です」


「大丈夫だ。俺も一瞬、本物の猫かと思った」


「だって一瞬でしょ……」


 ああ恥ずかしいと、ハツメは顔を覆う。


「ふふ。ハツメは面白いのう。……そう、其方が谷ノ民なのじゃな。あの山ノ国の天剣(あまのつるぎ)を扱った」


 レイランはちらりとハツメの腰を見やる。ハツメの腰には鞘に収めた天剣(あまのつるぎ)が差してあった。


「わらわの予想じゃが、其方ら神宝(かんだから)を探しておるのじゃろう。どうせ追われる身じゃ、錫ノ国が手に入れる前に欲しいに決まっておる」


 ぱっちりした目が怪しく光る。


「花ノ国は山ノ国みたいに戦をする気はないのじゃ。あそこと違ってうちは錫ノ国と犬猿の仲ではないからの。むしろ交易で儲けさせてもらっておる」


 レイランが部屋の一角を見やる。つられて見ると、銀細工の見事な調度品の数々。ハツメには価値の尺度はわからないが、計り知れないということだけは感じ取れた。


 レイランは3人に視線を戻すと、


「じゃが、其方らに手を貸すくらいならしてやっても良い。わらわの国に伝わる天比礼(あまのひれ)、其方らにやろう」


 そう言って、にんまりと笑った。


天比礼(あまのひれ)は失われてはいないのか」


「一応、失われたことにしておるがの。無いことにしておいた方が、ほれ、こんなときも騒がしい獣を宥められるものじゃから」


 ころころと笑う。獣とは錫ノ国のことか。


「とはいえ、ただでやるわけにはいかんのじゃ。2つだけ、わらわのお願いを聞いてくれんかのう」


 玉座の肘置きにだらりと上半身を預け、甘えるような声を出す。


「聞くだけ聞く」


「ヒダカは優しいのう。まずは1つ目じゃが、今年に限って、どうしても天比礼(あまのひれ)が必要な儀式があってな。秋まで渡すことはできんのじゃ。……それと、2つ目なのじゃが」


 レイランは上目遣いでアサヒを見る。


「わらわの婿になっておくれ、ヒダカ」

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