最終話 朝日
都の最奥に構える宮殿は一夜の間、延々と燃え続けた。
真っ暗な空に伸びる炎は紅い花のように咲き、銀白の都を照らす。
いつ散るか分からない花を眺め、人々は朝を待つ。
永遠を思わせるような、長い夜だった。
――どんな夜でも、やがて朝がくる。
夜を越え、澄み切った世界に柔らかに射すのは朝の日。
空を覆っていた灰が晴れ、天災が収まったことに人々は安堵した。
清々しい白光が差し込む正階段前の広場で、戦からの生還を、天災の無事を分かち合う。
だがそれも、ハツメには関係なかった。
朝が来ても、世界が続いても。待ち人が来なければハツメにとっては一緒だった。
一時ほどではないものの、まだ台地の上には赤火がちらついている。
焦げた匂いにも、宮殿から吹き荒ぶ熱にも慣れた。
彼女はあれからずっと、正階段の下で彼の帰りを待っていた。
石畳に力なく座り込むハツメは俯き、何度呟いたか分からない彼の名を呼ぶ。
「アサヒ……」
彼がいないと、自分の朝はやってこないというのに。
そっと目を閉じても、いつもは浮かぶあの柔らかい光は見えなかった。
彼に会いたい。もう一度、あの優しい光に包まれたい。
伏せられたハツメの珠の瞳から、涙の粒が零れたときだった。
「ハツメ」
呼ばれた声に顔を上げる。
階段を下りた先でハツメを見るのは、白光を浴びて柔らかく目を細める彼。
ハツメの名を呼んだのは、紛れもなく。
「待たせてごめん。……ただいま」
全身が、心が、全てが焦がされたように熱い。
ハツメはアサヒに駆け寄ると、彼の胸に勢いよく飛び込んだ。
「本当よ! どれだけ心配したと思ってるの! 離さないとか言ったくせに、最後の最後で私のこと置いて行って! もうアサヒなんて――!」
口から溢れ出るまま感情を叫ぶ。
濡れた目でアサヒの顔をじっと睨めば、彼は困ったように眉を寄せた。
「嫌いになった?」
「なるわけないじゃない! ……好き。大好き、アサヒ」
「俺も好きだよ、ハツメ」
アサヒは優しくその言葉を落とすと、ハツメの涙をそっと指で掬う。
「谷ノ国に帰ろう」
白い指にのせられた雫は草花にきらめく朝露のようで、それでいて温かかった。
ありがとうございます。
次話より、エピローグが四つ続きます。




