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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第一章 山ノ国編
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第四話 成人祭

「大丈夫か、ハツメ」


 露店から逃げ出したハツメは今、広場の隅、積み上げられた酒樽の陰に隠れるように座っていた。


「変な人間に思われたわ、わたし」


「そんなこともあるさ」


 アサヒは笑いながらハツメの隣に座る。


「それでも、成人したらいずれは結婚しなければならないよ。今は考えられなくても、良い男に選ばれて夫婦となれば、父さんも母さんも喜ぶだろう」


 アサヒの目は真剣だ。


「アサヒは、どうなの? 結婚するの?」


「俺はきっと結婚できないよ。父さんと母さんのお陰でこうして周りに馴染んで生活出来ているけれど、本当の親もいない、素性の分からない男なんて、夫にしたがる人はいない」


「私はそんなこと思わないわ」


 はっきりとしたハツメの返答に、アサヒは目を細めた。


「ハツメの家の子になれて本当に良かったよ」


 気がつくと日も沈みかけており、宵の成人祭に向けて準備が始まっていた。二人を見つけた母が慌てて走ってきた。


「どこへ行ったか探していたのよ。父さんにもお願いしたのに、いつの間にか宴会に混じって飲んでいるんだから」


 ぷりぷり怒る母に連れられ、成人祭へ向かう。

 歩きながら、ハツメは先ほどのかんざしを付けてみた。結局アサヒが買ってきてくれたから、ありがたく頂いたのだ。


「あら、そのかんざし可愛いわね」


「アサヒが露店で買ってくれたの。せっかくの成人祭だからどうかなって」


 良いんじゃない、と母は微笑んだ。


 成人祭は吊り橋で行う。迎え入れの儀式と同じ、国で一番大きな橋だ。峡谷の両側から十六歳を過ぎた男女が集まるため、全く知らない顔も多い。先ほど露店で話した男もいて非常に気まずかったが、アサヒの勧めもあって素直に謝っておいた。


「これより成人祭を始めます。橋の中央に着いたら横に一列のまま手をついて座りなさい。名を呼ばれたら顔をあげること」


 迎え入れの儀式で四神の案内役をしていた人だ。橋の真ん中には他の三人も構えていた。


「では、成人となる男女は橋の中央へ」


 きしきしと音を立てて吊り橋を進む。薄暗くて見え難いが、すぐ下には川が流れている。夜の風が涼しくて、身が引き締まる。


 吊り橋の真ん中に着くと、案内役の合図で一斉に座り、手を合わせ顔を伏せる。ちらりと隣を見るとアサヒがいる。アサヒは目を瞑っていた。


 四人の案内役が声を揃え詠唱する。


「ひ ふ み よ 自然におはす四柱の神々よ 谷ノ民が祈りを捧げん 十六を迎えた以下の男女の成人を 認め給えと申す事の由を 四柱の神々 山ノ神 花ノ神 海ノ神 火ノ神に 聞こし召せと 畏み畏み ま申す」


 順に名が呼ばれていく。


「ハツメ」


 すっと顔を上げる。峡谷の先は暗く見えない。


「アサヒ」


 隣のアサヒも顔を上げた。


「以上の男女の成人を認め給え」


 ざあっと峡谷に風が吹き抜けた。


 成人祭が終わり広場へ戻る。夜の間は皆交互に休むから、若干人数が減っていた。ハツメたち新しい成人も宴に参加しようが休もうが自由なのだが、飲酒が可能になったため大体は宴に参加して初酒を楽しむようだ。


「アサヒはこの後どうする?」


「一度家に帰りたいな。父さんと母さんもいないから、家なんじゃないかな」


 アサヒの言葉に賛成して家に帰ると、厳しい顔をした父が迎えてくれた。ただいま、と声を掛けると笑顔を作ったが、表情は硬い。


 部屋の真ん中には大きな木の机が一つ、机の上に置かれたランプが辺りを照らしていた。普段は四つ並んだ椅子が五つに増えていて、明らかに動揺している母と、知らない青年が座っていた。青年は立ち上がると、アサヒに向かいうやうやしく礼をする。


「お迎えに参りました、アサヒ様」

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