第十八話 国境戦 二
「トウヤ!」
ハツメに呼ばれ、高台にて弓で援護していたトウヤが振り返る。
「どうしたハツメ嬢! アサヒ!」
「地下の様子がおかしいわ」
「不自然に揺れているし、微かだが音がする」
ハツメとアサヒの発言にトウヤは数瞬、考えを巡らした。
「……坑道を掘っているのか!」
すぐさま身を翻す。
「ハツメ嬢とアサヒは付いて来い! おい! 一度場を離れるが、ここは任せたぞ!」
「はっ!」
トウヤは自分の隊員に指示すると急ぎ国境門に向かう。ハツメとアサヒも後を追う。
「ご一緒します」
すぐにシンも合流した。
国境門では変わらずビャクシンが指揮を執っていた。
「神伯様! 急ぎご報告したいことがございます」
「どうしたトウヤ」
「錫ノ国が坑道を掘っている可能性があります」
トウヤがハツメとアサヒに視線を移し発言を促すと、ビャクシンがじろりと二人を見る。
「地下から不自然な振動が、また微かにですが掘削らしき音も聞こえます」
アサヒの意見にビャクシンはしばし沈黙した後、
「各隊! 前線を壊さぬ程度に錫ノ国が坑道を掘っていないか探させろ。発見した場合、即座に殲滅せよ」
「はっ!」
周囲の神官や兵が散り散りになっていく。
「お前も行くがよい、トウヤ。そこの二人も共に坑道を探せ」
「はっ!」
坑道の発見は急務だ。仮に坑道が国境門付近まで掘り進められた場合、基礎部分への放火や火薬による爆破によって足元から崩される。本陣が崩壊し、敵がなだれ込んでしまえば勝利は絶望的だ。坑道が国境を越え山ノ国内に繋がったとしてもそれは同じ。
「さて、どう探すかな」
トウヤが顎に手を添える。
「この標高差を考えて間違いなく高台の死角。あとは兵を厚くしても怪しまれず、掘削でできる盛土がある程度隠せるところよね」
「俺たちが振動と音に気付いたのが国境門から見て右手。見つかりにくいのは奥の森だが、手間と時間を考えると現実的じゃないな」
「そうすると、この岩山沿いに右に進んだ、山の麓あたりかしら。確かにここからは見えないわね」
「トウヤ。この山、岩盤の硬さはどうだ」
「地下水脈があるから、掘削は不可能でないと思うぞ」
そうすれば、とアサヒは膝を屈伸させながら話す。
「ここから右に向かって山を下りる。山の麓から国境門まで山中を掘っているなら入り口が見つかるはずだ」
「分かった。俺の隊も連れていく。すぐに追いつくから先へ行け」
そう言うとトウヤは自分の隊のいる方角へ向け、慣れた動作で山を下りていった。
ハツメとアサヒ、シンも右手の麓を目指し走り出す。
「しかしアサヒ様もハツメ様も、戦は初めてですのによく坑道戦にお気付きになられましたね」
「伊達に谷ノ国で十年生きていないからな」
「あそこって、国全体が坑道みたいなものよね」
地中の変化に敏感にもなるよな、とアサヒは笑う。
「なるほど。それにしても、素晴らしいです」
麓へ下りると坑道の入り口が見つかった。やはりハツメとアサヒの見立てた通りである。
着いた頃にはトウヤの隊も合流し、残るは坑道内の部隊を殲滅するのみ。
「危なくなりましたらすぐにお下がりください。私が先陣を切ります」
シンはそう言って岩場を飛び降りると見張りの兵を鮮やかに切り伏せた。
「続くぞ!」
トウヤの一声で坑道内になだれ込む。ハツメとアサヒも大剣を構え侵入した。
坑道内はランプがあるものの薄暗く、空気はこもり、既に血の臭いが充満している。
「うおおおお!」
岩陰に隠れていた錫ノ国の兵士がハツメに襲い掛かる。武器の類は持っていない。しかしその男の手にはランプと、岩盤の粉砕に使われる爆薬が握りしめられていた。
自分もろとも爆破させる気だ。
「--っ!」
ハツメは声にならない叫びをあげながら大剣を振り上げる。
宙に舞う男の左腕、爆薬。男の目線と右腕がそれを追う。
その瞬間、男の背後から大剣がぬっと伸び、その左腕と爆薬を地面に叩きつけた。そのまま横に振るわれた大剣は男の背中を深く切り裂く。男はずるずると崩れ落ちた。
「ア……アサヒ」
男の背後にいたのはアサヒだった。
「大丈夫か、ハツメ」
掴まれていた心臓が自由になったような安心感が広がった。
「アサヒ様、ハツメ様!」
シンが駆けてくる。
「坑道の制圧は終わりました。帰りましょう」
国境門付近に戻ると、こちらの戦いも収束に向かっていた。
坑道戦部隊が殲滅されたことを察したのか、錫ノ国もあえて力技で押してくることはしなかったようだ。
こうして山ノ国の国境における錫ノ国との戦は、山ノ国が勝利を収める形で終わった。




