第三話 露店にて
ハツメとアサヒが身支度を終え広場へ出ると、すでに宴は始まっていた。沢山の人で賑わい活気に満ちている。広場は谷ノ国に存在する七つの居住区ごとに造られているが、他の六つの広場もこのような状態に違いない。
大体一つの居住区に百人が住んでいるから、谷ノ国の人口は約七百人。世界で唯一の小国だ。
小国とはいえ居住区の住人が一同に広場に集まれば、身の置き場に悩むほど混むものだ。父や母も一足先に向かったからどこかにいるはずだが、この騒がしい中人の間を縫って探す気にはなれない。
「ハツメ。山ノ国の露店が出ているよ。どうせ他にやりたいことがないんだろう、見に行こう」
アサヒが指した方を見れば、広場の外周に沿って露店がいくつか並んでいた。
山ノ国は谷ノ国の隣に位置する。国土のほとんどは険しい山脈からなるらしく、確かに地上へ出て山ノ国の方角を見やると、厳しい山脈が連なるのみだ。山ノ国の商人は年に数回こうやって谷ノ国に下りてきては、露店を開いて保存食や工芸品を売る。
谷ノ国を出ないハツメやアサヒにとって山ノ国の見慣れない品の数々は興味深く、小さい頃から露店商が来るのを楽しみにしていた。
「わぁ、アサヒ。このかんざし、見たことない形だわ」
「お嬢さん、お目が高いね。このかんざしは今年からだよ。山ノ国の女性の間で流行しているんだ」
色とりどりの紐を組み合わせて編んだ花のかんざしは個性的で目を引かれる。覗き込むハツメと、隣に立つアサヒに露店商はここぞと売り込む。
「お兄さん、彼女に買ってやったらどうたい」
「いやぁ、歳は同じだし似ていないけれど、家族なんです」
アサヒは即座に返答するが、顔は少し面白そうだ。
「家族なんだから、一緒にお金を出しましょう。ねっ」
これは高そうだと判断したハツメの発言の直後、
「俺がお前に贈ってやるよ、ハツメ」
アサヒではない。しかし自分を呼び捨てにする男などいたか。ハツメが振り向くと何度か見たことのある同い年の男だった。正直ハツメは名前を知らない。
「貴方に呼び捨てされる筋合いも、贈られる筋合いもないわよ」
「何言ってるんだ。確かにこれまでは会うことすら少なかったが、俺たちはこの宵でついに成人だ。これからはもっと付き合いを増やしたい。ハツメ、お前はこの居住区でも人気があるんだ。可愛いからな」
今朝アサヒが言っていたことは嘘ではなかったのか。それにしても、言い方であったり、場所を選べないものか。男女の仲に疎いハツメでもこれは上手くないと分かる。戸惑うハツメに構わず口説き続ける男に段々堪えられなくなる。なぜ私の反応を見ないのか、周りからの人気だけで女と付き合うのか、この男は。
「お、おいハツメ……」
アサヒが心配して声を掛けた瞬間、
「嫌よ。お近付きになりたくもなければ、大人にもなりたくない! 嫌ったら嫌!」
口を突いて出てきた言葉に、ハツメはしまったと思った。突然声を荒げたハツメに男はもちろん、露店商も周囲の人もぽかんとしている。少なくとも大人になるのはこの男のせいではないというのに、なんてことを言ってしまったのだろう。何だか居た堪れなくなって、早足でその場から逃げる。
「すまない、多分その口説き方は好きじゃないみたいだ。俺もハツメにお前のこと話しておくから」
背後から必死に場を収めようとするアサヒの声が聞こえる。
「あ、それと、そのかんざし下さい」
気の利くことで何よりだと、熱くなった頭の片隅でハツメは思った。




