第三十五話 山ノ国を背に
錫ノ国との戦を終えてから1週間。
その間に戦の後片付けと、ビャクシンの葬儀が行われた。神伯とはいえ彼自身がそう望まないだろうとの理由で、小さな葬儀だ。
ハツメたちも参列したが、部屋の端では双子が泣いていた。嗚咽を漏らすユキコをフユコが抱き、フユコ自身も絶えず涙を流している。2人がどれだけビャクシンに憧れ慕っていたか、短い付き合いだがハツメにもよく分かっていたためにとてもじゃないが声は掛けられなかった。
他の戦死者の弔いも終わり、ハツメとアサヒはチガヤに御目通りを受けた。
「谷の生まれでないアサヒが天剣を持つことを許された理由じゃが、あれから色々調べたが分からず仕舞いでの。其方ら、何か心当たりはないかのう」
それが、とアサヒは口を開く。
「1つだけ、思い当たることがあります。谷ノ国が攻め落とされる直前、俺はハツメと成人祭に参加しました」
「成人祭とな?」
これにはハツメが補足する。
「谷ノ国では16歳を過ぎると集った四神に祈りを捧げ、成人と認めてもらう儀式があるのです。今までは形式的なものだと思っていましたが……」
「ふむ。もしかしたらその儀式で、谷ノ民の成人だと四神に認められたのかもしれんな。だが生まれが違うために完全には扱えなかった、と」
「可能性はあります」
アサヒが頷いた。
「なるほどのう。まことに不思議な巡り合わせじゃ」
チガヤはハツメとアサヒをしっかりと見据える。
「この戦で其方らの存在が錫ノ国に公になってしまった。特にハツメは谷ノ民の生き残りとして、アサヒは第二王子ヒダカとして。あの第一王子の反応を聞く限りだと、其方らを放ってはおかないだろう。山ノ国としては其方らを匿うこともできるが、どうするかね」
「ハツメやシンとも話し合いましたが、ここを出て行こうと思います。……可能ならば、錫ノ国の中枢を倒し、母上を弔うつもりです」
アサヒは決意を込めた目でチガヤを見る。
「私もそのつもりです。ただ、こうなった以上錫ノ国は私たちだけでなく他の神宝を奪う方向にも動くと思うのです。私は神宝が錫ノ国に渡るのを阻止しながら、戦を終わらせるためにその力を使いたいと考えています」
「ハツメの言うことはもっともじゃ。錫ノ国は其方に神宝を使われるのを恐れ、他の国に圧力をかけるじゃろう。苦難な道だが……」
「大丈夫です。アサヒがいますから」
ハツメはにっと笑う。
「何か困ったことがあったらいつでもおいで。ありがとうの」
チガヤはその様子に目を細め、深々と頭を下げた。
「もう行くのね、ハツメ」
ハツメが神官舎の自室で荷物をまとめていると、廊下から双子がひょっこりと顔を出した。
「うん。今までありがとう」
ハツメにとってユキコとフユコは初めて出来た、しっかり女友達と呼べる存在だ。
そう思うと、離れるのが寂しくなった。
「こちらこそよ。欲しいものがあったら言ってね」
「あとこれ、あげるわ」
手渡されたものを見ると、お社のお守りだった。紐で編まれた花の装飾はおまけだろうか。
「私たちが作って、祈祷までしたのよ」
「ご利益ばっちりよ」
双子はそっくりの顔で得意げに微笑む。
「……本当にありがとう」
「やだハツメ。泣かないでよ」
「ごめん……」
「ごめんもなし」
「ごめ……いや、何でもない」
3人はひとしきり笑った後、改めて向き直る。
「いつでも遊びに来なさいよ」
「来なかったら承知しないわよ」
「うん。ユキコも、フユコも、お元気で」
ハツメはもらったお守りを大事に懐にしまい、神官舎を後にした。
戦の時よりも雪解けは進んでおり、ウロの方では湿った土が顔を出し、淡い紫色をした雪割いちげの花が咲いている。
ウロの町は酷い有様だったが、既に復興は始まっているようだ。人々は早春の陽気を浴びながら汗を流していた。
トウヤを先頭にウロの町を進む。
「神伯様が直々に送って下さるとは、恐れ多いな」
アサヒが冗談めいた口調でトウヤに話しかける。
「山ノ国の恩人一行が何を言っておるのだ。それに、正式な神伯ではない。神伯代行だ」
トウヤがへらりと笑った。
ビャクシンの死後、次代の神伯としてトウヤの名が挙がった。同じく候補だったヒザクラが重体で、この先どうなるか分からないというのもある。トウヤはそのまま正式な神伯になることも出来たのだが、本人がそれを断った。曰く、まだその器ではないと。
