第二話 四神祭
この世界には四柱の神様が存在する。
山ノ神、花ノ神、海ノ神、火ノ神。
これら四柱の神様はまとめて四神と呼ばれ、はるか昔から人々に信仰されていた。
四神の故郷はいずれもハツメたちが住むこの峡谷、谷ノ国。
柱たちは年に一度だけ、里帰りよろしくここに帰ってくる。
谷ノ国へ帰ってきた四柱は、一昼夜の間、日頃の憂いを忘れ宴を楽しむ。そうやって帰郷のひと時を過ごした後は、またそれぞれの土地へ帰っていくのだ。
このとき四神を迎え入れ、もてなし、送り出すのが谷ノ民の役目であり、彼らによって昔から続けられるこの神事は四神祭と呼ばれていた。
四神祭の間には成人祭という行事も行われる。十六歳を迎えた男女が四神祭で集った四神に祈ることで、成人と認められ、結婚や飲酒が許されるといったものだ。谷ノ国では、そうして成人した男女は大人に混じり仕事に従事するようになる。
このように盛られた行事であるため、四神祭の間は谷ノ国全体がどうしても慌ただしくなる。一日目の夜明けと共に四神を迎え入れ、その日の宵に成人祭を執り行い、二日目の夜明けに四神を送り出す。その間は宴を絶えず続けるのだ。
「ハツメ、起きて。夜明けだ。迎え入れの儀式がはじまるよ」
目が覚める直前の、夢と現の境。そんなぼんやりした頭に響いたのは、どこか浮足立ったアサヒの声。
彼によって起こされたハツメは、膨らんだ髪を簡単に整えるといそいそと窓際へ向かう。すでに窓から谷底を覗いているアサヒの隣に立ち、一段岩壁をよじ登り外を覗く。
今日は気持ちのいい晴れの日らしい。夜明けの空が淡く白む下、清らかな微風が渓谷を流れている。
まだ世界がまどろみを残した中、ハツメが下を向く。アサヒはぎりぎりまでハツメを寝かせていたようで、儀式はまさに今始まろうとしていた。
国で最も大きな吊り橋の真ん中に、四神祭の衣装にそれぞれ身を包んだ四人の男女が立つ。四神を迎え入れる案内役だ。四神に性別は関係ないため男女どちらがやっても良いのだが、今年は男二人に女二人のようだ。
四神祭の衣装はそれぞれの神様を象徴した色で染められており、山ノ神は黒、花ノ神は青、海ノ神は白、火ノ神は赤で表し、他の色は一切用いない。濃淡はあれど、衣、袴はもちろん頭飾りや履物に至るまで一色なのだから、非常に派手だ。
「すっごく派手で目立つ衣装だけれど、アサヒなら火ノ神の赤一色が似合いそう。暗い黒髪に涼やかな顔立ちって火ノ神の印象と同じだし」
「俺は人前に出るのは苦手だから嫌だよ。ハツメこそ、花ノ神の衣装なんか似合うんじゃないか」
清廉な青の衣装を見つめながら、アサヒが微笑む。
「私は駄目よ。身長も低いし、顔も丸っこいし、馬鹿にされちゃう」
年齢の割に成長が遅いのをハツメは気にしていた。このままなはずはないのだが、成人を迎えたというのに同い年の女子より拳二つ分は小さいのだ。
「馬鹿にはされないさ。ハツメは自分が思っているより、同い年の男に人気があるんだよ。男仕事の手伝いに行くと聞かれる。成人したら相手はいるのか、とか」
「そんなこと聞かれるの。そういえば女仕事の手伝いに行けば、暇を見つけて近所の子達があの男はどうとか駄弁っていたけど、そういうことね」
二人ともお互いは見ず、執り行われている儀式を見下ろしながら会話する。
ハツメはアサヒとはよく話すが、近所の女子達とはあまり話さない。仲が悪いわけではないのだが、どうにも話題が合わないのだ。この場合、おそらく向こうも同じように感じているに違いない。今までは気にしなかったが、これから大人の中に入っていくとそうはいかなくなるのかな、とハツメは何の気なしに思った。
そうこう話している間にも儀式は終わろうとしていた。四人の案内役が大きく榊さかきを振って天を仰げば、迎え入れの儀式は終了だ。ここからはひとまず宵の成人祭まで宴が続く。
大人たちは全員宴に参加するが、子供達は基本的に自由だ。宴に出てもいいし、遊んでいても良いし、家で寝ていたって良い。ただし成人祭を控えた十六歳だけは例外で、顔見せも兼ねて大人たちの集まる宴の場に居なければならない。
「面倒だな」
そんなことより地上でアサヒと話していたい。そう言ってハツメが溜息を吐くと、アサヒは苦々しい顔で笑った。




