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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
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第百四十九話 古城戦 一

 金属鉱石を製錬すると、目的の金属の他に不要物が分離される。

 鉄でない製錬の場合、そのとき出る不要物、つまり残り(かす)をカラミと呼ぶのだが、これを利用して建てられたのがカラミの城。

 今は採り尽くしてしまったが、かつてこの辺りではカラミで築城できるほどの銀銅の産出量を誇っていたのだ。


 そんな前時代の遺物を眼下に見下ろすのはカリン。


 時間は夜。闇に溶け込む漆黒の古城は、無数の松明の灯と怒号に覆われている。


 イチル率いる第一王子側の兵はすでに進軍を終え、古城の前方にて国王側の兵と交戦している。

 古城の前方は若干(ひら)けている。だがその左右と背後は山に囲まれ、裏手には一本の急流の川が東から西へと流れていた。


 凛と佇むカリンの軍服には深紅の腕章。

 彼女が先導となって第一王子側の兵士全員に着けさせたものだ。

 その腕章を着けて動く統率の取れた兵士たちを眺め、彼女は満足げに頷く。


「結局イチル様に背く者は誰一人いませんでしたわね」


 謀反の始まりとなった先日の軍議でのことを指しての言葉だ。


「あの場で首を差し出す盲信者はそうそういないと思うんすけどねー」


「まあ、いるとすればあの城の中だろうな」


 カリンの隣に立つリンドウとエンジュが会話に続く。


「全員斬り伏せてやりますわ」


 カリンは松明で照らされる夜の戦場を見据えると、勝ち気な笑みを浮かべた。

 それを見たリンドウも目を細め、口の端を上げる。


「菊葉紋、誰が何人殺れるか賭けしないっすか?」


「またお前はそういう態度で……!」


 そうして三人がいつものようにやいのやいのと話していると、背後から小さな声がした。



「――ごめんね」



 それぞれが驚いて振り向くと、彼らの主が三人を見つめていた。


「どうしてイチル様が謝るのですか!」


 主が謝るなどおかしい。カリンはイチルに向かい、真っ直ぐに話す。


「もはやこの国に今代の国王は不要! 今だって実質イチル様がこの国を治めていらっしゃるではないですか! この国が必要としているのはイチル様です! 私たち三人だって、イチル様がいないと……」


「カリン」


 熱のこもるカリンの言葉を遮るように、エンジュが彼女の前に手をかざす。


「言葉が過ぎました。申し訳ございません」


「いや、ありがとう。三人とも」


 イチルはそう言って甘く微笑むと、三人に向かい歩を進める。

 そのまま通り過ぎ、自国の人間同士が刃を交わす夜の戦場を見下ろした彼は、静かに唇を開いた。


「じゃあ私たちも行こうか。この国の最後の膿を取り除きに行くよ――次代のために」





 それは城の外で始まった。


 部屋まで届くかすかな地響きと、大きな怒号。

 そしてここまで伝わる緊迫した雰囲気に、目で確認しなくても分かった。戦が始まったのだ。


 日が昇る前から部屋の外が慌ただしかったため、何か起こったのだろうとは思っていた。

 だからいくら試しても開かない扉を前に、軟禁状態のハツメはいつ何が来てもいいように心の準備はできていた。


 戦の相手は知らない。ただハツメが心配なのはアサヒたちの無事と、アサヒの母親のこと。


 時間はいつだったか。


 かちゃり、と部屋の錠が開く音がした。ハツメは身構えたが、しばし待っても人は来ない。

 遠くで叫び声は聞こえるが、部屋の外は静かのようだ。何かが動く気配もない。


 ハツメはおそるおそる扉を開ける。重い開き戸を押し、ふと下を向いたハツメの視界に入ったのは、

 奪われていた、三つの神宝(かんだから)だった。


 辺りには誰もいない。だが神宝(かんだから)を持ち出し、部屋の錠を開けられる人物というとハツメには一人しか心当たりがなかった。


「アザミ……」


 ハツメはそれだけ呟くと、床に置かれていた天剣(あまのつるぎ)天比礼(あまのひれ)天宝珠(あまのほうじゅ)を急いで回収する。


 絶対に置いていくわけにはいかない。

 彼女が目指すのはアサヒの母親。第二夫人のアカネが眠る、螺旋階段の先だった。




 アザミが何かしたのか、単に戦で出払っているのか。

 部屋を出てしばらくは人に会わずに済んだ。

 だが螺旋階段へ行くということは国王の領域に近付くということ。


 通り道である謁見室の手前に来たところで、ハツメの前に国王側の兵士数人が立ちはだかった。


「谷の娘!? ……逃げたのか!」


 兵士の一人が太い声で叫ぶ。

 迷わず天剣(あまのつるぎ)を抜いたハツメに、相手の男たちも剣を構える。


 じり、と身に沁みる殺気に、互いに気が昂っているのが分かった。

 ぐずぐずしていたら人が集まるだろう。

 相手の力量は知らないが、誰が相手でも行かねばならない。その覚悟はもってきた。


 両手で縦に真っ直ぐ、天剣(あまのつるぎ)を構える。

 ハツメが一歩踏み出そうと、足に力を入れたそのときだった。



 突然、右肩に優しく手がのせられた。


 男たちの視線が、ハツメの視線が、一点に注がれる。

 そのまま自分の前に出た人物にハツメは目を見開くと――顔をくしゃりと歪ませた。

お読み頂きありがとうございます。

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