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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第二章 花ノ国編
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第三十九話 シン裏町にて

 花ノ都アオイに着いた翌日、ハツメたち3人は都一だという裏町の鍛冶屋に向かった。


 表町と裏町というのは大雑把な俗称らしい。

 花ノ都は中心を通って大通りが十字に走り、4つの区画に分けられている。

 皇族が住むアオイ御所がある北東区と、今ハツメたちが宿泊している南東区は花ノ都の中でも特にきらびやかな区画であり、通称表町と呼ばれる。

 そこから南北に走る大通りを超え北西区や南西区に入ると庶民の住居や工場が増えていき、都の西端付近になると雰囲気がやや変わる。

 そこはいわゆるならず者の町というもので、罪を追われた者や裏の仕事に生きる者、素性の知れない者が自然と集まってくる。当然治安は悪く、警戒の意を込めて人々から裏町と呼ばれていた。


 確かに裏町に入ると人の往来はめっきりなくなり、にも関わらずどこからか見られているような視線が増える。足音がしないようにするためか、石畳の多くは剥がされ土がむき出しになっている。通路も狭く、日中だというのに薄暗い。


 先導していたシンは鍛冶屋の扉を叩くと中に入る。ハツメやアサヒもそれに続いた。


 シンは慣れた様子で注文していく。必要なものもどういったものができるかもよく分かっているようだ。

 お金を出そうとしたところで、ハツメはシンにふと疑問に思ったことを聞いた。


「シン。そのお金って、どこから来ているのですか? 昨日の宿もやたら豪華でしたし……」


「ああ。御心配には及びませんよ。戦での報奨と、私のはした金が少しです」


「はした金……?」


 その金額が、という顔をするハツメ。


「一応側近でしたから。もとはアカネ様のお金です。……ああでも、万が一のことも考えて、旅での金銭の稼ぎ方などもお教えしておいてもいいかもしれませんね」


「それはいいな。お願いできるか」


 アサヒも賛同し、機会があればシンから教えてもらえることになった。




 鍛冶屋の帰り道。裏町を出ようかというところで、シンが口を開いた。


「申し訳ありません。少し忘れ物をしてしまいまして、先に宿に戻っていては頂けないでしょうか」


「それは別に良いが、大丈夫か」


「すぐに戻ります。アサヒ様も何かありましたら呼子笛をお使いください」


「分かった」


 そうしてシンは1人になると裏町を振り返る。


「何の用だ」


 通路の奥に視線を移すと、成人まであと2、3年かと思われる少年が1人ひょこっと姿を現した。


「シンさん、お久し振りです」


 紫檀色の被衣(かつぎ)を羽織った少年は人懐っこい笑顔を見せる。


「こんなところで……何が目的だ」


 第一王子の命を受けているのならシンではなくアサヒやハツメを狙うはずだ。別れた後でそちらに付いていくようならすぐに仕留めるつもりだったのだが、この少年はシンに付いてきた。


「怖い顔しないでください。別に戦おうって来たわけじゃないんです。ただぼくは、国王陛下の命を受けて」


「国王? アカネ様がお亡くなりになって使い物にならなくなったと聞いているが」


「ひどい言い方しますね。でもまあ、先日まではそうでした。山ノ国との戦が終わるまでは」


 少年の丸い目がすっと細められた。


「陛下は神宝(かんだから)と、その使い手が現れたと聞いてお喜びです。ぼくが陛下から受けた命ですが、集めた神宝(かんだから)と使い手を陛下のもとに連れて行く、というものなんです」


「断る」


「そうでしょうね。それだけなら」


 少年はうんうん頷くと、シンに近付いていく。


「シンさんはアカネ様だけの従者ですもんね」


「どういう意味だ」


 少年はまだ幼さの残る顔でにっこり笑うと、


「陛下は神宝(かんだから)を全て集めて、アカネ様を生き返らせるおつもりなんです」


 眼前のシンにそう言い放った。


「生き返らせるなど……不可能だ」


 確かに4つ集めた神宝(かんだから)には天地を覆す程の力、そして人を蘇らせる程の呪力が備わるとは言い伝えられている。しかしながらそんなこと出来るはずがない、そうシンの頭では思っていた。


「でも、知る限り誰もやったことがないんです。やってみたって良いでしょう?」


 ね、と少年はシンに首を傾けるが、シンは答えない。


「まぁまだ神宝(かんだから)は集まってないんだし、答えはゆっくりでも良いんです。ただ、協力してくれたら、アカネ様が生き返るかもしれませんよっていう話で……あは、戸惑ってくれて嬉しいです。また来ますね」


 遊びに来た子どものように終始楽しげに話していた少年は、再び裏町の闇に消えていった。


 少年がいなくなると、シンは片手で自身の口を押さえ、目を見開く。今しがた聞いた内容がどろりと胸に溶けていく。しばらくその場に立ち尽くした後、まだ回らない頭で宿に向かい歩き出した。


 このようなところでアザミに会うとは、とシンは1人になったことを後悔する。

 妖は妖でも三剣将の『妖剣』にあんな話をされるくらいなら、絶世の美女の方がはるかにましだと、さすがのシンでも思わざるを得なかった。

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