第十五話 神官舎
御目通りを終え御屋敷を出る。
戦に備え、ハツメたち三人は異例として神官舎に部屋を用意してもらえることになった。といっても嬉しい理由ではなく、神官の側に置いて怪しい動きはさせない、という牽制の意味が込められている。
しかし有難いことです、とシンは言う。
「神官舎なら何かあったときに即座に情報が届きますし、何より訓練施設が使えるというところが重要です。アサヒ様もハツメ様も私がお守りするとはいえ、一応は戦に参加されるのですから」
「それなのだが。俺は分かるが、なぜハツメが戦に出なければならない」
アサヒはかなり不服そうだ。
「私はアサヒと一緒ならいいわよ」
「俺は嫌だ。何かあったら、じゃなく、何かあるのが戦なんだ」
「ビャクシン様は非常に実力主義なお方です。戦でも男女関係なく登用されますし、力こそ全て、とでも言われてもおかしくないありません」
確かにあの雰囲気なら言いかねない。
「逆に言うと、力さえあれば大丈夫なのね、私たち」
「単純すぎる……」
アサヒは頭を抱えた。
神官舎に着くと、トウヤの幼馴染が出迎えてくれた。彼が神官舎の舎長らしい。
高身長でさっぱりとした短髪。口調が少し荒っぽいため粗野な印象を受けるが、舎長を任せられるということは面倒見がいいのだろう。実際、宿の荷物をここまで運ぶ手配をしてくれていた。
「改めて、神官舎を任されているヒザクラだ。分かってると思うが問題だけは起こすなよ」
俺の首が飛ぶからな、と手で首を切る仕草をする。
「じゃあ、シンとアサヒだったか、お前らは俺に付いて来い。ハツメとやらは女の神官に案内してもらう」
そういえば、ここまで見掛けたのは全て男性の神官だ。女性もいたのだな、というのがハツメの率直な感想である。
「じゃあまたね、アサヒ、シン」
「ああ。また後で」
アサヒとシンが去った後、しばし待つと二人の女の子がやって来た。歳はハツメと同じくらいか。二人とも白衣に緋袴、白い水干を着ている。髪型こそ違うが、顔までそっくりだった。双子だろうか。
「あなたね。谷ノ国から来たってのは」
「案内するから付いて来なさい」
どちらもぶっきらぼうな物言いで、ハツメを案内する。
「女性の神官様もいたんですね」
あくまで低姿勢に、ハツメは聞いてみる。
「私たちだけよ。私たちは、実力で、周りの男共を蹴落として、神官になったの」
双子はじろりとハツメを睨む。
「突然やって来て御目通り、神官舎入りなんてビャクシン様は何を考えてらっしゃるのかしら」
「恵まれすぎてるのよ、あなた」
確かにその通りだ。文武に優れた者が選ばれるのが神官なら、競争率は高いに違いない。努力してここに来た者にすれば、部外者が簡単に土足で入り込むような今の状況は気にくわないだろう。
「はい、これ。その着物のままで出歩かれても紛らわしいから、着なさい」
双子と同じ白衣、緋袴、水干だ。
「……良いんですか?」
「そのままじゃかえって迷惑。戦闘訓練するんじゃないの?」
「ありがとうございます」
「別に。案内はこれだけだから」
じゃあね、と踵を返す双子。
「待って下さい、お名前を……」
双子は同時に振り返り、
「フユコよ」
「ユキコよ」
と言うと、足早に去っていった。
態度は冷たいが、案内してくれた上に衣装まで貸してくれたのだ。良い人たちなんだろうな、とハツメは思うことにした。
恵まれたなりに頑張らねば。強くならねば。
そう決意し、素早く着替えると訓練施設へ向かった。
訓練を始めて一週間が経過した。
初めは剣の重みに振り回されていたハツメだったが、段々と身体が付いてくるようになってきた。剣はシンだったり、トウヤだったり、時にはヒザクラが教えてくれている。
今日の先生はトウヤだ。
「だいぶ板についてきたな、ハツメ嬢!」
「ありがとう」
「もともと運動神経が良いのか動作が速い」
まだまだ上達しそうだ、と言って剣を収める。
隣ではアサヒがシンと手合わせをしている。
「ハツメ嬢も素質があるが、アサヒは規格外だな」
アサヒは既に一般の兵士と同格に戦えるようになっていた。まだ剣を取って一週間にもかかわらず、だ。神官にはまだ及ばないが、早くに追い付くだろう、とトウヤは言った。
「相手をよく観察しているし、言われたことをすぐに実践できる。だがそれ以上に才がある。末恐ろしいよ、アサヒは」
そんな話をした晩、神官舎に一報が届いた。
錫ノ国が出兵した。行き先は山ノ国。
国境前の山岳の数カ所に隊を置くが、止められない場合、国境の町ウロにて戦が行われることになった。
ウロへの移動は三日後、ハツメたちは戦準備と総仕上げに取り掛かる。




