第二十三話 力の発現
トウヤの話した通り、振り始めた雪はあっという間に山々を覆った。初雪からひと月が経った頃には、背丈のある大人ほどの雪が積もっていた。
冬の神官舎の朝は訓練施設の雪かきから始まる。木の板で作られた除雪道具を用いてせっせと雪を寄せる。これが終わればようやく朝飯、そして訓練に入れるのだ。
これだけ雪が積もれば二千の石段はさぞかし大変だろうとハツメは思っていたのだが、積もった翌日石段を見に行くと人が通れる分だけ綺麗に雪が消えていた。地面までしっかり見えるのが不思議で近付いてみると、上段から水が流れていた。どうやら地下水を引いて絶えず水を流しているらしい。そうすると雪は殆ど積もらないのだそうだ。雪国の知恵である。
「お疲れさまハツメ。朝御飯にしましょ」
雪かきを終えると双子に誘われるまま食堂に向かう。国境戦の後双子と仲良くなったハツメは、女同士でいる時間も長くなっていた。
雪上の訓練は足捌きに気を取られる。しかし続けると慣れてくるもので、少なくとも足を滑らせることは今は殆ど無い。
ハツメは今アサヒとトウヤの打ち合いを見学している。実戦を経てアサヒは更に強くなった。剣を振るうことに迷いが無くなったらしい。
「化け物の息子……か」
低く呟かれた声にふと横を見ると、珍しくビャクシンがいた。ビャクシンも二人の打ち合いを見ているようだ。
それにしても、化け物の息子、アサヒのことを言っているのだろうが、何とかならないのか。化け物が錫ノ国の王を指しているのは何となく分かったが、アサヒとは何も関係ないというのに。
ハツメが文句を言ってやろうか、と意気込んだその時、
「アサヒ!」
トウヤの叫んだ声が聞こえた。
視線を移すと片手で目を覆いうずくまるアサヒの姿があった。
「アサヒ様!」
シンと同様にハツメも駆け付ける。
「目が……ちらつく……頭が……痛い」
初めてウロの町で倒れた時と同じだ。
「アサヒ様。恐れ入りますが御目をお見せください」
そう言ってシンはアサヒの片手を退ける。
アサヒの目には赤い炎がちらついていた。
「神官舎へ御運びします。トウヤ、手伝ってくれ」
「もちろんだ」
アサヒの部屋に連れて行きすぐに寝かせる。アサヒはまだ具合が悪そうだ。前回はすぐに治まった発熱もまだ続いている。
アサヒの目は開いている。
しかし完全にこちらが見えていない、おそらく声も届いていない。瞬きこそするものの、その赤く揺らめく瞳は全く別のものを見ているようだった。
「シン。アサヒのこれは一体何なのでしょう。何か知っていそうですが……」
しばらくアサヒを見つめていたシンに問う。
「……そうですね。こうなってしまった以上、ハツメ様にはお話しなくてはいけません。トウヤ、人払いをお願いできるか。アサヒ様と私たち二人にさせてくれ」
「分かった。神伯様には何と言えばいい?」
「アサヒ様の意識が戻ったらお話しますと伝えてくれ」
了解した、とトウヤは部屋を出た。
「ではハツメ様。少々非現実的な話になりますが、どうかお聞き下さい」
「アサヒの様子から普通じゃないのは分かります。どんな話でも受け入れます」
「恐れ入ります。単刀直入に申しますが、今のアサヒ様の状況はお母上であるアカネ様の特異な力が関係していると思われます」
ハツメはこくりと頷く。
「その特異な力というのは私にははっきりとは分かりませんが、はるか遠くの様子を知ることができる、千里眼のようなものと聞いております。実際アカネ様は谷ノ国で暮らすアサヒ様のご様子を知っているようでした」
シンは考えを巡らすようにこめかみに手を添えながら続ける。
「一度だけそのお力が発現した時に居合わせたことがあるのですが、今のアサヒ様と同じように目に炎が宿っていました。慣れていたのか倒れたりはしなかったのですが」
「そうすると、今のアサヒにも遠くの何かが見えているかもしれないということですか?」
「そうですね。もしかすると、アサヒ様にも同様のお力が現れたのかもしれません」
「じゃあ病気だとか、命には関わらないのですね」
特異な力はともかく、命に別状がなくて良かったとハツメは胸を撫で下ろす。
「いずれアカネ様のように御自分で制御出来るようになるかもしれませんが、お力が発現している間はこのように無防備なので危険なのです」
「分かりました。その間は、私たちがアサヒを守れば良いわけですね」
ハツメが強気に笑うと、シンは目を見開いた。
「ハツメ様は、本当に肝の据わった強いお方ですね」
「シンほどではないです。それで、アサヒはいつ頃元に戻るのでしょう?」
「……分かりません。いずれ帰ってくるとは思いますが……」
「本当に大変な力ですね」
「ええ。アカネ様も、苦労なされてました」
シンは想いを馳せるように遠くを見つめた。