「ヒザクラに挨拶出来たら良かったのに、お世話になったのに申し訳ないわね」
「なに、峠は越えたんだ。ヒザクラが目を覚ましたら、伝えておこう」
さて、とトウヤが振り返る。
「国境門に着いてしまったな。……世話になったな、3人とも」
ハツメの目に国境外の森と、笑ってはいるが寂しそうなトウヤが映る。
「シン。戦でも何でも、色々と助けられたな。何かあったら知らせてくれ。山ノ国はもちろん、俺個人としても協力は惜しまぬ」
「ありがたい」
シンはトウヤと目を合わせ、柔らかい表情で軽く頭を下げた。
「アサヒ。こんな俺だが、胸中をさらし合う友人というのはあまりいないものでな。嬉しかったし、楽しかったぞ」
「俺もだ。トウヤには助けられた」
トウヤとアサヒはお互いににやりと笑う。
「さて、ハツメ嬢」
トウヤはハツメに向き直ると、優しくその右手を取る。そのままハツメを見つめ、
「出会った時から美しいとは思っていたが、まさか四神に愛された女性だったとはな」
そう言ってハツメの手に、少し厚めの白封筒を握らせた。
「ゆっくりしてから、1人で見てくれ。できれば、肌身離さずに持っていてくれると嬉しい」
トウヤはふっと笑うとそのままハツメの手を離し、元に直る。
「では3人とも、達者でな。また会おう」
トウヤと別れ、国境門を後にする。
少しするとアサヒが口を開いた。
「シン。遠回りなのは分かってはいるのだが、寄りたいところがある」
アサヒの寄りたいところとは、谷ノ国だった。もちろんハツメも寄りたいと思っていた。
しばらく振りに見る谷ノ国。渓谷自体は変わりない。違うのは、殆ど焼け落ちた吊り橋と、両岸につくられた大きな塚。
「……錫ノ国は塚をつくってくれたのね」
「放っておくと大変なことになるというのもあるが……そうだな」
谷の中に入る勇気は出なかった。3人は塚に手を合わせる。
「アサヒ様、ハツメ様。今日はこの近くに野営して、明日の朝、花ノ国に向けて出発しましょう」
「そうだな。明日の朝なら、やりたいこともできる」
翌日の早朝。ハツメが起きると、視界の向こうにアサヒが立っていた。こちらを背にし、渓谷を見下ろしている。昇り始めた日が正面からアサヒを照らす。谷ノ国を出たときよりも少し大きなアサヒの後ろ姿が太陽に映え、ハツメはその光景に燃えるような美しさを感じた。
気が付けばシンもその様子を眺めていた。
「ねぇ、シン。私、どうしてアカネ様がアサヒの名を名乗れって言ったか、少し分かる気がします」
「私もです。私のような人間には、アサヒ様は太陽のようなお方。眩しいです」
このようなことを本人に言ったら怒られますが、とシンは苦笑いした。
アサヒがこちらに歩いてくる。
「おはよう、ハツメ。実はさ、四神祭の続きがしたいんだ」
四神祭は2日目の早朝に神々を送り出して終わる。言われてみればあの晩に途切れてしまったままだった。
見よう見まね、吊り橋もなければ榊もない、祝詞も知らない2人だったが、アサヒとハツメは自分たちなりに四神を送り出した。2人が天を仰いだ瞬間、いつもより強い風が吹き抜け、何か心に響くものがあった。
渓谷を下にハツメとアサヒが見つめ合う。
「行こうハツメ。新しい旅立ちだ」
「うん。行きましょう、アサヒ」
そうしてアサヒ、ハツメ、シンの3人は谷ノ国を後にする。
目指すは花ノ国。花ノ神の恵みを受けた、神宝の1つ天比礼が祀られた地である。
これにて第一章、山ノ国編は終わりとなります。
そのまま第二章に入る予定でしたが、山ノ国のキャラ離脱による作者の寂しさから閑話を1つ書きました。そのため閑話を挟んでから第二章、花ノ国編に入らせて頂きます。
この場をお借りして、
いつもお読み頂きましてまことにありがとうございます。感想、ブクマ、評価等も大変励みになっております。皆様には感謝ばかりです。
描写不足や気になる点などございましたらどのような形でも教えて頂ければ泣いて喜びます。何らかの形で補足できるよう努めますゆえ。
これからも切磋してまいりますので、完結までしばらくお付き合い頂ければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。




