第百六十話 王の資格 一
突然のミヅハの来訪は、反乱軍の間に波紋を呼んだ。
青葉を揺する強い風が吹く日、突如として本拠地が騒がしくなる。
「ヒダカ王子」
部屋の木戸が勢いよく開け放たれると、それを追うように廊下の喧騒が聞こえてくる。伝令係を兼ねるシグレが、焦ったようにアサヒの元へと走り寄る。
「何かあったのか」
一番最初に口を開いたのはアサヒの側にいたカナトだった。
「突然現れた第三王子が、ヒダカ王子を呼んでおります」
武官らしく背筋を伸ばし、カナト、そしてアサヒの方を見て彼は言う。口調ははっきりしているが、戸惑いの表情は隠せないようだ。
「呼んでいる?」
「正面門です。曰く、自分は通される側の人間じゃないと」
訝しげなカナトの問いにシグレが答えると、彼の話をじっと聞いていたアサヒが軽く息を吐いた。
「……本人だろうな」
ミヅハの忠告を無視する形で反乱軍の将になったのだから、何かしらあるとは思っていた。こちらに敵対して、イチルの側に付くかもしれないとも。
だが直接会いに来るというミヅハの動きは、アサヒの予想外だった。
重い腰を上げる、とは言ってられない。どのような形であれ異母弟とも決着を付けなければならなかった。アサヒはすっくと立ち上がると、ハツメやカナトたちと共に正面門に向かった。
広い玄関を出て前庭も抜けると、正面門の周辺には人が集まっていた。
アサヒたちが現れたことで波のように人垣が割れる。
そうしてあらわになったのは、こちらを忌々しげに睨みつけるミヅハ。そして彼の後ろには顔を引き締めたルリと、無表情のアザミが控えていた。
「お前が上に立つのは許さないって言っただろ」
アサヒと顔を突き合わせて早々、ミヅハは顎を上げて冷たく言い放った。
その刺々しい視線、威圧的な態度に周囲がざわざわと囁き出す。
雰囲気が先王にそっくりだの、やはり菊葉紋の嫡子を連れているだの、その言葉は様々だった。
カナトと話しているときは感じなかったが、軍閥の対立の根というのは深いものらしい。人垣をつくる一人が、「王子はともかく、キダチの息子は殺すべきだ」と言うと、ぴり、と場に殺気が走る。数人が剣の柄に手を掛けたのを横目で見て、アザミが言った。
「だからぼくを連れてきたら余計拗れますよって言ったんですよ、ミヅハ様」
周囲の殺気も意に介さない様子なのは戦う気がないからか、それとも初手を取られても余裕だという気持ちの表れか。
「じゃあ何? 僕は護衛の一人も連れずにここに来るべきだったわけ? 第一、来たかったのはお前も一緒だろ」
ミヅハがアザミにも一睨みすると、睨まれたアザミは苦々しい顔をつくる。それに合わせて、彼の右頬に広がる暗紫色の痣がひくりと歪んだ。
「皆、柄から手を離せ」
落ち着いた言葉。発されたのはアサヒの口からだった。
「しかし……」
「大丈夫だ。争うつもりならルリは連れてこない。そうだろう、ミヅハ」
「結論から言うとそうだね」
ミヅハは険しい顔のままアサヒに視線を戻し、淡々と返す。
「場所を変えた方がいいか」
「いや。せっかくだから人が揃っているここで言わせてもらうよ」
自身を取り巻く警戒心や敵対心。それに対し少年は微塵も臆することなく、周囲にも聞こえる声ではっきりと言い放った。
「ヒダカ。お前にこの国を継ぐ資格はない」
ざわり。周囲に再び動揺が走る。
当人であるアサヒは顔色を変えなかった。シンやトウヤも口を結び、ハツメも複雑そうにミヅハを見るだけだ。彼らには、ミヅハの言いたいことが分かっていた。
「……当然、血筋のことじゃないんだろうな」
「そう、血筋なんかじゃない」
「待て! だったら何だと言うんだ」
カナトが声を張る。彼らが探していたのは反乱に掲げられる次王の存在だ。錫ノ国でいえば、国民に認められる次王の資格とはまさに血筋のこと。カナトや反乱軍の人間に疑問が生じるのも無理はなかった。
カナトの言葉を受け、ミヅハの表情が今まで以上に険しくなる。溜めていた苛立ちを全てぶつけるように、少年は荒々しく叫ぶ。
「ヒダカは! こいつは、錫ノ国のことなんかちっとも考えてないからさ!」
少年の真っ直ぐな怒りは辺り一帯に響き渡る。
「お前らだって国民なんだから分かるだろ! この国に対して愛どころか情すらないこいつが! 義務感だけでこの国を治められると思うなよ! ……王族を、僕たちを舐めるな!」
周囲の人間がしん、と静まる中。
彼の叫びに呼応するかのように木々がざわめく。豊かに葉を茂らせた枝が強風にあおられ、青葉が飛んでいく。
一気に言葉を紡いだミヅハが、は、と刺々しい目付きで短く息を吐いた。
そんな彼に対し、アサヒは静かに一歩を踏み出す。はたから見ると冷静な様子だが、彼の目は誠実に異母弟を見つめていた。
「だがこうするしか方法がなかったのも分かるだろう。俺を含む、ここにいる全員が」
「……分かってるよ、そんなこと。でも認められないんだ、お前じゃ」
ミヅハも視線は逸らさない。先ほどより声量は小さく落ち着いているが、その瞳には確固たる意志を映し出していた。
「ヒダカがこの国を継ぐのは許せない。――だから。反乱軍が掲げる次王は僕にしろ」
彼の声は限りなく明瞭に、威厳すら感じさせる響きで人々の耳に届いた。
誰が見ても分かる。
少年のこの想いは、もはや自分しかいないなどという悲壮な決意ではなく。
この国の未来を見据えた上で自ら選んだ、気高く勇ましい決意だった。
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