第十九話 祝杯 一
錫ノ国との国境戦を終えた二日後。ハツメたちは国主の御屋敷に呼び出されていた。
前回の御目通りとは違い、今回は神官たちも呼ばれている。全員が大広間に整列するとなかなかの威圧感があった。
全員が揃ったのを確認し、国主のチガヤが口を開く。
「皆の者、此度の戦ご苦労であった。無事錫ノ国の侵攻を止め、冬へと持ち込めたこと、山ノ国にとって大きな利になろう……ビャクシンや」
「はっ」
ビャクシンが目の前に置いていた麻袋からいくつか包みを取り出す。
「目覚ましい活躍をした者たちに、その功績を称え報奨を与える」
「報奨?」
「ここでは金です」
小声でシンが教えてくれる。
「まずはヒザクラ。よく最後まで前線にて敵を食い止めてくれた」
「ありがたく頂きます」
ヒザクラがビャクシンの前で跪き、報奨を受け取る。
「次にトウヤ。戦場での機転と坑道部隊の殲滅、見事であった」
「ありがたく」
トウヤも同じように報奨を受け取る。自信に満ちた、いつもの笑みだ。
他にも数人の神官が呼ばれる。双子のフユコとユキコも報奨を受け取っていた。ハツメからは遠目ではっきりしないが、目に涙を浮かべているようだった。
「そして、そこの三人の客人だが……」
ビャクシンが視線を移す。
「こちらの三人にも報奨を与えるものとする」
周囲の神官たちがざわつく。ハツメたち本人も寝耳に水だ。そのざわつきを押さえ込むようにビャクシンは話を続けた。
「シンは一騎当千の働きであったと聞く。また、アサヒとハツメは向こうの切り札であった坑道戦をいち早く察知しそれを防いだ。……感謝する」
視線が集まる中、ハツメはシンとアサヒに続き前に出る。前の二人の動作に倣って、ビャクシンの前で跪くと報奨を受け取った。
「今晩は祝杯じゃ!」
「うおおおおお!」
「はっはっはっ!愉快だ愉快だ」
トウヤが上機嫌に笑う。
「しかし良かったな。自由滞在の許可が降りた他に報奨とは。まぁそれだけ助けられたのだから当然だろうな」
「いや、周りの神官たちの視線、痛かったぞ」
アサヒは顔をしかめる。
「それはすまんな。そうだアサヒ、酒を貰いに行くぞ」
「酒?」
「そうだ。成人しているのだろう。さぁ来い!」
トウヤはアサヒの腕を引っ張り宴会場へ消えていった。
「ハツメ様。私もビャクシン様とお話がしたく、場を離れてもよろしいでしょうか」
「シン。もちろん大丈夫です」
一緒にいたシンもいなくなった。
さぁどうしようか、宴会場でトウヤたちに合流しようか、神官舎に戻っても良いな、と考えていると、背後から来た誰かとぶつかった。
「わっ……すみません」
「んん?……何だ、誰かと思ったら部外者のくせに報償を貰った奴じゃねぇか」
知らない神官だ。既にかなり酔っているようで、酒臭い。
「クソ双子といいお前といい、女の癖に出しゃばりやがって。……そうだ、お前たちの中に錫ノ国の奴がいるんだってな。仕組んだんじゃねぇの?」
「え? 馬鹿馬鹿しい」
「んだとクソ女!」
酔っているせいか相当短期なその男は、ハツメの胸ぐらに掴みかかろうとする。しかし伸ばした腕は空振りし、ハツメによって捉えられる。ハツメが足をさばいた次の瞬間、男の身体は宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
「神官相手にやってしまった……」
今のは訓練のときにヒザクラから教えてもらった、一本背負いという技だ。
「でも、あまりにも失礼だし、私なんかの実力だと手加減なんか出来ないし、しょうがないわよね」
「こっの……クソ女……」
下を見ると、女に投げられた屈辱か怒りに顔を歪ませた男がいた。ハツメが逃げなければ、と思った時。
「てめぇら何してやがる!」
ヒザクラが怖い顔で駆け寄ってきた。
「ヒ、ヒザクラさん……」
「こんな時に問題起こすんじゃねぇよ! こら、さっさと立て!」
ヒザクラは立ち上がった男とハツメ、両方を睨む。
「喧嘩は売った方も買った方も両方悪い! 今日のところは特別に処罰なしにしてやるから、お互い謝れ」
まだ不満げな男だが、ヒザクラに再度睨まれるとぐっと堪えるように目を瞑り、すみませんでした、と謝った。ハツメも恐るべし舎長の力、と思いながら素直に謝る。
「じゃあこれで遺恨なしってことな! 解散!」
ヒザクラはほら、お前らも、と言って野次馬を散らす。
「ありがとう、ヒザクラ」
「ありがとうじゃねぇよ! 問題起こすな! ……まぁ、遠くから見ただけだが一本背負い、結構上手かったな」
ハツメにだけ見える死角でにやりと笑うヒザクラだった。
国境戦に続き他の話より長くなりましたので、2つに分けてしまいました。




