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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第一章 山ノ国編
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第二十五話 錫ノ国の現状

 アサヒが目を覚ましてすぐ、ハツメは部屋の外にいたシンを呼び、そのまま食堂へ食事を貰いに行く。

 打ち合い中に倒れてから二日経っているのだ。お腹が空いているに違いない。給仕をしていた兵士から簡単な粥をもらい部屋に戻った。


 アサヒの食事が終わったのを確認して、三人での話は始まった。


「前にシンが言っていた母上の不思議な力というのは、遠くの様子を窺い知ることができるものか?」


「その通りでございます。今回アサヒ様が倒れられたときのご様子から、アサヒ様にもお力が発現したのではないかと思っておりました」


「ああ。錫ノ国の様子を垣間見た。……母上がいた」


「アカネ様が!? なぜ……」


 シンが言葉に詰まる。亡くなったはずなのに、と言いたいのだろう。


「冷たい部屋に寝かされて、陛下と呼ばれた男が縋って泣いていた。弔われていないのだろう。実の父親かもしれないが、あれは異常だ」


「そうですか……」


 辛い表情で話すアサヒの言葉に、シンも顔を青ざめた。


 その後、アサヒは第一王妃やその息子のやり取りも含め、見聞きしたことを余さず伝えた。


「ロウ中将は死んだのですね」


「処分したって、そういうことなのですか?」


「はい。錫ノ国においてはそういうことです」


 思わず眉を寄せるハツメにシンはさも当たり前のように言った。


「この機会に錫ノ国のお話をしましょう。アサヒ様のご親族と軍の状態についてです。もっとも、私が錫ノ国を出る前までのことですが」


 ハツメとアサヒがゆっくりと頷く。二人の様子を確認すると、シンは口を開いた。


「まずは国王コウエン、アサヒ様の実のお父上にあたります。かつて大陸統一を掲げて錫ノ国を導き、本国では武王と言われています。他の国からは化け物扱いされていますが」


「なぜその時は大陸統一できなかったんだ?」


「海ノ国を手に入れ、山ノ国の喉元に迫ったところで傍観していた花ノ国が突如参戦に動いたためと言われています」


 花ノ国は錫ノ国に次ぐ強国ですから、とシンは付け加える。


「話を戻して、国王の第一夫人がクロユリ。軍の後ろ盾を持ち、宮殿内で何をするでもなくただふんぞり返っています。自分が一番可愛い方なので、戦に出ることはまずありえません」


「……シンってその人のこと嫌いでしょう」


「大嫌いです。向こうも私のことを嫌っています」


 色々あったのだろうなと思わせる言い方だ。


「さて、その第一夫人の子が二人おりまして、第一王子のイチルと、第三王子のミヅハです。第一王子はアサヒ様が見たという金色の髪の男で間違いありません。この男ですが、武王と言われた父親よりも優れた才を持っています。私も一度だけ手合わせしたことがありますが、受けるだけで精一杯でした」


 シンが防御だけで精一杯とは、想像するだけで背筋が寒くなる。


「第三王子はまだ十二歳で、海ノ国の学術都市に留学しております。あまり表舞台には出てきませんね。ここにアカネ様とアサヒ様を加えて、王族は以上です」


「ではアサヒには異母兄弟が二人いるのね」


「見た感じだと、とても会いたいなんて思えないな」


 父親も含めて、とアサヒは苦笑する。


「続いて錫ノ国の軍についてお話しします。まず王族が軍の上に立っていることが前提ですが、軍の最上位に大将が三人います。三剣将と呼ばれており、何百万の兵士の上に立つ存在です。その下に中将、少将とどんどん続きます。この辺りは変動が多いですね。先程のロウ中将のように、何かあればあっさりと処分されます」


「シンはどういった立場だったんだ?」


「私は階級を持たせてもらえませんでした。ありえない話ですが、アカネ様付きの兵士は皆階級がありません」


 シンは皮肉そうに笑う。


「それでも戦争反対派のアカネ様に支持する兵士はおりました。文官にも支持者が多かったこともあって、第一夫人派の勝手な振る舞いは表立って問題になることはありませんでした」


「母上が亡くなるまでは、だな」


「はい。それどころかアカネ様の危篤が報じられた途端、第一夫人派は動き始めました。私が宮殿を発ったのはアカネ様が亡くなられた直後でしたが、ほぼ同時に第一夫人派は谷ノ国へ出兵しています」


 シンは深く息をはいた。


「アサヒ様の見た国王の様子からすると、今錫ノ国の実権を握っているのは第一夫人と第一王子でしょう。いずれにせよ、第一夫人派が何とかならないと戦は終わりません」


「よく分かった。説明ありがとう、シン」


「勿体無きお言葉です」


 話が一通り終わると、シンはチガヤとビャクシンに会いに行った。アサヒが起きたら事情を話すと伝えてあるのだ。シンなら話す内容や言い方を選ぶだろうし、アサヒにも了承を得たため問題ない。


「ハツメ」


 アサヒが小さな声でハツメを呼んだ。


「何、アサヒ?」


「俺さ、思い出したんだ。錫ノ国のこと。薄っすらとだけど、当時は王族なんて自覚なかったけど……」


 ハツメを見るアサヒの目は潤み、少しのきっかけで涙が溢れてしまいそうだった。


「大丈夫だよ。アサヒが谷ノ国を愛してたこと、私は知ってる。アサヒは、谷ノ国のアサヒで良いんだよ」


「うん……」


 アサヒはまだ疲れがあるようで、ハツメが見守る中で再び眠りについた。

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