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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第一章 山ノ国編
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第十六話 初陣前夜

 錫ノ国が出兵したと報せを受けてから三日後。

 ハツメたちはウロへ出兵した。


 先に国境前で待ち伏せさせていた隊の戦況は芳しくないらしい。地形の利を活かしある程度好戦しても、膨大な戦力を誇る錫ノ国には大きな痛手を与えられず、撤退を繰り返しているそうだ。


「兵数といい物資といい、錫ノ国は随分と余裕があるんだな」


 これほど一気に戦力を投入できるのか、とアサヒがシンを見る。


「錫ノ国はおそらく冬の前に勝負をつけたいのでしょう。山ノ国の積雪は非常に多く、雪に慣れていない錫ノ国では戦になりませんから」


「では、ここで撤退させ降雪まで耐えれば、冬の間は助かるということか」


「おそらくは」


 錫ノ国にとって冬の戦は自滅の危険が増える上、山ノ国を相手取るにはかなり不利になるそうだ。

 大陸統一の足掛かりになるからこそ、慎重に出るはずだ、というのがシンの見解だ。




 見晴らしの良い場所に出ると、先を行く山ノ国の隊列が一望できた。


 一番先を行くのが神伯であるビャクシン。

 後ろに数人の神官が控えており、双子のフユコやユキコの姿も見える。


 少し間を空けて各隊がそれに続く。各隊を率いる隊長は神官だ。トウヤやヒザクラもそれぞれ隊を持たされていた。


 どの隊にも属さず、最後尾を歩くのがハツメ、アサヒ、シン。


「なんというか、覚悟は決めていてもいよいよ戦が近付くと心穏やかではいられないわね」


 命を奪い合いに対する恐怖。

 谷ノ国の、両親の仇への怒り。

 負の感情がどろどろと混ざり合い全身に流れている。


「うん。気を抜いたら緊張とか、怒りとか、恐怖とか色んなものがどっと溢れてきそうだ」


 アサヒもハツメと同じ気持ちのようだ。


「初陣で心穏やかにいられる方などおりませんよ」


「その、シンは大丈夫なんですか? 自分のいた国の人達に対して刃を向けることは……」


 聞いてはいけなかっただろうか。

 言わなければ良かった、とハツメは口を押さえる。


「お気になさらないで下さい、ハツメ様。もともと錫ノ国の軍内でも対立し隅に追いやられていましたし…… 錫ノ国を出た時点で、覚悟はしておりました」


 シンは優しく笑う。

 その強さの根底にあるものはやはりアサヒの母親への忠誠心なのだろうな、とハツメは感じた。




 コトブキを出発した次の日の晩、無事ウロに到着した。


 戦に備え心身休めよとのお達しが下る。


 ハツメたちも手早く夕飯を済ませ睡眠の準備に取り掛かる。部屋数もないため大人数で雑魚寝だが、戦を前にわがままなど言っていられない。あっという間に就寝となった。


 ハツメは部屋の端に寝転がり木綿わたを詰めた着物を掛ける。秋の晩は寒いがこの着物のお陰で温かい。


 隣にはアサヒがいる。天井をしばらく見つめていたアサヒだったが、ハツメの視線に気付いたのか身体をこちらに向ける。


「どうした? ハツメ」


「ううん。なんだか隣同士で寝るの、小さい頃以来だなって」


 そうだな、とアサヒは目を細める。


「ねぇアサヒ、初めて二人で地上に上がった日の夜を覚えてる? 私興奮して眠れなくなっちゃって、アサヒに手を握ってもらってようやく寝たの」


 今思うと馬鹿だったよね、とハツメはくすくす笑う。


「手、握ろうか」


「え?」


「今日は俺が握ってて欲しい」


 そう言ってアサヒは手をすっと出す。


「いいよ」


 久しぶりに握ったアサヒの手はハツメの手よりも大きく、少しだけ骨張っていた。ここ最近の訓練で手のひらにまめができているのは、ハツメも同じだ。


「絶対生きて帰ろう」


「うん」


「ハツメのこと何に代えても、俺が守るから」


「私だってアサヒのこと守るわよ」


「本当にしょうがないな」


 ふふふ、と二人で笑い合う。


 久しぶりの二人きりでの会話は、周りに気付かれないようひっそりと、ハツメが眠りに付くまで続いた。

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